第5章 Blaze~奇跡 ~

第142話 マーチウインド

「私が突破口をこじ開けますわ! 《獄炎火球》!」


 強烈な炎のエネルギーがビームとなってほとばり、戦場に光の道を描く。


 季節はもう三月の終わり。

 雪が解け、花が芽吹く。春の訪れだ。


 アスレス王国での勢力圏を確かなものとした私たちは、さながら春の訪れを告げる風マーチウインドのように北東へと進撃している。アスレス王国の全土解放まであと少し。そして目指すはドルドゲルス本国よ!


『魔導機隊は敵魔導機部隊の相手を。歩兵部隊が捕虜ほりょの解放にあたる』

「了解いたしましたわシリウス先生。ルーク、私たちは突入の援護に回りましょう!」

『言われなくても分かっているぜ! 俺は右手側を、レイナは左手側を頼む』


 うん、報連相もばっちり。前世のブラックカンパニーとは大違いだわ。前世でのあれこれを思い出しそうになったところで頭を切り替える。


 集中、集中。目の前の仕事をきっちりこなさないと。なにせ人命がかかっていますからね。

 というわけで今回は捕虜収容所の解放ミッションよ。戦闘で敗れ捕虜となった方々や、占領地であらぬ嫌疑で逮捕された人々。そういった方々が収監されている場所の一つがこの場所だ。


 元々は別動隊に任せる作戦だったんだけれど、エイミーから届いた手紙を参考に急遽主戦力である私たちが投入されることになったわ。膨大な魔力が込められた謎のドラム缶、魔力を無理やり引き出す装置、そして収容所。エイミーの予想もそうだけれど、なーんか嫌な予感がひしひしとするのよね。


『お嬢様、敵の増援が接近しているとのことです。お気を付けください』

「ありがとうクラリス、でももういらっしゃったみたいよ」


 私は飛んできた攻撃を避けながら、クラリスに返事をする。もうちょっと早く警告が欲しかったわ。


「先ほどの凄まじい火炎。貴様が“紅蓮の公爵令嬢”か?」

「だとしたら何ですか? ダンスでも一曲お申し込みされますの?」

戯言ざれごとを。ここで討ち取って我が名を上げてくれる! 《土流波どりゅうは》!」


 きつめの口調に反してその声の主は女性だ。《土流波》の名の通り土が飛んでくる魔法。地属性ね。地属性の魔法使いを相手にするときは、その場の地質や地形に要注意。これ、シリウス先生の講義のテストに出るわよ。


「貴様を討ち取るのはこのドルドゲルス十六人衆が一人、“強固きょうこなる”ユリアーナ・ウルブリヒと乗機〈マオルヴルフ〉だ。この名、憶えておくがいい!」


 まったく、またイロモノ十六人衆のご登場ね……。マギキンはバトル物じゃないのよ? まあこの前の忍者みたいに、世界観を壊していないからギリギリ合格としておきましょうか。


「でもすぐに退場してもらうことには変わりませんわ! 《火球》!」

「その魔法、防がせてもらう! 《土壁つちかべ》!」


 これまで幾度となく敵を打ち破ってきた、私の得意魔法の《火球》。しかしその熱い炎は敵を焼くことなく、土が盛り上がってできた壁に防がれた。


「私の魔法が防がれた!?」


 自惚れじゃなくて、私の魔法が防がれたのにビックリする。なんて防御力!


「我が異名“強固なる”の所以ゆえん思い知ったか! 貴様が相手をするのは難攻不落の要塞と心得よ!」

「言ってくれるじゃないのお姉さん。これならどうかしら!? 《獄炎火球》!」

「なんの、上級魔法《土壁城塞》! そして反撃の《土流波》!」

「――くっ!」


 さすがに《獄炎火球》を完璧に受け止めることはできなかったみたいだけれど、上手く防御されて反撃をもらう。火力で押すタイプの私じゃ相性悪いわね、この相手……!


