第3話 エレウシスの秘儀 後日談 スクラヴォス・ガウラス
エレウシスの秘儀というレネゲイド災害事件から数日が過ぎた
怪我も、体内の対抗種のレネゲイドが漸く落ち着きMM地区を離れることになった。
MM地区の街中を歩くその足取りは目的を果たす前よりも幾分か軽く感じられる。
すれ違う人々も数日前に起こった事件については既に記憶処理を施され、
そこにはいつものような幸福そうな表情、
心配そうに友に声をかける少年、今度の食卓のメニューを悩む主婦、といった日常が溢れている。
これらは、MM地区支部に集まった UGN達、そして何より共に戦った者達で護り抜いた日常だ。
不平等なる世界を是正する、兄の思想に共感し仲間と共に世界を巡り、傭兵として時には遺跡のある街に赴き、時にはマスターレギオンのフリをしてファルスハーツを奇襲した事もあったが、今までそうやってレネゲイドビーイングのアリオンと共に歩んできた道は間違いではなかった、そう確信している。
大きめの書店をそう思考しながら巡っていると、不意に胸ポケットに仕舞った携帯端末が震える。
本棚の陰にスッと入り通路から離れ、確認すると、結月至也(ゆづき とうや)とユークレースというイチャついていたあの2人…… UGNエージェントからのメールだった。
件名は書かれてはいないが、添付ファイルがあるのを見て確認すると……そこには、女装をさせられて赤面して恥辱を受けているMM地区支部長のレネゲイドビーイング、ネルガルのメイド服姿が表示された。
「………見なかった事にしてやるか」
ため息を吐いて端末を操作し、メールを削除する、彼の沽券に関わるものであり、男として同情して、支部長に対し憐憫をせざるを得なかった。
端末を胸ポケットに仕舞い、顔を上げるとチラチラとコチラを見る女性の視線がある、好奇、あるいは情景の意が感じられる、何故それを向けられるのかは理解できないが目的の物を探す事を優先として歩む。
──スクラヴォスは知らない事だが、傍から見れば長身の外国の男性が憂いを帯びたような表情で端末を弄っていれば目を引くのだ───
その場を離れて暫く探していると小さな童話のような表紙には奴隷と王が描かれていた本を見つけた、
これは幼い頃に両親に買ってもらい兄と一緒に何度も読んでいたものだ、今日は必要なモノを幾つか買い、旅の途中でも読める書物を探しに来たのだ。
その本を手に取り昔を懐かしむ、内容としては幼い頃に王が幾つものの災厄、妨害、時には工作による被害に遭いながらも奴隷と共に歩むもので、奴隷は元は忠臣であったが奴隷になり、奴隷でしか出来ないことを果たして王を影から支え護るという物語だ。
兄、ヴァシリオスは王に憧れ、私は王を影から支え隣で歩む奴隷に憧れた。
いわば私にとってもキッカケとなった本だ、日本語で書かれており、内容も版を重ねるにつれ校正されて変わっているところもあるだろうが、問題はない。
その本の他に幾つかの洋書を手に取り購入する、これぐらいなら問題はないと確信した。
書籍とこれから先の旅に必要なモノを入れた鞄を背負い、バイクに乗って数分もすればMM地区で用意されていた部屋とは別の旅に出る前の拠点として利用しているホテルへとたどり着く。
そういえば、とサイレントアサルトと呼ばれたエージェントの大賀輝生とレネゲイドビーイングの少女ベネアの事を思い浮かべる、バイクに乗せて2人乗りで旅に出ればあの者は喜ぶだろうとそこまで考えて、ふ、と口角をあげる。
ずいぶんとあの者達に感化されたものだ──だからこそ、日常は尊いものだ、そう実感した。
ホテルへと着き部屋へと鍵を開けて入れば、私の荷物の中から書物……しょ、も……つ
そこには、見慣れたボロボロになった書物、革製の手記を読んでいる私にそっくりな男……ようやく、救い出す事ができた兄、ヴァシリオス・ガウラスがいた。
こちらが帰って来たのに気付いて、む、と顔をあげて言う
『スクラヴォス、待っている間読ませてもらっていた……ずいぶんと、苦労をかけたようだな』
