第132話 リルの失敗

――アンデッドと吸血鬼アルドラの討伐から翌日、レイナ達は最高級の宿屋の一室にて目を覚ます。この街で一番の宿屋らしく、最も良い部屋を借りていた。


リルが王女である事を明かした途端に街の住民の態度が一変し、すぐに彼女達のために宿を手配してくれた。街を救ったという事実もあるのでリル達は有難く身体を休ませてもらう。



「さて、これからの事だが……問題は色々と山積みだ」

「というと?」

「まず、私達の帰国が早すぎる。先に返した使者よりも早くここへたどり着いてしまった」

「早く辿り着いた事に問題があるんですか?」

「ある。私達は帝国の内部調査の任務を受けて帝国へ向かった。それにも関わらずに戻ってくるのが早すぎる……これでは怪しまれてしまう」



リルは表向きはケモノ王国から派遣された使者として帝国へと訪れた。実際の所は彼女達だけが調査を行うのではなく、事前に帝国に送り込んでいた間諜と接触し、情報をまとめてから戻るのがリル達の役目であった。


薬草が不足しているヒトノ帝国にケモノ王国から薬草を派遣する使者として訪れ、間諜から情報を得た後はリル達は冒険者としてしばらくの間は帝国へ残留。冒険者としての務めを果たしながら帝都の情報を集め、帰還する手はずだった。だが、レイナという存在と接触し、さらに危険な「牙路」を潜り抜けた事で一か月以上も早く帰還を果たしてしまう。



「私は王女であると同時に国の騎士団の団長でもある。故に国王から与えられた任務を果たさければならない。だが、今回の私は君を連れ帰るために任務を完全に果たしきれずに帰還してしまった」

「なんか、すいません……」

「いや、お前が謝る事じゃない。時期が悪かった……それにこんな事件に巻き込まれるとは思いもしなかった。誰が悪いというわけではない」

「チイの言う通り、レイナがいなければ私達もアリシア皇女も危なかった」



レイナは自分のせいで迷惑をかけてしまったのかと不安を抱くが、結果的にはレイナがいなければアリシア皇女は死んでいた可能性も高い。リル達も多少の危険を冒したが、予定以上の速度でケモノ王国へと帰りつくことが出来た。


問題があるとすればリルの立場を考えればこの急な帰還は国王に怪しまれてしまう点である。彼女と国王の立場は複雑な関係に当たり、決して仲がいいとは言えない。



「一応は父に王都へ戻る旨は手紙にしたためて先に送らせた使者に渡してある。勿論、レイナ君の事もだ」

「そうですか……じゃあ、これから俺達も王都に?」

「ああ、いつまでもここへはいられない。吸血鬼を倒した以上はもう問題はないだろう……魔王軍の事は気にかかるが、この地に留まるわけにはいかない」



王女としての立場を明かした以上は長居は出来ず、噂が他の街に広がる前にリル達は王都へ向けて発つ予定だった。既に黒竜はレイナの文字変換で元の可愛いスライムへと戻り、レイナの膝の上で甘えていた。



「ぷるぷるっ」

「おっとと……クロミンは甘えん坊だな」

「ふむ、相変わらずあれだけ暴れていた黒竜と同一人物(?)とは思えないな……触ってもいいかい?」

「いいですよ」

「ぷるるんっ♪」



リルが恐る恐る指先でつつくとクロミンの身体が弾み、くすぐったそうな声を上げる。しばらくはクロミンに癒されながらも本来の目的を思い出したリルは立ち上がる。



「おっと、こんな事をしている場合ではなかったな。我々もすぐに出発しよう、それと今回からは馬車を用意して貰った」

「え?馬車?」

「街の住民が今回の件のお礼と称して献上してきたんだ。シロとクロに乗り続けて移動するよりも身体の負担が少なくて済むからな。既に用意しているはずだ、向かおう」

「おおっ、馬車の中ならゆっくりできる……クロミンを枕にして昼寝できる」

「ぷるるんっ(しょうがないやっちゃな)」

「あ、そうだ。リルさん、もう吸血鬼はいなくなったんで元の姿に戻っていいですか?」

「ん?ああ、それは構わない……が……?」

「リルさん?」



ネコミンの発言にクロミンは呆れた表情を浮かべるが、枕にされる事自体はいいのか特に不満はない様子だった。リルの案内の元、レイナ達は外に降りようとした時、ここでレイナは男に戻れるのかを問う。


すると、レイナの何気ない言葉にリルは固まり、彼女は全身に汗を流しながらとある事実に気付く。それはレイナの正体が「男」である事を彼女は忘れていた。



「し、しまった!!私は何て大変な事を仕出かしてしまったんだ!?」

「え、ど、どうしたのですか!?」

「何かしたの?」

「ああっ……まずい、これは非情にまずいぞ!!すぐに使者を追いかけて手紙をしたためなおさなければ!!」

「えっ!?急にどうしたんですか!?」

「いや、その……なんというかだね」



いったい何が問題なのかと全員がリルを尋ねると、彼女は非情に気まずい表情を浮かべて答えた。

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