第250話 私が私である為の存在証明
足元には池ごと凍り付いたルシアの機体〈ワルキューレスヴェート〉。野次馬も集まり、聞こえてくるワンワン鳴るサイレン。群衆の中には緊急生中継を敢行する公共放送のスタッフも見えるわ。まあ敷地的にお隣ですものね。
明日の福岡ローカルのトップは、劇的サヨナラ勝ちでもしない限りさすがに野球じゃないかしら? 『大濠公園に謎のロボット現る!』――うん、一週間はワイドショーを騒がせる自信はあるわ。とにかく、後はこののままホールドキープしたまま、頃合いを見て《紅蓮火球》で道を開けば――。
「レイナ・レンドーン……!」
「あら? 気がついたのルシア? 大人しくしておきなさいね」
「くっ……!」
☆☆☆☆☆
幼い時から、
だけどそれは
皆が恐れていたのはルーノウの名。皆が崇めていたのはルーノウの血筋。私自身には何もない。カラッポの人間。
全ては十歳の時に始まった。そこから私は全てにおいて、あのレイナ・レンドーンの後塵を拝すことになった。
名誉も、栄光も、そして愛するお方さえ私の元から過ぎ去っていった。だからこそ私はますますルーノウの名にすがりつき、派閥の長たらんと振舞った。本当に必要なのは、偉ぶることではなく実力だというのに――。
結果として、父も友も失って行きついた先はこの地獄のような場所だ。並び立つ天を突くような石の塔。未知の言語を話し、不思議な服を着た異人達。魔力を感じずとも動く馬のない鉄の馬車。
その地獄で、私は乞食のような真似までして生き延びた。何故生き延びた――?
生き延びて勝たねばならなかった。私はレイナ・レンドーンに勝たねばなりませんわ。
それは何故――? ハインリッヒに言われたから?
――いいえ、あの男はきっかけ。もはや関係なくってよ。
それは何故――? お父様の仇?
――いいえ、父は自らの行いで命と名誉を失いましたわ。もはや関係なくってよ。
それは何故――? ブリジットの献身に報いるため?
――いいえ、彼女は私の庇護下であり良い友人でもありましたが、彼女の為にここに立っているのではなくってよ。
ならば何故――?
――そんなのもう決まっていますわ。私の運命の歯車が狂い始めた十歳の時から決まっていたことよ。
私はレイナ・レンドーンに勝ってこそ、初めて私という存在の価値が証明される。その瞬間、私は初めて真にこの世界に生を受けたと言えるのよ。私がルシア・ルーノウたるためには、勝たなくてはいけない。何かを手に入れるためには、力がなくてはならない。そんな原初の闘争のルールすら私は忘れていた。
何をもって貴族たるか? 私は強さをもって貴族たる。戦って、勝って、証明して、私が全てを手に入れるべきだと世界に納得させてみせる。私が私である為の存在証明。そう、それが運命に打ち勝つということですから。
だから――!
☆☆☆☆☆
「レイナ・レンドーン……!」
「だから大人しくしときなさいって! そしたら元の場所に帰らせてあげるわ!」
中々タフよねこの子。何度倒しても立ちふさがる。原作レイナのしつこさね。
「帰る……? フフ、帰ったところで何を得られるというのかしら?」
「……どういうことよ?」
「私は全て失った。家族も、友も、名誉も、権力も、愛する人も! 私がなすべきことは帰ることではないわ。勝つことよ!」
ヤバい。何かわからないけどヤバい。とてつもない魔力の上昇を感じるわ。そしてブクブクと、湯が沸くような音――続いて振動を感じる。
直感的に飛翔した――瞬間、足元が光り輝く。
「レイナ・レンドーン!」
「ぐうっ……!? ルシア!」
一筋の閃光としか言いようがない攻撃が迫る。私は剣を引き抜いて叩きつけるように受けるも、耐え切れず地上に落着する。
「な、なんなのよ……!」
「こっちにくるぞー!」
「落ち着いて! 落ち着いて公園の外に避難してください!」
わーきゃー言って逃げ惑う人たちは、ポリスメーンの皆様に任せたわ。私は上空を見上げる。
黒かった〈ワルキューレ〉系統とは違って、今のルシアの機体は白く光り輝いている。右腕には光の剣、左腕には光の盾を持ち、マルツでの戦いと同じく四対八枚の光の翼が生えたその姿はまるで――。
「ハハッ……。大逆転ってまるで、そっちが良いもんみたいじゃないのよ……」
『ああっと!
