第45話 第一階層の魔物

捜索隊は第二階層へ向けて出発を開始してから数分後、未だに魔物の姿は見えず、複雑な迷路を地図を頼りに突き進む。


移動速度に関しては急ぎ過ぎず、かといって遅過ぎず、早歩き程度で移動を行う。一刻も争う事態だとは理解しているが、序盤で移動に体力を消耗するような真似は出来ない。


移動を開始してから10分が経過しようとした時、第一階層に訪れてから初めて大きな広間へと辿り着く。円形状に広がった広間には遂に魔物の姿が存在した。事前の情報通り、この階層を支配するゴブリンの集団が存在し、その数は十数匹は存在した。



『ギギィッ……』



ゴブリンの集団は広間に存在する人間の死体に群がり、血塗れの死骸に食らいつき、夢中に死肉を貪っては血を啜る。


その光景を見たレイナは口元を抑え、他の冒険者達も眉をしかめ、ダガンに至っては食べられている死体の傍に落ちている帝国兵士の鎧兜に気付き、歯ぎしりを行う。



「……食べられているのは僕の部下のようです」

「そうか……ダガンよ、ここはお前に譲る」

「申し訳ありません……すぐに終わらせます!!」



ダガンは自分の配下の兵士の死体に食らいつくゴブリンに向けて駆け出し、背中に装備していた戦斧を掴んで真っすぐに向かう。


レイナは訓練の際にダガンが戦う姿は何度か見かけたが、今回の彼の気迫は凄まじく、ゴブリン達に向けて真っすぐに駆け抜けた。



「はぁああああっ!!」

「ギギィッ!?」

「ギィイイイッ!!」



ゴブリン達はダガンの咆哮を耳にして戦闘体勢に入り、敵が単独である事を確認すると数の暴力で襲いかかろうとした。


しかし、それを予測していたようにダガンは左腕に装着していた円形型の盾で正面から迫ってきた数体のゴブリンを弾き返す。



「ふんっ!!」

「ギィアッ!?」

「ウギィッ!?」

「ギャウッ!?」



ゴブリン達を弾き飛ばした後、ダガンは右腕で掴んでいた戦斧を翻し、凄まじい速度で振り払う。その直後に正面に飛ばされたゴブリン達の胴体が切り裂かれ、地面に倒れ込む。



『ギィアアアッ!?』

「ギギィッ!?」

「ギイイッ!!」

「逃がすかっ!!」



数体のゴブリンが一瞬で倒された事に他のゴブリン達は一瞬だけ硬直し、その隙を逃さずにダガンは両手で戦斧を掴むと勢いよく振り回す。


まるでベーゴマのように回転したダガンの攻撃に対してゴブリン達は避ける事も出来ず、瞬く間に広間に存在したゴブリンを殲滅した。


全てのゴブリンを屠るまでに時間は10秒も掛からず、ダガンは戦斧にこびり付いた血液を振り払うと、兵士の死体の傍に移動して様子を確認する。だが、無残にも全身を食い荒らされたせいで原型が分からず、一体誰が殺されたのかも判別できなかった。ダガンは傍に落ちている兵士の鎧兜を拾い上げ、刻まれている名前を確認する。



「ハン、君だったのか……すまない」

「知っている奴だったのか?」

「僕は自分の部下の顔と名前は全て覚えています。彼は母親思いの良い兵士でした……本来なら遺体を持ち帰りたい所ですが、時間がありません。火葬して先に進みましょう」

「そうか……よし、では我々は先行させてもらう。お前は後から追いかけてこい。道は分かるか?」

「ありがとうございます。すぐに追いかけますので……」



ゴオンの言葉にダガンは頷き、この場に彼を残して捜索隊は先へ進む。だが、去り際に最後尾を移動していたレイナは立ちどまり、死体の傍で微かに涙を流すダガンを見ていたたまれない気持ちを抱く。



(ダガンさん……そうだ、解析を使えばもしかしたら)



レイナは死体に視線を向けて「解析」の能力を発動させ、詳細画面が表示されるのを待つ。だが、今までどんな物体も能力を発動させれば詳細画面が即座に開いたが、死体の場合は解析の能力は発動されないのか、数秒ほど待ったが画面は表示されなかった。



