第28話 手榴弾

『グラス――硝子製のグラス』

「随分と簡素な説明文だな……小石の時もそうだったけど」



詳細画面を開いたレイナは指先を構え、名前の項目を地球に存在する武器の名前へと変換させる。その結果、グラスが光り輝いたかと思うと別の物体へと変化を果たし、この世界には恐らく存在しないはずの武器がレナの手元に収まっていた。。



「……まさか、生きている間にこんな物を使う日が訪れるとはな」



レイナは自分の手元に誕生した「手榴弾」に視線を向け、冷や汗を流す。これまで文字変換の能力で様々な物を生み出してきたが、地球に存在する道具でも作り出せる事が改めて判明する。


手榴弾を握り締めたレイナはホブゴブリンが立てこもる教会に視線を向け、これを利用すれば上手く見張り役を行っているホブゴブリンを一掃できるのではないかと考えた。


手榴弾を手にしたレイナは「気配遮断」「無音歩行」「隠密」の技能を発動させた状態で接近し、出来る限り教会へと近付く。ある程度の距離まで近付けば手榴弾を投げ込んで爆発させ、まずは見張り役のホブゴブリンを仕留める。その後に騒動を聞きつけた建物の中のホブゴブリンが出てきたところを一気に殲滅させる計画を立てた。



(見張り役は4体、さっき入れ替わりで中に入ったのが4体だったから、最低でもホブゴブリンは合計で8体か。上手く全部倒せれば相当な経験値を稼げそうだな)



ホブゴブリンが普通のゴブリンよりも経験値を多く持っているのは間違いなく、レイナは気付かれないように祈りながら建物の裏を移動して近づくと、頃合いを見計らって街道へ飛び出す。



「ギギィッ!?」

「ギィアッ!?」



建物の中から飛び出してきたレイナに対してホブゴブリン達は驚愕の表情を浮かべ、慌てて身構える。彼等からすればいきなりレイナが現れたようにしか見えず、唐突に現れた謎の人間に警戒して武器を構えた。


だが、既にレイナの指は手榴弾のピンを引き抜き、上から投げるのではなく、下側から放り投げてホブゴブリン達の足元へ転がす。



「ギィアッ?」

「ギギィッ?」



自分達の元へ転がってくる手榴弾を確認してホブゴブリンは不思議そうな表情を浮かべ、逃げも隠れもせずに様子を伺う。


ホブゴブリンから見れば唐突に現れた人間が自分達の足元に目掛けて奇妙な形をした緑色の石ころを転がしたようにしか見えず、手榴弾の脅威を知らない彼等は不用意に近づいてしまう。


ホブゴブリン達が手榴弾に気を取られている間、レイナは急いで自分が抜け出した建物に向けて駆け出し、頭を抱えた状態で飛び込む。その直後にホブゴブリンの足元に転がった手榴弾が爆発を引き起こし、街中に爆裂音が響き渡る。



『ギャアアアッ!?』



予想を超える爆音と衝撃波が広がり、4体のホブゴブリンは爆風に飲み込まれ、更に教会の出入口は崩壊する。それだけに留まらず、爆風は教会の建物にまで届き、あまりの威力に老朽化していた建物は崩壊して街中に轟音が響き渡った。


やがて爆発が収まるころ、レイナはこっそりと建物の窓から外の様子を伺い、教会の変わり果てた光景を見て唖然とした。



「な、なんだこの威力……小型ミサイル?手榴弾って、こんな威力あるの?いや、そんな馬鹿な……」



たった一つの手榴弾で大きな建物が崩壊した事にレイナは動揺を隠せず、いくら何でも威力が高すぎる事に疑問を抱く。


レイナとしては見張り役をやっていたホブゴブリンを一掃するだけのつもりで作り出したのだが、一体何がどうなってこんな事になってしまったのかとレイナは考察する。



(……まさか、これのせいか!?)



考えた結果、レイナは自分の腰に差してある「フラガラッハ」に視線を向けた。フラガラッハには「攻撃力3倍増」の能力が付与されており、身に着けているだけでフラガラッハ以外の武器の攻撃力も強化される。


しかし、まさか手榴弾さえも威力を強化させるのかとレイナは驚いたが、いくら3倍といっても手榴弾一つで建物が崩壊するほどの威力を生み出すのか疑問が残る。



(……もしかして俺の「剛力」の効果も付与されているのか?)



