第21話 実戦に向けて

――翌日の早朝、目を覚ましたレイナは今日は部屋の中で食事を行わず、食堂に赴く。時間帯は早いが既に食堂は開いており、何人か宿屋の客が先に食事を行っていた。


中には武器を携帯している人間も存在し、ただの兵士には見えないので恐らくはこの世界の「冒険者」と思われる恰好の人物も存在した。レイナは彼等から何か重要な情報が聞けるかもしれないと思い、冒険者の近くの席に座る。



「あれ?お客さん、今日は食堂でお食事をされるんですか?」

「ええ、まあ……ちょっと出かける用事があるので」

「そうですか、ではすぐに用意しますね」



顔見知りの女性従業員がすぐに食事の準備を行い、その間にレイナは後方に注意を向け、冒険者と思われる男性二人の会話を盗み聞きする。



「たく、昨日から兵士の検問が厳しくなってよ……身分証を提示しないと街の外へも出れないぜ」

「俺も昨日は商団の護衛の仕事だったんだけどよ、いつもなら簡単な検査で通してくれるのに兵士共が手配書の人間を隠していないのか調べると言い出して大変だったぜ?積み荷を全部検査されていつもより大分時間が掛かっちまった」

「極め付きに鑑定士の奴等まで呼び出して一人一人を「鑑定」してステータスを調べるんだぜ?例の手配書のガキが変装して抜け出すとでも思ってんのかね、ちょっと警戒し過ぎじゃないのかあいつら」



二人の会話を聞いてレイナは内心で冷や汗を流し、もしも何も知らずに王都の外へ出ようとしていたら不味い自体に陥っていたかもしれない。


この姿なら気付かれる事は無いと思い込んでいたが、兵士が「鑑定士」と呼ばれる職業の人間を用意して一人一人調べているという話にレイナは不安を抱く。実を言えばこの世界に来た時に鑑定士と呼ばれる人間にレイナは遭遇している。




――この世界に召喚されたころ、レイナ達は鑑定士という称号を持つ人間から検査を受けており、彼等はレイナの「解析」のように「鑑定」と呼ばれる能力で他人のステータス画面を確認する事が出来るという。


この鑑定士によって召喚されたばかりのレイナはステータス画面を確認され、他の勇者と比べてレベルが低い事を確認される。



『これはまた随分と低いな……あ、いや、失礼しました』

『はあ……あの、ステータスは何処まで見られれるんですか?』



振り返れば鑑定士に鑑定を受けたあたりからウサン大臣以外の人間からもレイナは見下されるようになり、彼等がレイナのステータスが低い事を報告したせいで勇者でありながらぞんざいな扱いを受けたのかとレイナは内心恨む。


但し、どやら鑑定士の「鑑定」はレイナの「解析」と違って相手が覚えている技能や能力などを見分ける事は出来ず、せいぜい称号、名前、性別、年齢、レベル程度しか見抜けない事が判明した。



(このまま外へ出ようとしていたら大変な事になっていたな……鑑定士を使って検問までさせている所、ウサンも相当に用心深いな)



性別や年齢は変化しているとはいえ、名前に関してだけはレイナも変更しておらず、もしもステータスを調べられたら手配書のレアと同じ名前である事が気付かれてしまう。


事前に兵士達が検問を行っている事を聞けただけでも収穫はあり、更に運がいい事に二人の冒険者はレイナが最も気にしていた情報を話す。



「そういえばお前、レベルを上げるためにまた「廃墟街」へ入ったんだろ?」

「ああ、まあな。へへっ……あそこはゴブリンの住処だからな、いい経験値を稼げるんだよ」

「お前、あそこへ近づくのはもう止めろよ……ゴブリンとはいえ、魔物の住処だぞ?もしも集団で襲われたらどうするつもりだよ」

「大丈夫だって、それにあそこには結構お宝が残ってるんだよ。10年前までは人間が暮していた街だからな」

「たく、今日も行く気か?わざわざ面倒な検問を受けてまでレベルを上げたいのか?」

「へへ、大丈夫だって……今日は抜け道を使うからな。兵士共には見つからずに抜け出してやる」

「馬鹿っ……声を抑えろよ」



レイナは二人の会話を聞いて「廃墟街」「ゴブリン」「抜け道」という気になる単語を耳にすると、片方の冒険者の様子を伺い、今日は宿屋の主人に帰るのが遅くなることを伝える事を決めた――