自嘲気味につぶやいた私に答えたかのようなラジオの音を下げる。今のルシアの姿はまるで勇者だ。何かの主人公だ。
「御覧なさい――いいえ、今にこの世の全てが知ることになりますわ。このルシア・ルーノウこそが天であると!」
そう……、つまり私こそが悪と。そう言わんばかりの神々しさを、今のルシアからは感じる。
「さあ、お覚悟なさい!」
「――くっ!?」
斬りつけてくるルシアになんとか対応する。今までに比べても段違い。そんな攻撃だ。光の剣は時に槍、時に斧のように形を変えて、こちらの間合いの隙をつく。
「まるでディランの攻撃ね……!」
「自然と似たのでしょう。私は貴女に勝って全てを手に入れる。その想いこそが私の力!」
ああ、もう喋ることまで主人公染みてきたじゃないの。ここは私のホームよ? 普通パワーアップイベントは私じゃなくて?
ルシアの光の剣が迫――いいえ、槍に形を変えた。突いてくる。私は咄嗟に右足を沈ませ、サブアームをソードモードで起動する。
「《炎の刃》よ! ……ぐうっ!」
一本では防ぎきれずにサブアームは粉砕され、衝撃に操縦席がガコガコ揺れる。
『――続きました! 代打のT-
ああっ、もう! 野球はボコボコだしルシアはピカピカだしイライラする!
「どちらが強いかお判りかしら“紅蓮の公爵令嬢”さん? 歴史とは勝者が創るもの。私が勝利した暁には、私は世界を救った英雄。反して貴女は歴史の大悪人。おわかり?」
中途半端なダメージは回復される。大火力魔法を使えば街が巻き込まれるから使えない。そもそも現状スペックは相手の方が上。異世界に増援なんて望めるわけがない。
……あれ、これってわりと詰んでませんこと?
「貴女を倒し、私は全てを手に入れて元の世界へと戻る。フフ、邪魔をした愚か者共は消し去りましょう。反乱に失敗した我が一党を、貴女達が粛清したように。ほうら、善と悪はコインの表裏。私の正義こそが正しき義となりましてよ?」
これまでの
ま、そんな事で悔やむのは、アスレスでアリシアから慰められて辞めたけど。それにしてもペラペラと喋ってムカつくわね――ムカつく……?
――そうだ。私がいまだに立っている理由はムカつくからだ。
ハイリッヒもムカつくから消し飛ばした。あいつなりに理由はあったんだろうけれど、世界の為とか以前にムカつくから私は戦った。愛する世界を傷物にされて、魂の奥底からくる怒りに私は身を任せた。
ルシアだってムカつく。散々私に突っかかってきて、しまいには一族揃って反乱。ドルドゲルスと戦争をすれば敵側で大暴れしちゃうし、またさらわれたと思ったらきっちりバルシアサイドについて大暴れだ。
極めつけは私の故郷で私の目の前で主役面。なんなのあのピカピカ。緊急生中継見た人はルシアの方が善玉と思っちゃうじゃん。
プロ野球選手だって地元の試合で出場したら、チーム問わず拍手があるわよ。誰か『祝! レイナちゃん福岡凱旋!』みたいな横断幕作って来てくれない? 『レイナ・レンドーンさんを励ます会』でも可。
「さあ、私が華々しく世界に
「……さいのよ」
「はあ?」
「うるさいって言ってんのよこのバカ!」
「バ……言うに事を欠いてバカですって!?」
「ああもううっさい。おたんこナスでも何でもいいわよ!」
善? 悪? はん、知ったことじゃないわ。今も昔も私は悪役令嬢レイナ・レンドーン。
「無礼もたいがいに! 私の想いの力で貴女を討って運命に打ち勝つ!」
「はいはいわかりましたー。なら私は怒りの力であんたを討つわ! はい悪役っぽいー」
「な、何を言って……?」
困惑するルシアに応えてやる義理なんて私にはない。だからこれは宣戦布告だ。物語の悪役である私の逆襲だ。
「あんたが正義ムーブ決め込むなら私が悪役やってやるって言ってんのよ! かかってきなさいルシア! あんたの夢とか幸せの幻想をこの私がバキバキにへし折ってやるわ。イッツアホームゲーム!」
『さあ後がない九回裏。三点差を追いかけるスマートバルクの攻撃です!』
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