第24話 悲鳴
「ん……今、何か思いつきそうになった」
折れた長剣の詳細画面を見てレイナは何か気にかかり、あと少しで名案が浮かびそうになった。だが、考えている最中に何処かから人間の悲鳴が耳に入ってきた。レイナは考えるのを中断して反射的に悲鳴が聞こえた方向へ顔を向ける。
(人間の声!?誰か襲われているのか!?)
レイナは悲鳴が聞こえた方向へ駆け出し、武器にならない長剣はその場に捨て去る。良案が思いつきそうではあったが今は悲鳴の主を助けるのが先決であり、瞬動術を発動させて移動を急ぐ。
レベルが上昇した事で肉体も強化されているのか、最初の頃は1度使用するだけで体力を大幅に消耗した瞬動術も一定の間隔を挟めば連続で使用できるようになっていた――
――同時刻、レイナが聞きつけた悲鳴の主は3人組の冒険者であり、全員がまだ年齢は十代半ばの新人冒険者だった。彼等はレイナと同じくレベル上げが目的で廃墟街へ入ったのだが、予想外の数のゴブリンに囲まれ、窮地に陥っていた。
「リック!!こっちはもう盾が持たない!!どうすればいいんだ!?」
「くっ……マイナ!!魔法は使えないのか!?」
「む、無理よ……ここまで来るのに魔力を使い果たしたわ。もう、初級魔法だって使えないわ!!」
『ギギイッ!!』
3人組の冒険者のリーダーを務めるのはリックと呼ばれる少年は「剣士」もう一人の背の高い少年は「盾騎士」最後の一人は「魔術師」の称号を持つ女子だった。
3人組は先輩の冒険者からレベル上げを行うのならば廃墟街のゴブリンを倒す方が効率的だと聞いてここへ訪れたのだが、調子に乗って廃墟街の奥まで入ってしまい、ゴブリンの大群と遭遇してしまう。
「くそ、だから言ったんだ!!俺は取り返しが付かなくなる前に引き返そうって!!」
「テタ!!今更何を言ってるのよ!?こんな時にそんな事を言っている場合じゃないでしょ!?」
「落ち着くんだ二人とも!!取り乱せば命はないぞ!!」
「ギィアッ!!」
「ギギィッ!!」
ゴブリンの数は10匹程度だが、全てのゴブリンがこの街に訪れた人間から奪った武器を身に着けており、更に中には防具まで装備しているゴブリンも居た。ゴブリンは魔物の中では力は弱いが知能は高く、人間と戦闘を繰り返せば武器や防具の重要性を理解して自ら装備を行う。
運が悪い事に廃墟街の奥地には戦闘経験豊富なゴブリン達が住処を形成し、レベル上げの目的で廃墟街へ入り込んできた人間たちを積極的に襲う。3人組はここまでの道中で戦う体力も魔法に必要不可欠な魔力も消耗しており、今の所は奮戦しているが限界は近い。
「ギィイッ!!」
「きゃあっ!?」
「なっ!?マイナを離せっ!!」
「くそ、ここで俺達終わりなのかよ!?」
魔法が使えなくなったマイナはゴブリンに抵抗する術を持ち合わせておらず、隙を突かれて1匹のゴブリンに腕を掴まれる。それを見たリックは彼女を救い出そうとするが他のゴブリンに邪魔され、テタも3体のゴブリンの攻撃を盾に防ぐので二人の手助けを行えない。
「ギィアアッ!!」
「きゃああっ!?」
「マイナぁああっ!!」
腕を掴まれたマイナはゴブリンに引き寄せられ、そのまま頭部を噛みつかれそうになり、リックが必死に腕を伸ばすが距離が届かず、そのまま彼女の頭部にゴブリンの牙が食い込もうとした。
だが、ゴブリンの牙がマイナの頭に触れる寸前、ゴブリンの背後から人影が差すと、彼女を襲おうとしたゴブリンの首を一太刀で切り裂く。
「ふっ!!」
「アガァッ……!?」
「えっ……」
「だ、誰だ!?」
ゴブリンの頭部が切り裂かれた事でマイナは解放され、驚いた彼女は振り返ると、そこには美しい黒髪の女性が立っていた。
その女性はまるで伝説の聖剣の如く煌めく宝剣を握り締め、そのまま3人組を取り囲んでいたゴブリン達を切り払う。
「はああっ!!」
『ギィアアアアッ!?』
「す、凄い……!?」
女剣士が剣を振り払っただけでゴブリン達は胴体を切断され、革製の鎧を身に着けていたゴブリンでさえもまるで果物を切り裂くように真っ二つに切り裂く。その光景を見た3人組は圧倒され、更に女剣士は残りのゴブリンを一掃する。
「ふうっ……君たち、大丈夫?」
「あ、ありがとうございます……」
「つ、強い……」
「格好いい……」
ゴブリンを全て切り伏せた女剣士に対してリックとテタは圧倒され、命を助けられたマイナは頬を赤く染めてお礼を告げた。
そんな3人組を見て女剣士は安心したように笑顔を浮かべ、全員が無事である事を確認するとすぐに指示を出す。
「ここは危ないよ、すぐに離れた方が良い。えっと、街の外はこっちで合ってるのかな?」
「え、あ、はい!!間違ってないです!!」
「そう、なら急いで離れよう。怪我はしてない?」
「平気で……うぐぅっ!?」
「ちょっとテタ!?あんた、足を……!!」
3人組は女剣士の言葉に従い、急いでその場を離れようとした時、重装備をしているテタが右足を抑えて尻もちを着く。どうやら先ほどの戦闘で負傷したらしく、右足から血が流れていた。
「テタ!?大丈夫か?」
「あ、ああ……これぐらい、平気だ」
「嘘つきなさい!!この足だと歩く事も出来ないじゃない!!」
「ちょっと見せてくれる?」
テタの足が怪我している事をしった女剣士は彼のズボンを捲って右足を覗くと、脛の部分を刃物で切り付けられたらしく、傷跡はそれほど深くはないようだが、歩くと激痛が走る様子だった。
怪我をしているテタを見た女剣士はハンカチで傷口を抑えると、仕方がないとばかりにテタの身体を両手で持ち上げる。
「ごめんね、ちょっと持ち上げるよ」
「え、持ち上げるって……うおおっ!?」
女剣士はテタの身体を持ち上げると両肩で抱え、そのまま数歩ほど歩いて問題ない事を確認すると、額から汗を流しながら他の二人に付いてくるように指示を出す。テタは自分の身体を持ち上げた女剣士に動揺し、他の二人も彼女の怪力に驚愕した。
テタはこの中でも一番の大柄な体格で、しかも装備を合わせると体重は軽く100キロ近くは存在する。高レベルで一流の冒険者の身体能力ならば彼を持ち上げる事も出来るかもしれないが、女剣士は冒険者の証であるバッジは身に着けておらず、彼女が冒険者でないのかと3人組は動揺する。
(こ、この女の人は何なんだ!?テタを軽々と持ち上げて、しかも動けるなんて……)
(こんなに綺麗で痩せているのに強いだけじゃなくて力持ちだなんて……素敵だわ!!)
