第46話「イチコ ノックアウト」

 イチコはバスターソードを振りかぶると、女に斬りかかった。

 女は表情一つ変えることなく、その場から飛び退くと、ピタリと塀の壁へと張り付いた。


「それ、どうなってるのよ!? カメレオン女の次はトカゲ女なのっ!?」


「トカゲ違う、サラマンダー」


 女はぽそりと呟くと、その腕から火炎放射器のように炎が放たれる。


「熱っつつ! アタシのプリティな肌が火傷したらどうすんのよっ!!」


 着物に降り注いだ火の粉を払いつつ、文句を垂れる。


「そんなに炎に自信があるなら、勝負してやるわよっ!!」


 卒塔婆スターソードに纏った黒炎をサラマンダー女へと放つと、相手もそれに対応し炎をぶつける。


「な~んてねっ!」


 イチコは炎で視界が閉じられているのをいいことに、バスターソードをそのままポルターガイストで相手へ投げつけた。


 ガキッ!!


 塀の石材に突き刺さる音が、耳を澄ましていたイチコに届く。


「ん~、良い音……じゃ、ないっ!!」


「相手の裏を掻くのは基本。火球ファイヤーボール


 真横からの気配に、イチコは反射的に飛び上がり、なんとか攻撃をかわす。


「ちょっと!! 炎で勝負じゃなかったのっ!? 横から不意打ちなんて卑怯じゃない! まったくこれだから巨乳はっ!!」


 自分のことは棚上げし、プリプリと怒るイチコの事を理解できないという表情で見つめるサラマンダー女。


「敵の言葉信じないのは普通。そっちもそうした。こっちもそうした。2人、全員したなら、それが普通では?」


「…………確かにそうね。なら、今のは恨みっこなしってこと――」


 そう口にしている間にもイチコに火球が襲い掛かる。


「って、おいっ!! アタシが喋っているのに攻撃するってどういうことよ! ふんっ! やっぱり巨乳とは分かり合えないわね!!」


 そんな無駄なやりとりをしていると、


「ガウッ! ガウッガウッ!」


 リコリスが突如吠え始める。


「この合図はっ! ヤバイ、もうすぐロメロ様が来ちゃうのね!! ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ……。他の敵ならいざ知らず、こんな巨乳の相手を見たら、ロメロ様だって……、イヤ、イヤよ!」


 過去のトラウマがフラッシュバックし、イチコは頭を抱え、苦しみ始める。


「もう、暗い井戸も婚約者を盗られるのもイヤ……」


「ん? 急に、隙だらけ」


 イチコに向かって放たれた炎は、容易にイチコの体を燃やし始めた。


「ダメよ。ダメダメ。絶対に、この女と、ロメロ様を合わせちゃいけないわ。そうよ。さっさと殺さなくちゃ」


 炎の中、ギロリとイチコの血走った目がサラマンダー女を捉える。


 そして、燃えた体のまま、女へとゆっくりと近づく。


「痛いのも、辛いのも我慢できるわ。でも、大切なものを奪われるのだけは我慢できないの」


 ゾクッ!!


 得も言えぬ恐怖に駆り立たされ、女は壁へと飛び移りイチコから距離を取る。


「逃がさない……」


 手をかざすと、ポルターガイストにより、壁の一面がごっそりと剥がれ、サラマンダー女ごとイチコの前へと移動する。


「約束どおり、その無駄な脂肪ごと燃やしてあげる」


「や、やめ……」


 火だるまのイチコはそのまま相手へ抱き着く。


「くっ、ううっ!」


 炎の中、なんとか耐える女を、虚ろな瞳で見つめていると、


「火力がまだ、弱いのかしら、全然無くならないわね」


 すると、バスターソードから黒炎が降り注ぎ、火の勢いが増す。


「ああっ、ああああああっ!!」


 断末魔の悲鳴をあげ、サラマンダー女は黒焦げになり、絶命した。

 女の命と呼応するように魔道具の指輪も砕け、塵へと変わり、風に飛ばされていった。


「ふっ、ふふっ。やった。やったーーっ!! はははっ! これで邪魔者は消えたわ! 間に合った。間に合ったわっ!!」


 天を仰ぎ、笑い声を響かせるイチコもその身はボロボロに焼け焦げており、顔にも憔悴の色が浮かぶ。

 まるで、壊れたラジオのように、「はははっ」と弱々しい笑い声が繰り返し響く。


 レイスにも関わらず、ぐらっとバランスを崩し、そのまま地面へ落ちそうになると、ふっと何かに支えられる。


「……リコリス? ……ありが、とう」


 その場で自分を支えてくれるのはリコリスしかいなかった為、とっさにそう判断したのだったが。


「あっ、すみません。リコリスじゃなくて」


 そこには気まずそうに苦笑いを浮かべるロメロの姿があった。


「へっ!? ろろろろろろろろろろろろろろろろ、ロメロ様っ!!」


「すみません。こんなにボロボロになってまで……」


 周囲を見回し、黒焦げの死体と無傷で横たわる女性を見つける。


「2人も倒してくれたんですね。あとは、僕たちが倒しますから、イチコさんはここで休んでいてください」


 ロメロは自身のローブを地面へと敷くと、そこにイチコを横たわらせると、乱れたイチコの髪を直しながら、ほほ笑みをたたえる。


「えっえっえっえっえっ!! ど、どうしよう、アタシ……、もうダメかも」


 ローブの下から現れた中世貴族のタキシードのような黒衣、そしてまるで王子様のような笑顔の中に見える復讐の炎!! 

 完全にロメロにノックアウトされたイチコは幸せな表情を見せながら、気を失った。


「くっ! よくもイチコさんを!!」


 最初から最後まで決め手は自分であったことなどつゆ知らず、ロメロは邸宅の中へと侵入している賊を追いかけた。

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