第34話 通さんが同居することに
いよいよ今日通さんがここへ引っ越してくる。
昨夜、急に掃除や荷物の整理を始めたが、スペースを作るために、自分の荷物を段ボールに入れ積みあげることになってしまった。これは徐々に整理して減らさなければならないだろう。しかし、もう一人分の着替えが入るスペースは出来上がった。個室が一つしかないので、寝る時はどちらかがリビングルームで眠らなければならない。そのためのスペースもしっかり空けた。
その日は出来るだけ早く家に帰り、再び部屋の中をチェックした。それから、スーパーへ買い物に走り、冷蔵庫に食べ物をストックした。食パンやバター、ジャムなどを補充し、調味料の種類も増やした。夕食用の食材を買ったり、タオルも新しいものを用意した。新生活のために準備しようと思えば、やらなければならないことが山ほどあるように思えた。
今日は歓迎会をやろうと思い、買い物の後はハンバーグを焼いたりサラダを用意したり休む暇がなかった。
「ふう、これで用意は整った」
時計の針は七時を指していた。今の会社では私は五時半ごろには退社できるし、通さんも残業が無ければ六時ごろには帰れるはずだ。そろそろこちらへ向かっている頃かもしれない。
ソファへ座りようやく一休みしうとうとしかけていた時、チャイムが鳴った。
「荷物を持ってきた。とりあえず今日はこれだけですが、これだけあれば暫く取りに戻らなくても足りるでしょう。もっとも、足りないものがあればすぐに取りに行けるから心配はいらないけど」
「わあ、結構沢山持ってきましたね。こちらへ置いてください。スペースを開けておきました」
私は紙袋に入った荷物を一つ受け取り、クロゼットの前まで運んだ。
「着ないものを整理しただけなので、ご心配なく。半分までは開いてないけど、このぐらいなら十分入りますよ」
「着替えは、自分の部屋にまだまだあるので、これ以上開けなくていいですよ。これ以上減らしてもらったら、メグリンの荷物が置けなくなっちゃう」
通さんは、スーツケースを開けて、数日分ほどの着替えをクロゼットの中にしまった。スーツケースもクローゼットの中に丁度良く収まった。
「ちょっと旅行に来たぐらいです。新鮮な気持ちだ」
「同じ間取りでも雰囲気が変わるでしょう」
「全然違う。もう一人いるっていうだけで、こんなにも違う」
「通さん、自分のペースでやってください。あまり相手に気を遣いすぎると疲れちゃうから」
「そうですね。メグリンも僕に気を遣わないで。食事は交代に作りましょうか? そうすれば、手間が半分になる」
「通さんは時々残業があるので、残業のない時にお願いします。私は、残業のある時の担当。休日は話し合いで決めましょう」
「そうだね。たまには外食もしたいし。一週間分ぐらいはカレンダーに印をつけておくことにしよう」
「さて、今日は通さんの歓迎会です。ハンバーグを用意しました」
私は、テーブルの上に焼いてラップをかけておいたハンバーグを乗せた。茹でたジャガイモやニンジンを添えてある。別の皿にはにはレタス、アヴォカド、トマト、キュウリなどを盛り合わせたサラダを作っておいた。
「美味しそうだ。それにいい匂いがする」
「仕上げに赤ワインを入れました。甘い香りになりましたよ。シャンパンはありませんが、ワインならあります」
「じゃあ少しにしましょう。酔わない程度に……」
「さあ、グラスに注いで、乾杯しましょう」
「いいですね。では、二人の共同生活に、乾杯!」
「乾杯! よろしくお願いします」
私たちは、ワインを片手に乾杯した。
「二人で生活を始めたことは、社長は御存じないんですよね」
「知らない。まだ香織さんの事があるからとてもいえる状況ではない」
「では、寝る時はしばらく別室の方がいいでしょう」
「そうですね。僕もその方がいいと思っていた。ここはメグリンの部屋ですから、僕がソファかリビングに布団を敷いて寝ますよ」
「それでいいですか。一応布団は用意しました」
「用意がいい」
「昨日急いで買いました」
「すいません。突然の出費で申し訳ない。僕が払います」
「気にしなくていいですよ。そのくらい。何かあった時の予備にしますから」
「折を見て、親父にも言います」
「私の方は両親は離れていますので、とりあえず気にしなくていいです。このアパートの住人も誰が誰のところに来ているかなど気にする人はいませんので、ご安心ください。それより冷めないうちにハンバーグを食べましょう。」
「そうですね。頂きます。う~む。美味しいなあ」
「美味しくできてよかったです。あまりレパートリーがないんですが、これはよく作っているので慣れています」
「又作ってくださいね。美味しい!」
二人ともお腹が空いていたので、食べている間は、あまり話もせずどんどん口に入れては頬張った。食べている姿もかっこいいので、こちらが食べているところを見られるとドキドキしてしまう。
「食べ終わったら順番にお風呂に入りましょう。先にどうぞ」
「はい、僕はシャワーでいいのですぐに出ます。お先に」
通さんは持参したタオルを持って、洗面所へ入った。本当に十分ほどで洗面所から出て来たので、交代で私が風呂に入った。髪の毛を洗いドライヤーで乾かしていると、そこへ入って来て、すっと手を伸ばし自分の化粧品を置いた。
「ちょっと失礼」
「あら」
その時私は下着しかつけていなくて、ものすごく焦ってしまった。しかもかなりの至近距離から、手を伸ばしてきた。ドキドキして、顔も赤くなっている。しかし、そのまま戸を閉めて出て行った。
「ふ~っ」
女性用と男性用の化粧品が並んでいるのは奇妙な気がする。実家で家族みんなで生活していた時以来だ。パジャマを着て洗面所を出ると、通さんもパジャマに着替えすっかり自宅にいるようにリラックスしている。その後は二人で何をしようか、テレビを見るのだろうか、本を読むのだろうか。と考えていると通さんはテレビのスイッチを入れてパチパチと番組を眺めては迷っていた。
「見たい番組があったら、メモしておきましょう。番組を選ぶ権利が片方に集中しないようにしなきゃ」
「あら、民主的ですね」
「こういうことでもめる人もいるみたいですから」
「では、大きめのカレンダーを用意しましょう。食事当番と見たい番組が記入できるように」
「そうしましょう」
私たちの新生活は、快適に生活するためのルールをいくつか決めてから始まった。
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