第77話 ケモノ王国への道のり

――帝都を出発してから翌日の朝、慣れない野宿であまり眠れなかったレイナは川の水で顔を洗ってどうにか眠気を振り払うと、リルからどのような経路でヒトノ帝国を脱出するのかを説明される。



「これから私達は最短でケモノ王国へ引き返さなければならない。だが、そのためには大きな問題が二つある」

「問題?」

「一つ目は私達がこの国へ訪れた時はケモノ王国の使者として国境を通過し、関所を通ることが出来た。だが、本来は国境を超えるには色々と時間が掛かる。それに私達の正体を隠さなければならない以上、正規の方法で国境を超える事は出来ない」

「だから、国境を超える必要がある」

「え?という事は……」

「国境の警備が甘い箇所から強行突破するか、あるいは別の経路を利用しなければならない」



リルは自分の荷物の中から地図を用意すると、まずは自分達の居場所とヒトノ帝国の国境を示す。レイナが現在存在する大陸は「ひし形」のような形状をしており、大陸の右側の大部分を支配圏としているのがヒトノ帝国、北方の領地を支配圏にしているのがケモノ王国である。


地図で見比べるとヒトノ帝国はどの国家よりも広大な領地を持ち、ケモノ王国はその半分程度にも満たない。但し、両国の間には「キタノ山脈」という名前の険しい山脈が遮っており、この山脈の傍にヒトノ帝国は国境を張り巡らせていた。



「ヒトノ帝国はキタノ山脈の近くに3つの城を建築して10万の兵士を常備させて国境を守っている。我々は国境を抜けるには彼等の監視網を突破するか、あるいは迂回する必要がある」

「ちなみに普通の人は国境を超える時はどういう手順を踏むんですか?」

「身分を証明し、鑑定士の検査を受けた後、許可証を発行してもらう。但し、この手順を踏むには最低でも一週間の時を費やす場合がある。当然、私達の場合この方法は使えないがな」



鑑定士の職業の人間は「鑑定」という能力で相手の本名や種族を知る事が出来るため、いくら変装してもリル達の正体は知られてしまう。人間であるレイナの場合でも身分を証明する物を所持していないため、同様に突破は難しい。


せめてレイナが身分を保証する事が出来れば帝都を脱出した時のように全員を荷物の中に隠して潜り抜ける事が出来たのではないかと考えたが、国境を超える際は荷物の検査も行われるため、希少なストレージバック(正確には異なるが)を所有するレイナが怪しまれるのは間違いない。



「国境を強行突破する場合は何処から通るんですか?」

「この山脈から一番近い「ト城」と呼ばれる城へ向かう。他の「オ城」や「サン城」と比べれば成功する確率は高い。だが、その場合はシロとクロに無理をさせるだろうがな……」

「「ウォンッ?」」



強行突破を行う場合、要となるのは移動役のシロとクロであり、真っ先に兵士達が2匹を狙う事になるだろう。しかし、ここでチイはレイナに顔を向ける。



「レイナ、私は子供の頃、勇者の世界には空を飛ぶ乗物があるという話を聞いたことがあるが……それは事実なのか?」

「え?ああ、飛行機とか飛行船とかの事かな?」

「本当にそんな乗物があるのか!?なら、それをお前の能力とやらで取り出すことは出来ないのか!?」

「いや、やろうと思えば出来ると思うけど……多分、運転できないから無理だと思う」



レイナの能力で仮にヘリコプターや飛行機の類を生み出し、全員を乗せて空路から移動を試みる方法は難しく、運転技術を身に着けていない者が飛行機を動かせるはずがない。


だからこそ地球の乗物の類の殆どはレイナには扱えないため、仮に作り出したとしても意味がない事を伝えた。



「飛行機を操作する事は俺には出来ないんです。例えば、馬を用意したとしても、馬に乗ったことがない人がいきなり馬を扱いこなす事は出来ますか?」

「……無理だろうな、大抵の者は馬を乗りこなすのにかなりの時間を弄する」

「それに地球の乗物は色々と不便なんだよ。運転するだけでも危険が大きいし、扱いこなすにも時間が掛かる……だから、あんまり頼りにしない方が良いと思う」

「そ、そうか……残念だ」

「レイナの世界の乗り物、見て見たかった」



御伽噺にも登場する勇者の乗物がどのような物なのかチイとネコミンは興味を抱いていたらしく、レイナの返答を聞いてあからさまに落胆してしまう。だが、彼女達には申し訳ないがレイナとしても迂闊に文字変換の能力で地球の乗物を出現させるわけにはいかない。


実際の所、自動車の類ならばレイナでも生み出して操作できる自信はある。この世界には自動車の障害物となる物は非常に少なく、広大な草原ならば初心者であろうと自動車を運転してもそれほど危険はないだろう。


だが、草原にも魔物が存在し、途中で襲われる場合を考慮するとやはり迂闊に乗りなれていない乗物は用意できなかった。



(スクーターぐらいなら何とかなりそうだけど、それだとシロ君やクロ君に乗って移動した方が早いからな……)



シロとクロの移動速度は地球の狼を遥かに上回り、レイナの体感では恐らくは時速100キロは軽く超えていた。


下手をしたらチーターに匹敵する速度で何時間も移動を行える2匹よりも早い乗物となると、やはり自動車や飛行機の類しか存在しない。

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