――事前に今日の昼食と夕食はいらない事と、とある「頼みごと」を宿側に告げたレイナは食堂で見かけた冒険者の観察し、彼が外へ抜け出すのを見計らうと自分も尾行を行う。


勿論、レイナは尾行の経験がないので途中で気付かれてしまう恐れもあるが、こんな時のためにレイナは覚えていた「隠密」と「気配遮断」を発動する。


冒険者は特にレイナの存在に気付いた様子はなく、それどころ街道を移動する人間たちさえもレイナの存在を認識できない。尾行や偵察などでは最も役立つ技能を利用してレイナは冒険者の尾行し、王都から抜け出す方法を探す。



「へへへ……よし、誰もいないな」



冒険者の男性は人気のない路地裏に移動すると、周囲の様子を確認してとある建物の中に入り込む。レイナが確認した限りでは誰も住んでいない廃墟らしく、こんな場所に入ってどうするつもりなのかとレイナは不思議に思いながらも後を追う。


念のためにここからは「無音歩行」の技能も発動させてレイナは建物の中に入ると、どうやら元々は酒場として経営されていた店らしく、レイナが入って来たのは裏口のようだった。先に入った男性は地下に繋がる階段を移動し、恐らくは倉庫と思われる扉を開く。



「今日は先客はいないようだな……よっと!!」



男性は倉庫の壁際の棚を動かすと、更に地下に繋がる梯子が存在し、梯子を下りて姿を消す。レイナは男性が十分に離れたと判断すると、自分も梯子を下りる。



(ここは……下水道か?けど、臭いはしないな)



梯子を下りた先には水が流れる地下通路である事に気付き、最初は下水道かとレイナは思ったが臭いは感じない。灯りがないので暗闇に覆われた空間を確認してレイナは「暗視」の技能を発動させた。これで周囲の状況を把握する事に成功し、先に降りた男性の足跡も発見する。


地下通路は1本道なので道に迷う心配はなく、しばらく歩くとランタンを使用して進んでいる男性の姿を確認する。レイナは気付かれないように一定の距離を保って移動を行う。


やがて地下通路に降りてから30分ほど経過すると、ついに男性は地上に繋がると思われる梯子の場所まで辿り着き、そのまま上へ向かう。その様子を見送った後、レイナも梯子の元へ赴くと、上の方で外の光らしき物を確認する。



(なるほど……これが抜け道か。しかも王都の外に出るだけじゃなくて、ここが目的地みたいだな)



梯子を登り終えたレイナは地上の様子を伺うと、随分と老朽化が進んだ大きな建物の中に出た事に気付き、どうやら元々は孤児院のような施設の建物に出たらしい。


窓の外の様子を伺うと、廃墟で構成された街並みを確認してこの場所が冒険者が告げた「廃墟街」と呼ばれる場所だと知る。



「かなり長く歩くとはおもったけど、まさか目的地まで続いていたなんて……あ、ここからだと王都が見えるのか。という事はそんなに離れた場所じゃないんだな」



遠目には王都らしき都市の光景が確認出来るため、レイナは廃墟街と王都がそれほど離れていない場所に存在する事を確認すると、建物を抜け出す。先ほどまで尾行していた男性冒険者の姿は見当たらず、どうやら既に行動を開始したらしい。



「さてと……こっちも準備をしないとな」



遂に自分が魔物が生息する地域にやって来た事をレイナは自覚すると、まずは装備を用意するために持参してきたカバンから袋を取り出す。



「うわ、美味しそう……けど、仕方ないよな」



袋の中身は宿屋の従業員に頼んでレイナは事前に「サンドイッチ」が入っており、昼食の代わりに弁当を作って欲しいと頼んて置いた代物だった。


但し、このサンドイッチを持参した本当の理由は空腹を満たすためではなく、とある武器の材料として利用するためである。



(これを作り出せばもう今日は文字変換の能力は使えない……よし、行くぞ!!)



覚悟を決めてレイナは文字変換の能力を発動させ、解析を利用して表示させたサンドイッチの詳細画面に指をなぞらえ、別の名前へと変換させる。


次の瞬間、レイナの手元に乗っていたサンドイッチが光り輝き、やがて本来ならば世界に一つだけしか存在しないと言われる「三本目の聖剣」が誕生した。



「……武器として使うのは初めてだな」



レイナは自分の手元に存在する「フラガラッハ」を見つめ、全ての準備を整えると建物を離れて街道を移動する。

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