「今度こそ、《火球》六連!」

「《土壁》! 無駄だと言っているだろう!」

「いいのかしら? 私ばっかり集中していて――パトリック!」

「――何ぃッ!?」

「悪いが後ろはもらったよ。《光子剣》!」


 敵が振り返るけれどもう遅い。魔法で強化された神速のパトリックが後ろを取り、《光子剣》で斬りつける。


「ひ、卑怯な……!」

「戦場に卑怯という言葉は存在しないよ、モグラなレディ」

「くっ……! 拠点も陥落したか。ならば退かせていただく!」


 さすがは“強固なる”を名乗ると言うべきかしら? パトリックの一撃でも倒しきれなかった〈マオルヴルフ〉は、土に潜って逃げて行った。こうなったら追いかけるのは困難ね。


「すまないレイナ、仕留めそこなったようだ」

「気にすることはありませんわパトリック。救援ありがとうございます。さあ、みんなと合流しましょう」


 作戦目標はあくまで収容所の解放。それが達成された今、わざわざ危険を冒して〈マオルヴルフ〉を追撃する必要は無いわ。さて、私やエイミーの予想通りならこの収容所の人たちは……。



 ☆☆☆☆☆



「どうやらお嬢様やエイミー様のご推察の通りです。収容所に囚われていた物は皆、魔力を吸い上げられています」

「やっぱりね」


 収容所を制圧してそれほど時間は経っていないけれど、早くもはっきりと分かったことがあるわ。


 ドルドゲルスは捕虜や連行した人から魔力を吸い上げる技術を確立していて、そうやって得た魔力をあのドラム缶の様なものに込めて利用していた。例えば魔導機のコアの生産や、例の超大型砲台の燃料にね。つまり人々をにしていたってわけ。


 魔力を使い過ぎると失神する事から分かるように、この世界の人々にとって魔力とは生命力のエネルギーでもある。それを強制的に吸い上げられるとどうなるか?


 収容所から解放された人たちは、皆一様に年老いて見えたわ。例えば六十歳くらいに見えた男性は、本当はまだ二十歳になったばかりだった。そして最悪の場合死に至る。


「許せません。このようなこと、人が人にして良いわけがないのです……!」


 付き合いが長い私でも、見たことないくらい珍しく声を荒げて怒るディラン。一言一句同意ね。こんなこと許してはだめだわ。


 魔法に対して見識の深いルークも無言で考え込むように怒りを燃やし、パトリックやライナスもこの悪魔の所業に怒っている。ドルドゲルスはやってはいけない事をしている。ならばこれを入れ知恵したのは誰か?


 そんなの決まっている。きっとハインリッヒだ。あいつはこの世界の人間のことを感情の無いNPC、自分のおもちゃくらいにしか思っていない。だからこんなことも出来る。


「少し、夜風よかぜにあたってきますわ」

「お嬢様、護衛を」

「大丈夫よクラリス。本陣からは離れないから」



 ☆☆☆☆☆



「まったく、なんなのよあれは……」


 行われていたおぞましい行為に身震いする。前世の世界で言えば、血液を無理やり抜いてエネルギーに利用するようなものだ。なんであんなことを思いつくのかしら。


 あのおとぼけ女神曰く、この世界はマギキンに限りなく似ている平行世界だと言っていた。それに私がこの世界で生きてきて十八年、この世界の人々はゲームのNPCではなく感情を持った人だとはっきり言えるわ。


 ――なんであんなことができるの?


 あいつは異世界に来て、前世の知識を活かして大活躍しているつもりなのかもしれない。ドルドゲルスを大帝国に押し上げた気分は、まさに内政チートの転生者様でしょうね。


 けれど、あいつのやっていることはこの世界の破壊だとはっきり断言できるわ。早く、早く止めないと。きっともっと大変なことになる。


「……ん? 霧?」


 さっきまで綺麗にお月様が輝いている夜だった。しかし突然霧が立ち込め始める。夜霧かしら? 早くテントに戻りましょうか。


「こんばんは、レイナ」


 妙にねっとりとした、かんに障る声が私の名前を呼ぶ。心臓を直接掴まれたような気持ち悪さが私を襲う。


「久しぶりに君に会いたくなってねえ。思わず来てしまった」


 その声の主は今私がもっとも会いたくない相手……いえ、今一番会いたい相手かもしれない。少なくとも一番殴りたい相手なのは間違いない。


「あんた……、ハインリッヒ……!」

「こんばんはレイナ。さあ、話をしようか」


 霧の中にたたずむのは全ての元凶。異世界転移者ハインリッヒ・フォーダーフェルトがそこにいた。


―――――――――――――――――――――――――――――

~おさらい~

位置関係について

グッドウィン王国→イギリス

アスレス王国→フランス

ドルドゲルス帝国→ドイツ

小三ヵ国→ベネルクスらへん

と、現実の国家の位置に当てはめて頂いておおむね大丈夫です

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