第239話 クールな男の熱い心

 舞踏会に行けば戦闘。アスレスに行けば戦闘だった冬休みは終わった。……そう言えばレンドニアのお祭りで何故か野球もしたし、新年早々学院で何故か肝試しもしたわね。女神との接触も含めたら結構なイベント量だったわこれ……。


 水の女神エリア様への査問会の結果、私は彼女をシロだと判定した。けれど誰かしらブリジットに入れ知恵した、はいるわけだから事態は複雑だ。


 そこで気になるのがバルシアの美魔女皇帝レオーノヴァ陛下だ。彼女は「……私も神の声が聞こえるのよ。いいえ、お会いしたこともある」と、私にはっきりと発言した。その後の騒動もあってタイミングを逃したから詳しくは聞けていないけれど、とても冗談で発言しているとは思えなかったわ。


 けれどバルシアで広く信仰されている水の女神エリア様は、この世界への無断介入を否定した。つまりおとぼけ女神への申請無しに信者との接触はないってことよ。なのでレオーノヴァ陛下の発言は、自分が神様と会ったと勘違いしているスピリチュアル妄想か、はたまた水の神の詐称者と接触したのどちらかになるわ。


 他の神様と接触したというのは、これまた風のおとぼけ女神シュルツの言を信じるのなら無いということになる。彼女曰くそういった形跡は察知していないそうだ。


 つまり美魔女陛下はスピリチュアル妄想陛下か、詐称者に誘導されているブリジットらの一味という二択の存在になるわね。つまりは“あのお方”の濃厚な容疑者だ。


 でもそれだと、この間のアスレスでの事件との辻褄が合わないのよね~。あの戦いでは自分の側近のロマンさんを防衛戦に駆り出すのに協力的だったし、彼女がブリジットとつるんでいるなら行動が矛盾する。それにその側近のロマンさんは、ファンディスクでの追加攻略対象である可能性も高いときてる。


 あー、まったく頭がこんがらがるわ。敵がどこの誰かもわからなければ、私ご自慢の火力も役に立たない。あの紺色の魔導鎧――ブリジット曰く〈クロノス〉をブッ飛ばして、“”とかいう奴と神様の詐称者ついでにブルーノを一網打尽にできて、サクッと片づいてしまえばいいのに。


 いったいどんだけ私の平和な生活を脅かしたいわけよと私は問いたい! どこにカスタマーサービスがあるんですか!? ねえおとぼけ女神!?


「――イナ! おい、レイナ!」

「え? あ、ごめんなさいルーク、全然聞いていなかったわ」

「おいおいしっかりしてくれよ。今日は大事な会議なんだぜ……?」


 大事な会議。今日はお料理研究会の新年一発目の会議だ。もはやエンゼリアでもトップを争うことになった我がお料理研究会はできるだけ全員参加した民主的な決定を大事にしたいけれど、船頭多くしてなんとやらも困る。


 というわけで、各学年ごとに代表数名を出して会議を行っている。私たち四人の創設メンバーである四年生は、その会議のオブザーバー的立場だ。会長は卒業までサリアが務めるけれど、次世代の育成も忘れていないわよ?


「ぼーっとしちゃってごめんなさいね皆さん。正月ボケかしらね、オホホ」


 とてもじゃないけれど女神と会った云々言うわけにもいかず、笑ってごまかしておく。オホホ、私のブリリアントな微笑みなら誤魔化せる――はず。女神様すら泣かす悪役令嬢フェイスですけどね。


「えーっと、次回の定期お食事会の話だったわね。今出してくれている意見、どれも良いと思うわ。これから作業量や材料の確保も前提に入れた、実現可能性についてつめていきましょうか」

「「「はい! レンドーン終身名誉会長!」」」


 よしよし。グッドウィン王国の貴族界に、着実にお料理の精神は育ってきているわ。後はその謎に統率のとれた返事ではなくて、もっとフレンドリーに接してくれればいいんですけれど……。


「それじゃあサリア、材料の手配についてのアドバイスを。レンドーン家とトラウト家の名前を使って今のうちに商人とつながりを作っておきましょう。アリシアは難しい工程が含まれているか見てあげて。生徒会や学院への申請は、三年生がするように」

「はいレイナ様!」

「わかりました、お任せください!」



 ☆☆☆☆☆



「ふぅ……」


 会議が終わるとどっと疲れるわ。基本的に運営はサリアや三年生の四人に任せているんだけれど、やっぱり私に全体の指示をしてほしいということで、色々頭を悩ませる必要があるわけだ。まあ去年は大陸に行っちゃってサリアに任せきりだったしね。終身名誉会長とは名ばかりな役職ではないということを示さなくちゃ。


「ほい、お疲れさん」

「ひゃあ!? ル、ルーク!」


 ほっぺに冷たい感触があって声を上げてしまう。振り向くとルークがグラスに入った飲み物を持っていた。


「ほらよ、飲み物」

「ありがとうございます。うん……ごく……冷たくてすごく美味しい!」


 何かフルーツ系のジュースだろうか? ビタミンとかそういうのを感じる、さっぱりとした味わいだ。前世の清涼飲料水に負けてない。そして冷たい!


