第150話 盗賊
「苦労を掛けるが、牙山を越える方が安全だろう。あそこには流石の弟も兵士を伏せる事は出来ないからな」
「どうしてですか?」
「牙山はゴブリンでも住みつけない程の環境が悪く、他にもサンドワームという魔物が生息しているからだ。この魔物は基本的には人畜無害でこちらから危害を与えなければ襲いかかる事はないが、ひとたび怒らせたらとんでもない事態を引き起こす」
「サンドワーム……名前の響きだけでも怖そうですね」
「実際に恐ろしい魔物だ。そんな魔物が住み着いているからこそ、弟も兵士を送り付けて待ち伏せさせる事は出来ない」
牙山へ向かう理由を説明したリルは地図を戻すと、本日はもう身体を休ませる事にした。ちなみに今回はテントを張っており、キャンピングカーは用意していない。理由としてはキャンピングカーの場合は快適過ぎてリル達が落ち着かず、あまりに贅沢な環境に慣れ過ぎるとまずいという事でわざわざテントを張って野営を行っている。
レイナが傍にいる時は彼の能力で色々と用意して貰えるが、あまりにその能力に頼りすぎるとレイナと行動を共にしていないときに困ると判断し、旅の道中はレイナに能力を扱うのは控えるようにしてもらっている。勿論、緊急事態の時はレイナの判断で能力を扱う事は許可され、更にレイナがどうしても必要だと判断した場合も能力の使用は許されていた。
「さあ、今日はもう休もう。見張り役はチイにお願いできるか?」
「はい!!お任せ下さい!!」
「クロミン、一緒に寝る。今日も枕になって」
「ぷるぷるっ(しょうがないなぁっ)」
「レイナも抱き枕になる」
「ええっ……仕方ないな」
ネコミンはクロミンとレイナを引きずってテントの中に入り込むと、クロミンを枕にしてレイナを後ろから抱き着く。リルはネコミンの隣に移動すると、三人並んで毛布を纏う。
「色々と苦労を掛けてすまないな……だが、王都へ戻るまでの辛抱だ」
「やんっ……良い事を言いながらお尻を触らないで」
「あうっ……お腹をまさぐるのは止めてください」
「ぷるんっ!!ぷるぷるっ!!(こらっ!!セクハラは止めなさいっ!!)」
「はぐっ!?」
自然な流れでレイナとネコミンの身体に手を伸ばしたリルにクロミンが頭の耳のような触手を伸ばしてリルの頬を叩く。弱いと思われがちのスライムだが、体当たり以外にも攻撃手段は持っていた――
――しばらく時間が経過すると、レイナは物音を耳にして目を覚ます。他の二人も目を覚ましたらしく、テントの外から聞こえた音に疑問を抱く。
「んっ……な、何の音ですか?」
「チイッ……?」
「しっ、静かに……」
「ZZZ……」
リルは身体を起き上げるとレイナとネコミンの口元を塞ぎ、鼻提灯を膨らませて眠っているクロミンを放置して外の様子を伺う。隙間から伺うと、そこには倒れているチイの姿があった。
「っ……!?」
「へへっ……やったぜ」
「馬鹿、声を出すな……中の奴等が起きたらどうする?」
「大丈夫だろ、もう寝てるって……」
チイの傍に3人の男が現れ、年齢的には30代の男達だった。その内の一人がボーガンを所持しており、チイの背中に1本の矢が突き刺さっていた。どうやら鏃に毒でも塗られていたのかチイは言葉を発する事も出来ない程に身体が痺れ、それを見たリルは目を見開く。
(チイ!?くそっ……あいつら!!)
(落ち着くんだ!!ここで無暗に飛び出せばチイが危ない……だが、シロとクロはどうしたんだ?)
3人の男に取り囲まれたチイを見てレイナは咄嗟に鞄に手を伸ばしてフラガラッハを引き抜くが、リルが落ち着かせて状況を把握する。テントにはシロとクロも存在し、この2匹はチイと共に周囲を見張らせていたはずなのに姿が見えない事に違和感を抱く。
そもそも侵入者が現れた場合はシロとクロが敏感な嗅覚で真っ先に気付くはずなのだが、どうして男達に気付かれずにチイの攻撃を許してしまったのか分からなかった。シロとクロの安否も心配だが、今はチイを救うためにリル達はテントの中で武器を取る。
(まずは私が斬り込む。二人はその後に続いてくれ)
(分かった)
(はい!!)
ネイルリングを装着して魔爪術を発動させたネコミン、フラガラッハを握り締めたレイナを自分の後ろに移動させ、リルはテントから飛び出そうとした時、突如として嫌な気配を感じて後方を振り返る。そこにはいつのまにか大きな人影が存在し、テントの裏側から刃が貫かれた。
「危ない、二人とも!!」
「えっ!?」
「っ!?」
「ぷるんっ!?」
リルに指摘された二人は背後を振り返ると、人影に気付いて驚いた表情を浮かべ、リルは咄嗟に二人を庇う。その結果、刃は彼女の左肩を貫き、リルの悲鳴をあげる。
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