(死体には解析の能力は通じないのか……)



死体であろうと詳細画面を開ければ状態の項目を文字変換の能力で書き換え、死んだ人間も蘇らせる事が出来るのではないかと考えていた。


だが、結果は残念ながらそこまで万能ではないらしく、死体には解析の能力が発動しない事が判明する。つまり、死んだ人間はいくら文字変換の能力でも蘇らせる事が出来ないと判明した。



「おい、何をしている?早く行くぞ」

「あ、すいません……」

「死体を見るのは初めてか?だが、この大迷宮ではよく見かける光景だ……覚悟しておけ」



チイが声を掛けるとレナは急いで後を追いかけ、一度だけ振り返ってダガンの様子を伺う。レイナの知っている彼は常に明るく、笑顔を絶やさなかったが、流石に自分の部下の死体を前にして沈痛な表情尾を浮かべていた。


任務とはいえ、自分の配下の兵士が死亡した事に彼は深く悲しみ、それでも死体を持ち帰る余裕がないので火葬の準備を行う。その様子を見てレイナは嫌でもここが現実だと思い知らされる。



(ここはゲームじゃないんだ……死んだら終わりなんだ。気を引き締めていかないと駄目だ)



魔法が存在し、ステータス画面が開けるといってもここはゲームの世界ではなく、人が死ぬのも珍しくはない。


それと同時に自分の力では死んだ人間を蘇らせる事が出来ない事も発覚してレイナは急いでアリシアを見つけ出す事を決意した。



(手遅れになる前にアリシアさんを救い出さないと……!!)



既にアリシアが行方不明になってから1日以上も経過しているが、彼女が聖剣の所有者ならば希望は残っており、生きている事を信じてレイナは捜索隊の最後尾に続く――





――大迷宮に入ってから20分後、予想以上に早く捜索隊は第二階層へ続く階段が存在する場所へ辿り着く。階段がある場所は先ほど遭遇したゴブリン達が存在した円形状の広間と酷似しており、中央部には地下に続く大きな階段が存在した。


階段の傍には大きな柱が2つ存在し、片方は緑色の巨大な水晶玉、もう片方は灰色の水晶玉が設置されていた。階段の前に辿り着いた冒険者達は安堵した表情を浮かべ、ゴオンも振り返って全員が居る事を確認する。



「第二階層まで無事に辿り着けたな!!今の所は順調に進んでいる、ここで5分休憩を挟んで先に進むぞ!!」

「休憩?」

「各階層の階段が存在する広間には魔物が寄り付かない安全地帯なんだ。だからここに魔物が現れる事は無いよ。床を見てごらん」

「床……うわ、何だこれ!?」



リルの言葉にレイナは床を除くと、今までは砂地の地面だったのに対して広間の床は煉瓦製である事に気付き、しかも煉瓦の一つ一つに奇妙な紋様が記されていた。


この紋様が刻まれた煉瓦の床こそが古王迷宮の「安全地帯」である事を証明するらしく、この場所に辿り着いた途端に冒険者達は肩の力を抜く。



「この紋様は「退魔紋」と呼ばれる特殊な魔法陣だ。ここからでは分からないが、上から見ると全ての紋様が左右非対称の魔法陣のように見えるらしい。これらの魔法陣は「紋様魔法陣」とも言われている」

「へ、へえっ……じゃあ、ここに魔物が現れる事はないんですか?」

「ない、だから今の内に身体を休めておけ。ここから先はさらに過酷な環境が待っているぞ」

「今の内に武器の手入れをしておいた方が良い」



レイナは振り返ると何時の間にか他の冒険者達は武器を取り出して手入れを行っている事に気付き、次の第二階層から激しい戦闘に巻き込まれる事が予測しているのか、全員が真剣な表情を浮かべていた。


レイナも腰に装備したアスカロンに視線を向け、フラガラッハに頼れない以上はこの聖剣こそがレイナの最後の頼みだった。



(文字変換の能力はあと5文字……もしもアリシアさんが怪我を負っていたとしたら、治療するためにもこれ以上の文字数の消費は避けたい)



追い込められても文字変換の能力があるからと安心はできず、ここから先は自分の力で魔物と戦って生き残る事を考え、レイナは覚悟を固める。

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