第251話 魂の逆転サヨナラ満塁ホームラン

「《炎の刃》! とりゃあああっ!!!」

「そんな見え透いた攻撃!」


 残ったサブアームをソードモードで展開して勢いのままに突進。けれどその蛮勇は成果を得ることなく、あるいは光の盾で防がれ、あるいは光の剣で叩き折られた。


「見え透いてんのはそっちよバーカ! 《火球》ゼロ距離!」

「なんですって――ぐっ!?」


 だ。密接するほどまで接近した私は、《火球》の魔法で自分もろともルシアを吹き飛ばす。周囲に被害は出ないように、けれど〈ワルキューレ〉の前面装甲を破るには十分な攻撃だ。


「な、なんて野蛮な……!」


 操縦席を守る装甲が脱落し、あらわになったルシアの黒髪が風に揺れる。回復魔法を使えるようになったからか知らないけれど、その黒髪は〈カオスシメーレ〉から引っ張り出した精気を失った様なそれとは違い、以前の艶やかさを取り戻している。


「はあ、はあ、はあ……、お上品に戦争なんてできると思わない事ね!」

「ふん、俗人らしい考え方ですわ。しかし手を尽くすという意味ではもっとも。《治癒の光》よ!」


 ルシアが魔法を唱えると、パーッと今は白い〈ワルキューレ〉が輝いて、吹き飛ばしたはずの前面装甲がにょきにょきと奇妙にうごめき再生した。というか


 あーはいはい、操縦席回りは生体パーツじゃないと読んでの攻撃だったけれど外れってわけか。博打みたいなものでしたし、外れるとこちらの手札はもう残り少ない。


 それにしても、ルシアは既に相当量の魔力を消費しているはずよね? ここにきて回復魔法を唱える余裕があるなんて、私が言うのもなんですけれど、どんだけ魔力量ブーストされているのよ!?


「隙だらけでしてよ!」


 うだうだ考えていたらルシアが突っ込んでくる。接近してくる〈ワルキューレ〉の光の剣は――今はお得意のハルバードの形状だ。


「《火竜豪炎》! きらめけ〈フレイムピアースドラゴンフレイム〉!」


 右からスイングされるハルバードを、超級魔法をまとった剣で受け止める。なんとか。なんとかルシアの攻撃に耐えている――今は。打開策を見出さないとまずいわ。


『ああーっと、これでツーアウト。九回の裏、三点差。スマートバルク万事休すか!?』


 ……なんか野球もヤバいし。あの謎の男の言葉に対する私の予想って合っているわよね?


 そもそもこの戦い、最初から私の手札は限られている。


 私の本来の得意戦術――と言っていいかわからないけれど――は、自慢の魔力量を活かした大規模火力魔法の連打だ。それがこの市街地では使えない。前世のと注意書きがつくけれど、故郷の街ごと大暴れなんて決め込むつもりはない。


「さしもの“紅蓮の公爵令嬢”も終わりですわね! 光り輝くところを生きてきた貴女にはわからない屈辱を味合わせてあげますわ。それも、とびきり最上級のね」


 ルシアは勝った気かそんなことを口走る。そんな安っぽい挑発、いつもの私なら何も思わない――はずだった。けれど私は心の奥底から、マグマみたいなドロッと灼熱の感情が湧き出るのを感じる。


「……ムカつくわね。ムカつくわ。なんなのよあんた!」

「あら? 私を『恨みや復讐心に囚われた暗い女』扱いした貴女がそう仰る?」

「はあ? 前は前、今は今よ!」

「まったく、ワガママですわね……!」

「ワガママで結構。どうせ私は悪役令嬢なのよ!」

「また意味の分からない事を!」


 次は槍――いえ両腕に光の剣。もう避けきれない。私は残ったサブアームを身代わりに凌ぎきる。


「意味がわからないのはあんたよルシア! バルシアに味方? ハア!? なんなの? 逆張りクイーンなの? しかも私の地元でパワーアップ? ハア!? おかしくない? ここは私がカッコよく覚醒するパターンじゃないの!? ロボ物詳しくないけれど、さすがにそこはするはずよ!」

「くっ! 魔力は私が勝っているのに押されている……!? なんなんですのこの力は!」


 剣術も何もない。私は沸き立つ怒りのままにルシアを攻撃する。怒りとか憎しみとかそういう暗い感情が集まって私を強くする。


「『光輝くところを生きてきた』? ハア!? あんたに何がわかるのよ! トータルで見て私の人生暗いところが多いわよアホ! 《禿上司からのセクハラの恨みパンチ》!」

「なっ!?」

『フォアボールです! これでツーアウトランナー一塁!』


 セクハラパワハラの禿上司。私を酷使したあの会社はネットで調べたところ、私の過労死訴訟と新型ウイルスのダブルパンチで倒産したとあった。当時の社長は失踪。黒い方たちとつながりがあり、ネットの噂だとその関係で消されたとも強制労働に送られたとも。