レイナは「剛力」の効果で攻撃力が4倍に上昇しているが、その効果が手榴弾にも適用されたのかと推察する。実際に武器屋の主人も本人が覚えている技能や武器の能力は重複化されていると言っていた。


そう考えれば手榴弾を武器として認識されて強化されているとしたら、この馬鹿げた破壊力も納得できた。


完全に崩壊してしまった教会に視線を向け、これではホブゴブリンが建物の中に隠れていても死亡した事は間違いなく、爆発をまともに受けた4体に至っては木端微塵に吹き飛んだのか死骸さえ見当たらない。レイナは改めて自分の仕出かした行為に背筋が凍り付く。



(手榴弾でこれだけの威力があるなんて……もしも地球の銃器を生み出したらとんでもない事になりそうだな)



手榴弾のみで建物を完全に崩壊させる威力を誇り、もしも拳銃などの道具を作り出せば恐らくは手榴弾と同じように威力が桁違いに強化されるだろう。


それならば剣を使うよりも銃器を作り出した方が効率的に魔物が倒せるのではないかとレイナは考えたが、崩壊した建物を見て考えを改める。



(いや、それは最終手段にとっておこう……今回は人が住んでいない廃墟だから助かったけど、もしも近くに人間がいたら無事じゃ済まなかった。出来る限り、地球の武器は持ち込まないようにしよう)



窮地に陥ればどうしても銃器を作り出す場面が訪れるかもしれないが、それはあくまでも最終手段であり、レイナは今後は出来る限りは地球の武器を頼らずにこの世界の武器だけに頼る事にした。


そもそも人前で戦う時、地球の武器を使用した場合は怪しまれる。それにフラガラッハとアスカロンだけでも十分な高性能の武器であるため、別に無理して地球の武器を用意する必要はない。



(だいたい拳銃なんか使ったことないし、第一使い道を誤るとこっちが大怪我しそうだな……今日の所はもう帰ろう)



目的であるホブゴブリンの一掃には成功したのでレイナは騒動を聞きつけた他のゴブリンが集まる前に引き返す事を決め、早々に立去った――






――同日、王都の冒険者ギルドにて廃墟街で謎の爆発が発生し、ホブゴブリンの集団が根城にしていた教会が崩壊したという報告が届く。


冒険者ギルド側も廃墟街の中心部で十数体のホブゴブリンが教会だった建物に住処を形成しているという話を聞いており、近々熟練の冒険者を送り込んで討伐を行う予定だった。


廃墟街には多数のゴブリンが生息し、何度か冒険者ギルド側に街に住み着いたゴブリンの討伐依頼は届いていた。依頼人は王都へ訪れようとした商団、王都へ観光のために訪れようとした旅人であり、何度か冒険者ギルド側も腕利きの冒険者を派遣して廃墟街に生息するゴブリンを殲滅しようとはした。


しかし、ゴブリン達は冒険者の団体が訪れると早急に身を隠し、あるいは街を離れてしまい、結局は冒険者達がひきかえした頃合いを見計らって街へ戻ってしまう。定期的に冒険者を送り込んでも勘の鋭く悪知恵が働くゴブリン達は事前に身を隠してしまい、結局は討伐は失敗に終わってしまう。




だが、最近になってゴブリン達を統括するホブゴブリンの存在が確認され、どうやら今まで冒険者の討伐部隊が送り込まれた際、ホブゴブリンの集団がゴブリン達に警告を行い、避難させている事が判明する。それを知った冒険者ギルドはホブゴブリンの集団の動向を入念に調査し、遂にホブゴブリン達が根城としている建物を発見する。


数日中にホブゴブリンを確実に討伐するため、熟練の冒険者を集めて討伐部隊を結成しようと冒険者ギルドが動いていた時に謎の爆発によってホブゴブリンが全滅したという報告が届き、ギルドは混乱に陥った。一体何者が建物ごと崩壊させてホブゴブリンを殲滅したのか、急いでギルドは調査員を派遣した――

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