「ハハッ、選りすぐりのフルーツを一気に冷凍して砕いたものがベースだ。これぞルークスペシャルフルーツジュース!」


 まんまだ。美味しいけれど、名前はまんまだ……。


「あ! なんだその顔! フルーツを冷凍する時、ジュースとして混ぜる時、そして渡す直前の三回にわけて三種類の氷魔法を使ってるんだぞ!? お前には真似できないからな!」

「私どころかどこの誰にも真似できませんわ……。ウヒヒ、相変わらず料理と魔法の事になると一生懸命なんですね。ほんと、クールなキャラはどこに行っちゃったのかしらね、“氷の貴公子”さん?」


 ルークは少し考えるような表情をした後、口を開いた。


「クール……というよりも、“氷の貴公子”とか言われるようになった態度はお前の前ではとっていないからな」


 へー、それってもはや私が幼馴染枠で、男とか女とか考えずに気楽に付き合えるからかしらね? 私とルーク、それにディランを交えた三人には、特にそういった感じの気楽さがあるわ。


「うん、お前は馬鹿だな」

「うえ!? 藪から棒になんなのよアホルーク!?」

「お前の考えていることを当ててやろうか? 『私が幼馴染枠で、男とか女とか考えずに気楽に付き合えるからかしらね?』とかだろう?」

「――!?」


 私の心を読んだ!? ……とかいう茶番を言いたくなるほど一言一句その通りでございます!?


 ――バン!


 と、ルークの左手が私の顔の横に突きつけられた。壁とルークに挟まれる私。いわゆる壁ドンだ。ルークにされるのは初めてよ……!


「ど、どうしたのルーク、今日は何か変じゃないですか……?」

「変……か。なあレイナ、俺がどうしてこんなに一生懸命料理や魔法にうち込んでいるかわかるか……?」


 うわっ、近い近い近い。というかなんで右手は私の手を握って!?


「私に勝つため……って前に言っていましたよね? それと単純に楽しくて好きだからと」

「そうだ。じゃあなんで勝ちたいかわかるか?」

「えっと……単に対抗心……とか?」

「はあ……」


 いや、この至近距離で溜息をつかれると吐息が!? なになんで甘い香り!?


「お前は何もわかっていない。何故俺がお前に勝ちたいか、何故俺があの時ディランへ挑んだか……」


 ディランに挑んだ理由……? それは運命の収束で今頃イベントが起きたからだ。それで確かゲームではアリシアに相応しい男であるために、魔法ではディランに勝ちたいとかで――でもそれはゲームの話で、これは現実のルークで、何もわかっていないって言うことはそれとは違う理由なわけで……!


「おい」

「ひゃい!?」


 ルークの右腕が私の腕から離され、その手が私の顔へと向かう。そして人差し指が私の口に触れた。そのままつーっと唇をなぞられる。


「ルークスペシャルフルーツジュースがついているぞ」

「――!?」


 なんで私はこんなにもクソださいそのまんまな名前にときめいているのかしら。なぜ色気を感じるのか。このレイナ、一生の不覚……!


 いや、そんなこと今はどうでもいいわ! 私は構わず服の袖でごしごしと唇をぬぐう。後でクラリスに怒られるだろうけれど今は非常事態だ。緊急事態宣言だ。だってこのままじゃ、私の今世の初キスの味がふざけた名前のジュースになる。今度はルークの腕が私の顎に回され、クイッと上を向けられる。


「俺は、お前が好きだ」

「……知っています」


 わかっていないと言われたけれど、そんなのとっくに知っている。気がついているのよ、本当は。


『俺はお前にずっと側にいてほしいと思っている』

「俺はお前にずっと側にいてほしいと思っている」

『力を高めあえるパートナーとして、もちろん男女の意味でもだ』

「力を高めあえるパートナーとして、もちろん男女の意味でもだ」


 私は今私を口説いているルークの言葉を知っている。それは本来。マギキンのルークルートでアリシアが言われる言葉だからだ。


『お前はどうなんだ?』

「お前はどうなんだ?」

『私は……』

「私は……」


 はからずとも私は、ゲーム中のアリシアと同じセリフをつぶやいてしまう。クラリス曰くアリシアには好きな人がいるらしい。それはもしかしたらルークかもしれない。立場を奪うとかで悩むのはもうやめたけれど、大切な友人であるアリシアの恋敵にはなりたくない。


『俺はもう我慢できない……』

「俺はもう我慢できない……」


 ゲーム中だとアリシアは恥ずかしさと身分差を考えて答えられないけれど、内心ルークのキスを待っている。そしてルークも、そんなアリシアの心を見透かすようにキスをする。次のセリフの後だ。私は心の中でいろいろと板挟みになり、動けない――。


『一緒に歩んで行こう、アリシア……』

「一緒に歩んで行こう、レイ……いや……」


 いや? キスするのが嫌? そう困惑する私の首に、なにか生暖かい感触があった。


「今はこれだけだ。俺はお前を超えたい。超えてから全て伝えさせてもらう」

「……ほぼほぼ言いませんでした?」

「かもな。それでもだ。だからそこで我慢しとく」


 ルークは自分の首を指さした。私はそれでハッと気がつく。顔が真っ赤になるのが自分でもわかる。


「ハハハ。この前の遺跡の件、悩み過ぎるなよ? 必要だったらいつでもこの“氷の貴公子”ルーク・トラウト様が助けてやる」

「ウヒヒ、頼りにしていますわルーク」


 ニカッと爽やかに笑った彼の名前はルーク・トラウト。”氷の貴公子”の異名をもつ魔法の天才。そして、幼い時からその異名に反した熱い心で私を助けてくれる幼馴染だ。

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