 禿上司は再就職後、電車内で痴漢して捕まっていた。一家は離散。いろいろな借金漬けで露頭を彷徨っているらしい。


 そんな感じでいわゆる”ざまぁ系”な末路だったんだけれど、ハラスメントを受けた私の心の傷は癒えない。その灼熱の怒りを拳に注ぎ込む。


「『野菜マシマシ』? ハア!? 何がなんとか系だ。麺の上に肉がある、それで十分よ。《それラーメンじゃなくてもはやちゃんぽんでしょうがキック》!」

「さっきから何を言って――くうっ!?」

神林かみばやし初球打ち! 土壇場に追い込まれたスマートバルク、チャンスを作ります!』


 上京してショックを受けた。ラーメンが一杯千円くらいして、女性客がレアな事に。そこでお出しされた、私基準ラーメンじゃなくてちゃんぽんの怒りを蹴りに注ぎ込む。


「『博多出張』? ハア!? 福岡と博多は違う街じゃクソボケェ! 『私は福岡出身であって博多出身じゃないと言っているでしょうが投げ』!」

「反撃できない!? この私が……!」

『続く三番グラスワルも初球打ちで続きました。ツーアウト満塁! ホームランが出れば一挙にサヨナラです!』


 元来博多と福岡は別の街だ。いろいろあって今では福岡市博多区。“福博ふくはくの街”という気を使った言い方があるくらいには別の街だ。上京して以降「博多から来たの?」と言われた怒りに任せて投げる。


「『プレーオフ』? ハア!? そのガバガバルール開催する前に気がつきなさい! 04、05の優勝を返せえええッ!!!」

『さあ、ここでバッターボックスには四番柳谷やなぎやです!』


 もはや私の怒りは頂点だ。幼き日の悪夢すらも怒りに変えて力の糧とする。ただし制度が改善したクライマックスシリーズは許す。


「な、なんなの……!? ヒィ! 〈ブレイズホーク〉が大きく……!」


 はあ? 寝言は寝て言ってほしいわねルシア。機械がそんなポンポン大きくなるわけないじゃないの。


 ……でも、感じるわ。私を覆う圧倒的な負の感情。憎しみ、妬み、そして怒り。悪役令嬢にとってこの上なくお似合いの感情が、今の私には渦巻いている。間違いない。頭に来ているのは間違いない。


『ピッチャー投げた! おっと! 柳谷も初球打ち! 打球はグングン伸びて、入るか? 入るか? は入ってしまうのかアアアッ!?』


 ――そろそろだ。


 謎の男のメッセージカード、『天に花が咲く頃、望みの道は開かれる』。“天に咲く花”は間違いなく花火の事だ。けれど今は春先。花火の時期とは言えないわ。


『入ればサヨナラ! 入ればサヨナラ! スタンドは総立ち! そのスタンドに――突き刺さった! 入りました! 四番柳谷、逆転サヨナラ満塁ホームラン! 今ゆっくりとダイヤモンドを一周して……ホームイン! なんという劇的な幕切れ! この土壇場で、見事四番の一振りが試合を終わらせました!』


 じゃああの男のメッセージは、花火の季節まで待てという事かしら?


 いいえ、違う。この福岡には、三月から十月まで景気よく毎晩のように花火をやっているところがある。


 ――


 ドームでは、ホームチームが勝つと勝利を祝って花火が上げられる。だから私はラジオを操縦席に置いていた。天に花が咲く頃を見極めるために。


 ――準備は整った。


「《紅蓮火球》!」

「空に穴が!?」


 時間と場所が合えば望みの場所に行けるのは、が実証済み。あとは気合でなんとかなるのは、が証明済み。


「《風よ吹きすさべ》! 《氷結》!」


 烈風が轟き、動揺して回避しそこなったルシアの〈ワルキューレスヴェート〉を、上空へと巻き上げる。対応できなかったルシアに追撃で魔法を放ち、動きを封じる。


『さあ勝利の花火です!』

「さあルシア、私たちもサヨナラの時間よ! 《光の加護》よ!」


 私は鞘がついたままの剣を持つ。そしてその鞘に強化魔法。物にかければ筋肉痛にはならない。無防備に落下してくるルシアの機体。私は剣を両手で構えて一心に振りぬく!


「次元の果てまでかっ飛ばすわよ、《レイナホームラン》! 福岡県民をッ! なめんなあああッ!!!」

「ぐふっ!? おのれっ、レイナ・レンドーン! 私は――」


 何か言っているけれど最後まで聞かないし用はない。ルシアの〈ワルキューレスヴェート〉はグングン飛んで《紅蓮火球》で開けた次元の狭間にイン。見事なホームラン。やったね!


「あー、すっきりした! 心の中のダークな感情も綺麗さっぱり。さてと、私も帰りましょうか!」


 帰る。そう帰るんだ。今の私が帰るべきは。ここではないわ。ワンワンと鳴る真っ赤なサイレンは、私が異物であると明白に告げている。


「さようなら、福岡。さようなら、私の故郷ふるさと……」


 ゆっくりと上昇するにつれ、眼下の灯りが遠くなっていく。思い出は沢山ある。それは私の胸の中にあればそれでいいわ。


 皆が私を呼んでいる。戦いが私を呼んでいる。“紅蓮の公爵令嬢”として生きる決意を新たにして、私は次元の狭間へと飛び込んだ。

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