第238話 お嬢様は泣かした
こんにちレイナ~! どうもレイナ・レンドーンです! えー今回は、水の女神エリア様を呼び出していこうと思いまーす! 水の女神と言ってもね、お水なお仕事とは関係ないそうです! はい、というわけで早速材料の方ご紹介しまーす!
……とかいう
「へー、本当にありやがった。すごいな!」
と、感心しているのはルーク。ここはトラウト公爵領の外れの山中。そこに放棄されてどのくらいか忘れ去られたほどの時が経った、水の女神を祀る聖域があった。
「で、ここで神様と話すのか?」
「そうよルーク。悪いけれどクラリス達とお外で待っていてくれるかしら?」
「はいはい了解。ここの調査は後でさせてもらうぜ!」
苔むして朽ちた神殿の中心に透き通った泉がある。いかにも水の女神様って感じだ。それにしても、一番近い顕現に必要な適応地がトラウト公爵領とはね。
魔法の得意属性に血縁は関係ない。重要なのは個人の魂と神様の結びつきだ。けれど、トラウト家は代々水属性の氷魔法を得意とすることが多い。昔からここらを領地としているわけですし、もしかしたら水の女神様と縁がある一族なのかもね?
「よいしょと。準備をしましょうか」
私はカバンから、愛著のサティナ・ウルシェラ著「神との対話、その崇拝」を取り出す。そう言えばこの本もこの世に非ざる知識が書かれているのよね。区分的には本来は禁書に指定されるものじゃないかしら?
以前調べたように、そもそもサティナ氏という女性が謎の存在だ。他の本を執筆していなければ、どこかで言及されていることもない。本に記されていることを鵜吞みにすれば、シスターをしていてルミナス大陸とかいう所を仲間と冒険したらしいけれど、そんな大陸この世界には存在しないことを今では知っている。――まあそんなこと今はどうでもいい。重要なのは、この本に書かれている知識が真実であるということだ。
「えーっと、水の女神様の場合は珍しい形の石と」
なんでこんな物を供物に要求するかは知らないけれど、途中で拾ってきた。丸まった猫に似た、実に珍しい石と言える代物だ。後は清らかな水を汲んだ桶を置いて準備完了だ。
「おとぼけ女神、上手くやりなさいよ! 私の願いを聞き入れて、現れよ女神エリア!」
瞬間、川のせせらぎが聞こえたような気がした。そして天井から神聖さを感じる光が降り注ぐ。
『汝の願い、聞き届けました。私の名はエリア。水の女神エリアで――あれ? ここは私の管理する世界ではないような……?』
そう言って困惑しているのは、水色の羽衣をその身にまとった美しい女性。ウェーブした青い髪はキラキラと輝いていて、よく見ると綺麗な貝殻がついている。頭の上にはティアラ、青く透き通るような目は少しタレ目だ――そんな感じの、おとぼけ女神とは比べるまでもなく女神感あふれる女神。
『それはねエリア、貴女に質問をするためよお~』
少し間をおいて、おとぼけ女神こと風の女神シュルツ降臨。こちらは相も変わらず、光が降り注いで現れなかったら女神じゃなくてパリピと間違う見た目だ。なんなのこの落差。
『ど、どういうことですか!? 他の方達に許可はとったんですか!?』
目に見えてうろたえる水の女神エリア。後ろめたいことがあるのか、はたまた単に小心者なのかしら。私が授業で習ったところによると、女神エリアは心優しい性格なのだそうだ。それが本当どうかは今から分かる。
『火の女神フリトは、そこのレイナが良い闘いを見せてくれるから許可をくれたわ~』
ありがとう火の女神様! じゃんじゃん《火球》を使わせてもらっています! でも戦闘しているのは不本意です! ストップザウォー!
『闇の女神ルノワは、なんか面白そうだからと許可をくれたわ~』
本には気のいい性格って書いてあったしね。理由は適当だけどよーし!
『光の女神ルミナは、ギャーギャー喚いていたけれど、貸し一つということで力を貸してくれたわ~。ムカつくけどね』
私の中のTHE女神なルミナ様像が崩れていく……。そう言えば女神ルノワと女神ルミナは姉妹神なんですっけ?
