第149話 クロミンの餌

――魔王軍を名乗るアルドラが支配下に納めていたホブゴブリンの集団の殲滅から三日後が経過すると、レイナ達は王都へ向けて順調に進んでいた。リルの計算だとあと10日程で王都へ辿り着くという。


レイナが強化した魔除けの石のお陰で道中に魔物に襲われる事もなく、順調すぎるほどに旅は何事も問題が起きずに進んでいた。しかし、リルは王都までの道のりを大幅に変更する事に決めた。



「え?山を越える?」

「そうだ。ここから先には牙山と呼ばれる険しい岩山が存在する。そこを越して我々は王都へ向かおう」

「リル様、どうして牙山を越えるのですか?あの山は緑が殆ど存在せず、ゴブリンでさえも住み着かない場所です。迂回した方がいいのでは……」

「確かに普通ならば牙山は迂回するべきところだろう。だが、我々はここを越えなければならない」

「どうして?」



リルはケモノ王国の地図上に記された大きな山を指差し、標高は1000メートルを超える巨大な岩山だった。どうしてこんな場所を移動しなければならないのかとレイナ達は疑問を抱くと、リルは理由を説明する。



「先日、この地の領主から話を聞いたのだが弟が新しい騎士団を結成したらしい。その名前も黒狼騎士団だ」

「黒狼騎士団!?まるで我々「白狼騎士団」の当てつけのような名前ですね……」

「リルさん達の騎士団の名前は白狼騎士団なんですか?」

「ああ、昔私がシロの父親に命を救われた事があってな。その思い出を忘れらないために白狼騎士団と名付けた」

「ウォンッ!!」



シロはリルの言葉を聞いて嬉しそうに声を上げ、いったいどのような経緯で彼の父親にリルが命を救われたのかとレイナは不思議に思うが、リルは説明を続けた。



「昨日に訪れた街の人間から聞いた所によると、実は弟も王都ではなく、この近辺にいるらしい。名目上は国王の命令で貴族たちの領地の巡回を行い、様子を観察しているらしい。そして運が悪い事に今現在、弟は騎士団を引き連れてこの地に存在する」

「え?それが何か問題あるんですか?」

「前にも言っただろう。リル様は弟君の「ガオ」と対立関係にある。もしもリル様がケモノ王国に戻って来た事を知られていたとしたら面倒な事態に陥る」

「最悪、命を狙われるかもしれない」

「そんな……」



姉弟にも関わらずにガオがリルの命を狙う可能性があるという話にレイナは驚くが、現実の地球でも肉親同士で殺し合うなど珍しくもない。歴史上ではどんな国でも実の兄弟であろうと殺し合うなど珍しくもなく、王位を争って争い合う王族などいくらでも存在した。


日本の歴史でも兄弟同士で殺し合う武将は数多く存在し、こちらの世界でも本当に血の繋がった姉弟であろうと殺し合うのは珍しくもない事らしい。実際にリルは何度かガオに命を狙われた事があるという。



「私とガオは昔は仲が良かった……と思う。だが、ガオを王位に継承したい者達が私達の中を引き裂き、今では何度も刺客を送り込まれる事もある。まあ、全員返り討ちにしたんだが……」

「こ、怖い話ですね……」

「おい、言っておくが他人事じゃないぞ。リル様に保護されたお前だってガオ王子からすれば邪魔者だと認定されるかもしれないんだ。それと、事前に言っておくがもしもガオ王子が勧誘してきたとしても絶対に断れ!!あの王子だけは王位に継がせてはならない!!」

「分かってるよ……チイは相変わらず俺に冷たいなぁっ」

「よしよし、お姉さんが慰めてあげる」



チイの言葉にレイナは未だに信用されていないのかとわざとらしく悲しむと、ネコミンがレイナの頭を撫でる。ちなみに現在のレイナは未だに女性のままであり、男性の姿には戻っていない。


そろそろ男性に戻ってもいいのではないかと考えたが、先日に覚えた「魅了」の技能を習得した一件でリルからの提案でしばらくは女性の姿のまま過ごす事が決まった。理由は女の4人旅の方が色々と都合がよく、男性が経営する店でレイナが少しだけ「魅了」の能力を発動すると色々とサービスが良かったからである。


他にも理由としては男の姿に戻った時にリル達と行動していると、男一人で美少女3人を囲んでいると思われて妬まれた事もあり、よく男達から絡まれたのが原因である。レイナはいつになったら男として過ごしても問題ない生活を手に入られるのかため息を吐き出す。



「はあっ……こうなるといつ男の姿に戻れる事やら」

「ぷるぷるんっ?」



レイナの呟きに水筒の水を飲んでいたクロミンが不思議そうに顔を向ける。ちなみにスライムの主食、というよりは食べ物に関しては液体しか受け付けず、特に清潔な水や果物の果実を搾り取った果汁を好む。


元々は牙竜であったせいか、クロミンは外見では想像できない程の水分補給を行う。1日に大きな壺一杯分の水分を必要とするため、道中で川や湖で水分補給を行わなければすぐにリル達の分の水まで飲み干してしまう。

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