第276話 その自由は大きな夢になって
――結局私はどうしたいんだろう?
レイナ・レンドーンに転生してからの私は、ただ生き残ることだけを考えていた。今となってはスローライフを望んでいたのが遠い過去のように感じるわ。
薄々と……そう、薄々とだけど、攻略対象のみんなが私の事を想ってくれているのは気がついていた。
はじめは単なる親愛の情だと思って、無邪気にバッドエンドを回避できそうだと喜んでいたけれど流石にわかる。だって私は前世で二十……数歳まで生きた人間。色恋沙汰だってそれなりにあったわ。
でも、いざ好意をストレートに向けられると、嬉しいという感情と共に困惑する自分もいた。
まるでこの世界での恋愛なんて自分とは遠いフィクションの世界だと思っていた――いえ、そう思い込むようにしていた。
それはアリシアに感じる友情かもしれない。それは攻略対象キャラを年下として扱っていたからかもしれない。それはこの世界の出来事を、私は本当の意味で現実として直視していなかったからかもしれない。
けれど違う。これはリアルだ。
紛れもなく私は、レイナ・レンドーンとして好意を向けられている。
悪役令嬢として惨めな人生を歩むはずだったレイナ――私の人生を、私は自分の力で切り開いた。運命を一つずつ乗り越えてきた歩みがそうさせたんだ。
たぶん、誰の手をとっても幸せになれる。それだけみんな素晴らしい男性だ。きっと素敵な未来を築けると思うわ。
あー、私は世界存亡の危機を前に何を悩んでいるのかしら?
でもこればっかりはどうしようもない。世界と恋はイコール同じくらい大切なのよ。これが私の望んだ結果なのなら、私はきっちり答えを出さないといけない――。
☆☆☆☆☆
「こんな辛いばかりの人生なら、産まれてこなければよかった!」
儚げな美女が悲痛にそう叫ぶ。
彼女の人生は不幸の連続だった。産まれた時に実母は死亡、
「そんな事を言わないでおくれ! 君は僕にとってかけがえのない人だ……!」
そんな声をかけるのは男前な若い貴族。
名家出身だけれどいろいろと屈折した男は、女の悲壮な現実を知ったことから目覚め、民の為に
――とまあ、よくあるお話だ。
身分差の恋というものはいつの時代どこの場所でも人気なものね。
これは劇。戦いに疲れた兵士の皆さんには娯楽が必要。ということで有志の方々がこうやって演劇の公演を行っているわ。当然と言うべきか勇ましい戦争物が多いんだけれど、たまにはこういうラブな奴もやっている。
ちなみにリオも出演している。男前な貴族役——の方ではなく、儚げな美女役の方で。なんとヒロイン。知っていても気がつかない演技力。見事なものね。
壇上の二人はあれやこれやと言い合って、そして最後はわかりあう。希望に満ちた顔で抱き合い、ゆっくりと二人の顔が近づいていき――。
万雷の拍手が鳴り響き、幕は下りた。感動のフィナーレというやつね。
「お疲れ様、リオ」
「お! お嬢、来てたのか!」
舞台が終わって私が向かったのは、楽屋として使っている民家の一つ。
リオは先ほど舞台上で見せた儚げな顔とは正反対の笑顔で迎えてくれた。
「当然来るわよ。みんなは……忙しくて来られなかったけれど……」
エイミーは言わずもがな不眠不休の勢いで魔導機の整備。アリシアも新装備である〈リューヌリュミエール〉ユニットの調整。他の皆は自分の部隊だとか事務仕事だとか。
部隊の管理を本国から来たマッチョな隊長さんに丸投げし、もろもろの雑用はクラリスにポイし、事務仕事を手早く終わらせた私しか来られなかった。
「というわけではい差し入れ。どれも絶品だから皆さんで食べて」
「おお! ありがとなお嬢!」
疲れた時には甘い物。疲れていなくても甘い物。というわけで私とアリシア合作のマリトッツォを大量に詰めてある。生クリームの暴力に震えなさいな!
「それにしても素晴らしい劇だったわ。ヒロイン役なのも驚きだったし」
「ありがとね。私も男役をよく貰うんだけど、女役ってのも面白いもんだったよ。うん、ウマい! ウマいよこれ!」
そう言いながら早速私の差し入れを頬張るリオ。あ、ほっぺに生クリームついているわよ。さっきの役のイメージが! イメージがあッ!?
