第103話 指先の魔術師

「動くな」

「……な、何の真似だ?」



唐突に自分を指差してきたレアにオカロは呆気に取られ、他の盗賊達も訝し気な表情を抱く。そんな彼等に対してレアは最後の警告を行う。



「この指先を動かせばあんたはその場で悶え苦しむ。それが嫌なら警備兵の所に向かって自首をしろ」

「はっ!!何を言い出すかと思えば……その程度の脅しに俺が屈すると思っているのか!?」

「警告はした。なら、苦しめっ」



レアの言葉を聞いて鼻で笑うオロカだったが、そんな彼にレアは文字変換の能力を発動させ、詳細画面のレベルの項目を書き換える。


レベルの数値をレアが変更した瞬間、オカロは唐突に異様なまでの脱力感に襲われ、その場で立つことも出来ずに倒れ込む。



「あがぁっ!?」

「お、オカロさん!?」

「どうしたんですか!?」

「……なるほど、こうなるのか」



オカロのレベルをレアは試しに「45」から「40」という文字に書き換えた瞬間、オカロは立つ事も出来ずに倒れてしまう。文字変換でレベルを上昇させると「成長痛」と呼ばれる現象が始まり、これは筋肉痛のように肉体が急激に負荷が掛かったような痛みを伴う。


しかし、今まで元のレベルを下げた事がなかったレアはこの際にレベルを下げた場合はどのような現象が起きるのかを確かめると、どうやらレベルを下げた人間は全身の力を奪われるような感覚に襲われるらしく、詳細画面の状態の項目を確認すると「虚脱」という文字が表示されていた。



「おああっ……!?」

「か、頭……」

「まさか、毒か!?」

「ひいいっ!!お、俺は関係ない!!許してくれっ!!」



言葉を話す事もままならないのか必死にオカロは配下の盗賊達に手を伸ばして助けを求めるが、恐怖を抱いた彼等は戸板で隠していた抜け道に逃げ込もうとした。


唐突に現れたと思われた盗賊達はこの抜け道から出てきたらしく、恐らくは偽物の香水を嗅いで意識を失った人間達ももこの抜け道を利用して連れ去ったらしい。



「あ、待て!!」

「逃がさないっ」

「ひいっ!?お、おい!!早く行け……おい、何してんだよ!?何を立ち止まってるんだ!?」

「あ、がっ……!?」



抜け道を利用して逃げ出そうとした男達だが、何故か抜け道の先頭を走っていた男が立ち止まり、地面に倒れ込む。何が起きたのかと他の者達は唖然とするが、抜け道の先には剣を構えたリルとチイが待ち構えていた。



「全く、宿からいなくなったと思えばこんな場所で夜遊びとは……後で説教だぞ二人とも!!どうして私も一緒に連れて行ってくれなかった!?」

「リル様、怒る所が違いますよ!?」

「な、何だお前等はっ!?」

「くそ、こいつらの仲間か!?」



何時の間にか先回りして待機していたリルとチイに男達は戸惑い、逃げ道を塞がれてしまう。レアとネコミンの方もリルとチイが現れた事に驚くが、今はともかく自分達を罠に嵌めようとしたオカロ達を捕まえる事にした。



「さてと……じゃあ、お仕置きといこうか」

「とりあえず、警備兵の所に送り込む」

「その前に少々痛めつける必要があるな……まだ捕まっている人間もいるかもしれない」

「さて、覚悟はいいかい?」

『ひいいっ……!?』



オカロを含めた男達は涙目で助けを求めるが、そんな願いを4人が聞き入れるはずもなく、レア達は4人がかりで人攫い達を叩きのめした後、彼等に捕まっていた人たちを助けてから警備兵に突き出す。――







――その後、オカロ一行を拘束したレア達は警備兵の屯所まで乗り込み、何が起きたのかを全て話す。警備兵がオカロが盗賊の頭であるという話に驚き、彼が販売していた香水を調べ、レアが解析の能力で見抜いた盗賊達の名前を報告すると彼等はすぐに残りの人攫いのメンバーの捜索を行う。


引き渡す前にオカロの状態の説明に関しては、彼が自分の用意した香水の中に似た症状を引き起こす毒薬を誤って自分で嗅いでしまい、今の状態に陥ったことを説明する。警備兵は特に疑いもせずに残りの盗賊達の居場所を調べ上げ、兵士を総動員して街中の盗賊を全員捕縛した。その後、オカロと繋がっていた奴隷商人も捕まり、この件は解決した。



「あ~あ、またこの姿に戻っちゃったか」

「全く、私達のいない間に問題を起こして……何を考えてるだお前等はっ」

「そう怒るなリル、結果的にはこの街の住民を救ったんだ。そう考えれば二人の行いは悪い事じゃないさ」

「えっへん」



オカロが捕縛された翌日、レア達は警備兵の元からこっそりと抜け出すと文字変換の能力で姿を変え、今度は20代後半の女剣士の恰好をしてリル達と共に馬に乗って街を離れていた。


馬を購入した理由はシロとクロでは移動に目立つという理由があり、毎回変装してもシロとクロに乗り続けて居れば怪しまれる恐れがある。この国では白狼種と黒狼種を利用して移動する人間はおらず、そのためにわざわざ馬を購入してレイナ達は旅を続ける。


ちなみにシロとクロは先行を行い、人気のない場所に到着すると合流を行う。馬達に関しては連れて行く事は出来ず、国境付近に到着すれば馬達とは別れてシロとクロに乗り込んで牙竜の生息地域を通過してケモノ王国へ向かう手はずだった。



「それにしても本当に魔物と遭遇しないな……その魔除けの石の効果は抜群のようだな」

「でも、シロ君とクロ君は平気そうでしたけどね」

「あいつらは訓練を受けているからな。いくら魔力の波長が大きくなったと言っても、慣れてしまえばどうという事はないんだろう」

「これで移動は楽になる」



レイナが作り出した魔除けの石の効果なのか、街を出てから数時間は経過するのにレア達は一度も魔物と遭遇していない。正確に言えば魔物の方からレア達が近付くと慌てて逃げ出し、近寄ろうとしない。


強化された魔除けの石の効果は抜群らしく、この調子ならば本当にケモノ王国に到着するまでの間は魔物との戦闘を避けて安全に辿り着けるかもしれない。しかし、ここから先は竜種である「牙竜」の生息地域に入るため、決して油断はできない。



「……もうすぐ、帝国の領地を超える。そうなればもう村や街が存在しない地域に入る。そこから先はシロとクロに乗り換えて進もう」

「馬はどうするんですか?」

「残念ながら連れてはいけない、この先に最後に訪れる村がある。そこで馬を売ってキタノ山脈を迂回し、私達は支配圏域「牙路」へ向かう!!」



リルの言葉に全員に緊張が走り、レイナは自分が抱えている「魔除けの石」に視線を向け、どうか牙竜が相手でも効果がある事を祈る。

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