隠していたはずの手記を読まれているのを見て、ふと、机の方を見れば出す事は無かったはずの手紙も開封済みになっていた。
「……どうやって見つけたんだ、兄さん」
『まて、ひとまず話は聞け』
手記を取り上げようとする動きを見たヴァシリオスはそっと手で静止をする。
ヴァシリオスによると、偶然にも私の荷物がベッドから落ちて中身が飛び出しているのを見て戻そうとしたらヴァシリオス宛の手紙と、ボロボロになった革製の手記がヴァシリオスについて書かれたページの部分が開いており、気になってしまったのだという。
「む、あー、う」
思わずそれがバレた事によるものと、兄への想いが綴られた手記と手紙を読まれたという事実で顔が熱くなり、口元を手で押さえる。
『私宛の手紙があったから読んだが……問題はないだろう?スクラヴォス』
ふ、と口角をあげて優しく微笑む兄の表情は戦場で夢を語った時と同じで、懐旧の念を覚え、それが逆に目の前でそれも本人に読まれているという何かしらの恥ずかしさがあった。
ヴァシリオスはその様子に微笑み手記をパタンと閉じて手紙の上に載せる
『さて、旅に出る為の準備をするという事で購入してくると言っていたが、何かあったか?』
「む、あぁ……携帯食糧も幾つかの書籍を買い込んだが……懐かしいものがあった」
鞄を探り、奴隷と王の本をヴァシリオスへと渡す、ヴァシリオスもまた、それを見てほう、と興味を持ったようだ。
『懐かしいものだ、あの時と全く同じではないが、日本にもあったのか』
「流石に日本語訳だが問題はないだろう?」
『ああ、世界を回るのに言語は学んである』
ヴァシリオスはページをめくり、昔を懐かしむ。
まだ、何も知らなかった幼い子供時代を。
『……スクラヴォス、私はずっとあの頃から王となり導こうと決めたあの日から、お前を救う事が出来なかったら事を、仲間を救えなかった事を悔やんでいた』
「……それは、私もだ兄さん、兄の辛い時に何も出来ず、ジャームにする計画も保護されてから知らされ真実を知って、兄さんがマスターレギオンとなった時も、傍にいて支える事が出来なかったのをずっと後悔し続けていたよ」
ヴァシリオスの対にあるベッドに腰をかける、ギッと体重がかかりスプリングが軋む音がする。
昔を懐かしむように、後悔したあの日を懐かしむ。
ずっとあの日から無我夢中で、兄を救いたい、もう1度兄と共に歩みたいとそう願い続けてそうしてここまで来れた。
その事に一抹の後悔はない
『……思えばあの時から私は後悔し続けてきた、今の私は衝動が落ち着いているだけで、いつまたその衝動のままに行動するかは分からん』
「…………」
静かにその言葉を聞く、それは私にとっても誓いでもあり、私の信念でもあったから
『……不平等なる世界を是正する、またそうなるかもしれん、それでも私について来てくれるか?スクラヴォス』
「ふ……王を影から支え、間違った道を歩むのなら引き戻し、共に歩むのは奴隷の役目だろう?」
その時はまた、何度でも止める、そして何度でも王(ヴァシリオス)を救う奴隷(スクラヴォス)となる。
その意味を込めてもう一度あの時と同じ答えを出す。
この答えに後悔はしていない、私自身の決めた道だ。
ヴァシリオスは本を閉じ、そうか、とどこか嬉しさを滲ませた声色を出す。
私自身の望んだ兄と共に歩む、『救われぬ者達に救いの手を、居場所なき者達に居場所を、不平等なる世界を是正する』、その為なら、後悔はない。
王と奴隷、昔読んだあの本のように───
後日、手記と、手紙がバレた後、ヴァシリオスが新しい手記を買い新たに共有の手記を書く事になった。
兄と共にいるのが嬉しいというのが大きいのか幸福そうな表情をする事が多い。
なお、それを指摘すると照れ隠しとして目を逸らしてはからかわれたりしているようだ。
時折兄の衝動を抑える為に血を飲まれたりしているが
END
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