(まさか俺の人生でこんな美人と密着する機会が訪れるなんて……くそ、状況が状況だけに素直に喜べねえ……!!)
女剣士はテタを両肩で抱えながら早歩きで街道を移動し、他のゴブリンに見つかる前に廃墟街の出口へ急ぐ。その後を慌ててリックとマイナも続き、どうにか危機を脱した――
――約30分後、テタを抱えたレイナは他の二人の冒険者を連れて廃墟街を抜け出した後、王都へ引き返す。
どうやら廃墟街と王都は2キロ程度しか離れていない場所に存在するらしく、王都の城門まで3人組と行動を共にしていたレイナだが、城門で兵士達が検問を行っている事を思い出して立ち止まる。
(あ、まずい……確か、検問を受けるとステータスを鑑定士に確認されるらしいから今の状態だと俺の正体が気付かれる)
城門の近くで立ち止まったレイナに3人組の冒険者は戸惑い、中に入らないのかと不思議そうな表情を浮かべると、レイナは仕方なく抱えていたテタをゆっくりと地面に降ろす。
「ふうっ……大丈夫?痛くなかった?」
「あ、はい……その、ありがとうございました」
「ごめんね、本当は中まで運んであげたいんだけど、ちょっと廃墟街へ戻らないといけないからここまででいいかな?どうしても歩けないなら城門まで運んであげるけど……」
「い、いえ!!結構です!!」
「そう?」
レイナの申し出にテタは必死に首を振り、ここまで運んでもらっただけでも有難く、そもそも男として女性に抱えて貰って街の中まで運んでもらうなど恥ずかしくて仕方ない。
ここからは先は意地でも自分の力で歩くことを決意したテタは、レイナに何度も頭を下げて命を救ってくれた恩を感謝した。
「命を助けていただき、ありがとうございました!!この御恩は一生忘れません!!」
「本当にありがとうございます!!貴女は命の恩人です!!」
「私達が生きているのはお姉さんのお陰です!!」
「えっと……どういたしまして」
3人の言葉にレイナは困った風に頬を掻き、城門の兵士達が訝しげな表情を浮かべて見つめている事を知ったレイナは怪しまれる前に早急に立ち去るために3人に別れを告げた。
「それじゃあ、今度からは街へ入る時は気を付けるんだよ。また助けられるとは限らないからね」
「あ、待って!!せめて名前だけでも……って、早い!?」
レイナは別れを告げると全速力で廃墟街の方向へ向けて駆け出し、そのあまりの足の速さに3人組の冒険者は引き止める事も出来ずに立ち去ってしまう。残された3人組はあっという間に小さくなったレイナの後姿を見送る事しか出来なかった――
――この日は結局レイナはレベルが4まで上昇した所で抜け道を利用して王都へ引き返したが、彼女の存在はこの日を境に冒険者の間に噂になる事を彼女は知らなかった。廃墟街から帰還した新人の3人の冒険者はレイナに命を救われた事を触れ回り、冒険者ギルドに掛け合ってレイナが冒険者ではないのかを問い質す。
冒険者ギルド側は所属する冒険者全員を把握しているが、新人の冒険者達を救ってくれたという「黒髪の女剣士」に関しては心当たりはなく、彼女が冒険者ギルドに所属していない事を断言する。しかし、それが逆にレイナの謎が深まり、冒険者でもないのにゴブリンの大群を一掃し、更に重装備の人間を軽々と抱えて王都まで運び込んだという彼女に興味を抱く人間が続出した。
冒険者の中には新人の3人組が嘘を吐いているのではないかと考える人間もいたが、城門を警備していた兵士も黒髪の女剣士の存在を確認したという証言もあり、そもそも3人組がそのような嘘を吐く理由がない事から黒髪の女剣士が実在する事は確定した。
冒険者達は彼女の正体が何者であるのか議論を行い、一番有力な説は腕利きの傭兵、あるいは凄腕の武人、実は帝国で召喚された勇者ではないかと噂する。
最もレイナ本人は自分の存在が冒険者の間で有名になっているなど露知らず、廃墟街から帰還した翌日の朝には再び弁当を用意してもらい、廃墟街へ赴く準備に取り掛かっていた。
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