『地の女神ティタはキチガイだから連絡してな~い』
あ、そうですか。私の知識の大人しい女神ティタ像は木っ端みじんのミジンコちゃんですか。本当にありがとうございました。
『当事者のあんたを除いて賛成四人、キチガイ一人。これで理由は十分でしょ~?』
『うえっ、うえええん、そうですけどぉ!? なになに、なんでですかあ!?』
あ、泣いちゃった。青い髪がきらめく女神エリア様は、そのタレ目から大粒の涙をボロボロと流しながら叫び出した。抱いているであろう感情は混乱。完全にガラの悪い女に真面目ちゃんが詰められている様子だ。
『……この子すぐ泣くのよ~。だから私も違うと思うんだけどねえ~』
あ、そうですか。なら単刀直入に聞きましょうか。
「水の女神エリア様、貴女に一つお聞きしたいことがあります」
『な、なんですか……ぐすっ、人の子よ……?』
人間である私の手前、涙ながらに女神言葉を取り繕う水の女神エリア。いや、今更取り繕われても……。
「貴女はこの世界の何者かを唆すなどして、私――レイナ・レンドーンの命を狙ったり、よからぬ策謀を企てさせたりしましたか?」
『ええ!? そんなこと私していませんし、知りません!』
「本当に?」
『ほ、本当ですよ! だからそんなに睨まないでください、うえ……うええん。ぐすっ……だいたいここはシュルツの管理世界じゃないですか! 私そんな掟破りなんて……ううっ、うえ……、しませんよ! うわわーん』
あら、また泣いちゃった。めちゃ号泣すんじゃんこの女神。なんか私が悪者みたいじゃないの。
『あんた顔が怖いからあ~。泣ーかした、泣ーかした、せーんせーいに言っちゃあろー』
「確かに顔は悪役令嬢フェイスで怖いけれど……、というか小学生!? 先生誰よ!?」
でもこの感じ、この水の女神エリア様は――。
『で、どう判断したのぉ~?』
「――シロね。こんなにすぐ泣いて、この私を追い詰めていたら驚きだわ」
『つまり何者かがエリアの名を騙って、良からぬことをしているってわけねえ~?』
「そうなるわね。厄介だわ……」
見えない敵の正体はいざ知れず。どこかにいるはずの異世界転生者or転移者。そして女神の名を騙る何者かの存在……。
「ところでエリア様は大丈夫なの?」
『普段はもっとニコニコ笑顔で業務に真面目に取り組んでいるのよお~? ただ怒られたりイレギュラーが起きたりに弱いだけでえ~。あーはいはい、怖かったわねえ~』
『ぐすっ……ううっ……びえええん!』
おとぼけ女神に頭を撫でられるも、まだまだ泣き止むところしらない女神エリア。
「あーもう、悪かったわよ。はい、供物の珍しい形の石!」
『ううっ……、ぐすっ……。わあ、ありがとうございます!』
「それどうすんの?」
『珍しい石を集めるの好きなんです。こう、撫でていたら癒されるといいますか……』
そう言って泣き止み、実に嬉しそうに私が用意した石を撫でる女神。なんかインドア派の独身女性みたいな趣味ね?
女神たちの事を知れば知るほど不安になる。私たちの世界は、実は砂糖の様に脆く崩れやすいものではないかと。私たちはティーカップという運命の中を、いつ溶け消えるともわからぬ砂糖という名の世界に乗って漂流しているのではないか……? ――はい、SFフェイズ終わり。まあなるようになるし、運命なんて乗り越えればいいだけですわ。
「ところで水の女神エリア様、最後に聞きたいんですけれど!」
『はい、なんですかレイナ・レンドーンさん?』
すっかり泣き止んだエリア様は、実に女神らしい柔和な笑みを浮かべて問い返す。横でおとぼけ女神が『なんでエリアには丁寧口調なのよ!?』とか言っているけれど気にしない。日頃の行いの差だ。
「そこのおとぼけ女神がまじめに仕事をしている部類って本当ですか?」
『おとぼけ……? ああ! シュルツの事なんですね! 本当ですよ! シュルツは真面目で、困ったことがあったらいつも助けてくれるんです!』
「……本当に?」
『ほんとの本当です!』
うわあ、マジかあ……。
『だ~から言ったじゃないのお~、私は仕事している方だって~』
「いや……、余計に世界の行く末が心配になるわよ……」
こうして水の女神への査問会inトラウト公爵領は幕を閉じた。
☆☆☆☆☆
光の女神ルミナ。あいつははっきり言ってクソです。自己中です。自意識過剰です。自分大好きです。なんて言ったって大陸の名前もお金の単位も自分の名前由来にさせるくらいですから。
それに引き換え闇の女神ルノワ様の御美しさと言ったら……! 実に謙虚、実に可愛らしい、実にパーフェクト! まったくもって全人類はルノワ様を崇めるべきだと私は思います! けれど私だけのルノワ様だけでいてほしい、みたいな~! でもこれを読んだ人には(以下、二十七ページにわたって闇の女神ルノワへの賛美の言葉が続いている)
サティナ・ウルシェラ著、「神との対話、その崇拝」より抜粋――。
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