「本当にリオの上達っぷりはすごいと思うわ。あんなに大根だったのに……」
思い返せば数年前、悪役令嬢四天王の一角からアリシアを助け出す時に一芝居うったときは、この娘は恐ろしいまでな大根役者だった。それを考えると今のリオは別人と言ってもおかしくないくらいの演技力の幅だわ。
「あはは。ま、流されて入った演劇部だけれど、私もようやく演劇がなんたるかってのが分かり始めてきたかな……なんてね」
「背が高くて黙っていれば美形だから、先輩に連れられて流されるままに入部したんですっけ?」
「そうそう。最初は戸惑ったけれど、やってみると面白いもんだったよ。それにほら、私はあまり褒めてもらえる様な生き方をしてこなかったから、拍手してもらえるだけで嬉しくてさ」
ポリポリと頬をかいて照れながら、リオはそう語る。
私と出会った頃のリオは、お父さんとは疎遠で、お母さんのことも信じられなくて、もう追放された正妻さんからは邪魔に思われていた。だからリオは屋敷を抜け出して、よく貧民街の子どもたちと遊んでいた。
ミドルトン家のご令嬢だけれど、誰にも顧みられず誰にも褒められない。きっとそれがリオの幼少期だったんだと思う。
「貧民街で遊んだ経験も演劇に活きている気がするし、案外向いてたのかもね」
「リオはやっぱり卒業しても演劇の道を歩むの?」
「うーん、そうだと思うよ。でも政治家もやりたいんだよね」
「政治家……?」
意外な答えが返ってきた。
「うん。お嬢のお父様――レンドーン公爵みたいなね」
「お父様みたいな?」
「ああ、そうだよ。これまた流されて就任したんだけれど、エンゼリアの生徒会会長という職務をやってみて、気づいたことがあったんだ。演劇と政治は似ているってね」
演劇と政治が似ている? どういう意味だろう?
「演劇も政治も、
そうかもしれない。元々お父様はマギキンの設定的にもこの世界での性格的にも、温厚篤実がウリの“王国の金庫番”だった。
けれどルーノウ派閥の反乱やドルドゲルスとの戦い、そして今回の戦争を通して、内務も外務もなんでもこなす政治家として活躍されている。王国が窮地に陥り、必要とされたからお父様は動いた。
「私には貧民街のみんなを助けたいと思う気持ちもある。けれどそれはミドルトン家だけの力じゃ無理だ。もっと大きなうねりを起こさないと。だから私は二つの道を進む。政治と演劇、どっちもやる」
――かっこいい。夢に溢れたリオの姿を見て、そう思った。
……ほっぺに生クリームがついてなければもっとかっこよく思ったかもしれないわ。
「応援するわリオ。すごいのね、私はそんなすごい夢とても……」
「何言ってんだよ。私がそんな夢を自由に抱けるのもお嬢のおかげなのに」
「……え?」
「お嬢と出会ってなければ、私はあのまま父親と分かり合えず、正妻様に放逐されていたかもしれない。どこかで聞いた話だろ? あそこまでじゃないけど、行きつく先は劇で私が演じた役だよ」
そうなのかな。リオは強い女の子だから、私がいなくてもどうにかなったと思うけれど。
「あー、信じてない顔だ!」
「そ、そんなこと……!」
「いい? お嬢は私にとって憧れなんだ。親友であって憧れ。エイミーもそう言うかもね。だからお嬢、あんたにはすごい志がある。自分でわからないのなら、気がついてないだけさ」
私が気づいていないだけで、私の夢ややりたいこと――志は私の中にある。
可能性と言う名の選択肢は、いつも私の心の内に――。
「ウヒヒ。リオ、親友のあなたがそう言うのならそうなのかもね」
「そうだよ親友。あんたは出会った時から私の自慢の友達さ」
デッドエンド回避したい系転生悪役令嬢の私。魔導機に恋する系令嬢ことエイミー。そして貴族なんてクソ食らえ、貧民街で鍛え抜かれた系令嬢のリオ。三者三様——けれどお嬢様っぽくないのが共通点の親友たち。
マギキンの設定から言って、三人の出会いは必然だったのかもしれない。けれど私たちの出会いは運命を超えたもので、その関係はマギキンと大きく異なる。
女の友情は儚いと前世の知ったような口をきく人は言っていたけれど、きっとこの友情は永遠だ。
「あ、そうだ。ひとつ聞きたかったんですけれど」
「なんだいお嬢?」
「キスシーン……ってよくしてるじゃない? あれってリオ的にどうですの?」
さっきの劇のラストもキスで終わった。私の人生で一番見ている他人のキスシーンはリオのものだ。最近色々あった私は、彼女がそれをどう思っているのか気になる。
「どうもなにも……芝居の一部としか」
「恋愛的なキスとは違いますの?」
「うーん……正直な話、私は恋愛的なキスをしたことがない。けれど違うとははっきり言えるね」
まあキスってそれほど特別感ない人もいるものね。挨拶でする国もあれば、彼氏がいてもキスくらいならって子は結構いるわ。キスくらいで彼氏面彼女面なんてピュアな人は今日日いないでしょうしね。
私のキスは……どうなんだろう?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます