悪霊令嬢、異世界に追放される。

タカナシ

第1章 レイスのイチコ

第1話「悪霊令嬢」

「悪霊退散ッ!!」


 袈裟を着た僧侶の男の気合の雄たけびで、唯一の明かりである裸電球が揺れる。


「その程度でアタシを成仏させようなんざ、100年早いわよっ!!」


 男の目の前には宙に漂う女性の姿があった。

 その女性は顔を隠すような長い黒髪に、凹凸なくガリガリにやせ細った体躯、それを隠す衣服は現代ではあまり見ない黒ストライプの銘仙めいせん着物なのだが、ボロボロで見すぼらしい。


 100年前、親が決めた婚約者によって非業の死を遂げ、悪霊となった女性、『イチコ』は以来、その死んだときのままの出で立ちをして、婚約者の家へ出るようになった。

 彼女は家主が変わっても居なくなることなく、家が建て直されようとも変わらず悪霊として居続けた。

 次第に力を増していったイチコは、家の者だけでなく周囲の人間をも呪い、優に180人を超える被害者を出していた。


 十数人目かになる悪霊払いが、いま、イチコと相まみえていた。

 イチコがキッっと力を加えると見えない壁に弾かれたように男は後方へと吹き飛ばされた。


「くっ、やはり、あれを出すしかないか……」


 男は長細い包みを持ち出すとその封を説いた。

 中には数珠じゅずが巻かれた一振りの刀。


「えっと……、なに、その禍々しい刀は。もしかしてだけど、もしかする?」


「ふんっ、悪霊にはこの刀が禍々しく見えるのか。我には清らかさしか感じないがな」


 僧侶が鞘から刀身を開放すると、悪霊イチコの予想は確信へと変わる。


「あんた、そんなのまで持ち出したのっ!?」


「天下五剣の1つ。破邪顕正はじゃけんしょうの太刀、数珠丸。いかに180人を呪い殺した貴様とて、この刀の前ではどうしようもなかろう! 南無三ッ!!」


 僧侶の一撃は、イチコの体をいともたやすく切り裂き、その傷口からイチコの体は光に包まれた。


「くっそぉ、アタシが何をしたっていうのよ。ちょっとこの周辺にいるリア充の男とか巨乳の女たちを軒並み呪い殺したり、あんたみたいに払いにきた奴らを返り討ちにしたくらいじゃない」


「何を最後に言うかと思えば、それだけやっていれば清々しい程、悪霊だろっ! 死者が生者の邪魔をすることは世の理に反する。大人しく成仏するんだな」


 僧侶の男は、ダメ押しとばかりにもう一撃見舞った。


「よ、よくも……、あんた地獄に落ちるわよ」


「それは、お前だ」


 こうして、イチコは強制的に成仏させられた。





「……あれ? ここは?」


 てっきり死後の裁判を受けるべく、三途の河原にでもいくのだと思っていたイチコだったが、そこは川辺ですらなく、それどころか天国とも地獄ともつかない、ただただ真っ白なだけの空間だった。


「よく来たな、と言いたいところだが」


 イチコのはるか頭上にて声が響く。

 思わずその方向を見ると、そこには牛久大仏そのものの姿をした神が見下ろす。


「大仏さまがいらっしゃるということは、アタシ、本当に成仏したのですね。ですが、ここはいったい?」


「本来人間は死ぬと天国か地獄か、また地獄ならどの刑に処されるか決まるのだが、イチコよ。お主は、生前の行いは品行方正そのもの、しかし、死後が酷すぎる。さらに死後100年にしてようやくの成仏。正直、この世では処理しきれぬのじゃ」


「えっ、ということは、もしかして、再び現世に戻れる感じですか?」


 目を輝かせて尋ねるが、その問いに神は首を横に振る。


「流石に悪霊を再び元に戻すのは神の沽券こけんに関わる。よって、お主はこの世界ではない異世界に追放させてもらう!」


「それって、まさか、近年流行りの異世界転生ってヤツですねっ!!」


「なぜ、100年前の人間のお主が知っておるのじゃ!?」


「あっ! アタシが憑いてた家はテレビが見れるんですけど、ほらアタシって悪霊で夜行性じゃないですか! いつ頃からか、夜中に面白いアニメが急に劇的に多くやり始めて、中でも異世界転生物が多いんですよね!!」


「なるほど、どうでもいいが、事情は分かった。では、イチコよ。お主をこの世界から追放させてもらうぞっ!!」


「あっ、ちょっと待ってください。アタシにも、ちーと能力とかって」


「自分を知れ! そんなオイシイ話がある訳ないじゃろっ!!」


 大仏姿の神が手をかざすと、イチコはその場から消え去った。



     『イチコは異世界に――――として追放されました』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る