第141話 そのプレゼントに微笑みを
「キャー、ディラン殿下ー!」
「パトリック様ー!」
というわけで、アスレス王国王都アラメ開放作戦は、無事に私たち連合軍の勝利に終わった。
王都内でドルドゲルスに抵抗していたレジスタンスや、アラメの裏の裏まで知り尽くしているアスレス貴族の手引きにより、激戦に反して大きな損害もなくアラメを奪還。そびえたつ王宮も損害は少なく、翌日にはその王宮にて盛大にアスレス王国の復活が宣言されたわ。
私的にはさっさとバトルパートなんて終わらせて、アリシアとみんなの恋の行方を見届けたいんですけれどね。ヒロイン不在なんてどんな乙女ゲームよ? 嗚呼、アリシアの美味しいパンが恋しいわ……。
「ライナス様こっちをお向きになってー!」
「ルーク様カッコいいー!」
かくして数日たった今日、かつて激戦が繰り広げられた大通りを使って解放記念のパレードを行っているわけだ。私たちも魔導機のハッチを開けて、歓声に応えながら練り歩く。
いまだ全土の半分近くはドルドゲルスに占領されていて、王都の市民も沢山ドルドゲルスに連行されたようだし油断はできない。けれどこの王都アラメの解放は、アスレス王国の人々にとって大きな希望になる。
沿道を埋め尽くす人、人、人。舞い散る紙吹雪、湧き上がる歓声、地鳴りのような祝福の声。それだけアスレス王国の皆さんは苦渋に耐えてきたということでしょうね。ああ、こんなに喜んでくれるなんて私も嬉しいわ。嬉しいのは嬉しいんだけれど……。
「紅蓮の公爵令嬢様ー!」
「神の使徒様ー!」
なんか私だけ本名じゃなくない!? 黄色い歓声が羨ましいとかじゃなくて、もうちょっと親しみある感じで良いのよ?
いえ、まあ皆さん楽しそうなら良いんですけれどね。くっそー、うかつに神の名前を
「レイナ様ー!」
「――おわっと!」
呼びかけられて、パッと受け止めることができたのは小さな花束。見れば〈ブレイズホーク〉の足元で、これまた小さい女の子が手を振っている。隣にはお兄さんらしき人物も一緒だ。きっとお兄さんに投げてもらったんでしょうね。
「レイナお姉ちゃん、私たちを護ってくれてありがとー!」
ウヒヒ。なんだ、わかってくれている子もいるんじゃない。私は精一杯のにこやかなスマイルで手を振り返した。
☆☆☆☆☆
アスレス王国王都アラメの解放。戦争の転機となったこの戦いにも当然レイナ・レンドーンは参戦していた。彼女は戦場で
戦勝パレードでは仲間たちと共に多くの群衆から称賛の声を受けたが、人々はレイナの神々しさすら感じる勇ましさや美しさに名前を呼ぶことを
ここに一人の、当時は少女だった人物の話が残っているので紹介しよう。
「戦いで両親を失った私たち兄妹にとって、アラメを開放してくださった方々はまさに英雄でした。そこで感謝の気持ちを込めてお花を贈ろうと思いました。お相手はもちろんレイナ・レンドーン様です。アスレスの貴族はさかんに自分たちの戦功を
このエピソードを語ってくれた女性はその後アラメを襲った幾度かの戦乱も生き抜いた後、多くの子や孫に囲まれて長寿の末に、本著が発行される数年前に亡くなられた。
エリオット・エプラー著、「紅蓮の公爵令嬢レイナ・レンドーンの伝記」より引用――。
☆☆☆☆☆
「エイミーさん、アリシアです。お呼びとのことなので来ました」
「いらっしゃいアリシアさん、わざわざ格納庫までご足労感謝いたしますわ」
レイナ様がいなくなったエンゼリア王立魔法学院。ある程度の交友関係や学院での立場をつくることができた今は、レイナ様がいないからといって嫌がらせをしてくるような人はいない。それでも私にとってレイナ様のいない学院生活は、まるで不毛の砂漠を行くようだ。
そうやって空虚に過ごしていたある日の午後。私はエイミーさんの使いだと言う魔導機研究会の部員の方に連れられて、魔導機格納庫へとやって来た。
「それで、何か私にご用でしょうか?」
私は理由を尋ねるが、警戒してではない。エイミーさんはレイナ様が私を助けてくださる以前から、リオさんと共に他の方とは違って私に普通に接してくれた方だ。その心根は私に対する悪意がない。
「あら、私がお話があると言ったらいくつかに絞られるでしょう? 予想がついているのではなくて?」
エイミーさんが優雅にくるりとこちらを振り返る。服装は魔導機整備用の作業服なのに、まるでパーティードレスを着ているかのような優雅さを感じる。
出るところは出、締まるところは締まった抜群のプロポーションと仕草の優雅さで男性方からの人気がとても高い社交界の華だ。そしてレイナ様のもっとも信頼するご友人の一人で、何より今では王国きっての魔導機通として知られる。
そんな彼女がわざわざ呼び出したのだから、宿題の相談ではないだろう。レイナ様の話か、魔導機の話か。あるいはそのどちらもだ。
「こちらをご覧くださいな」
「これは……新しい魔導機ですか……?」
エイミーさんが指し示したのは、見慣れない形の魔導機だ。そのボディは夜の闇のように漆黒で、あの〈シャッテンパンター〉を想起させる。だけど形は全然違う。あちらはシュッとスマートだが、こちらはかろうじて人型と認識できる異形だ。
「そう、これは私が新たに開発した魔導機。その名も〈ミラージュレイヴン〉!」
「ミラージュ……、レイヴン」
「アリシアさん、いえアリシア、友人として貴女にお願いがあります!」
ぼーっと魔導機を眺めていた私の肩を掴んで、エイミーさんが訴えてくる。
「本当は私がこれに乗ってレイナ様をお助けしたかった……。けれど私の魔力では激化する戦場では足手まといです。リオもレイナ様から生徒会長として学院を護るように言われています……」
彼女はそのお可愛らしい顔を歪めながら言う。心の底から悔しそうだ。
「けれどアリシア、あなたの魔力ならこの機体を活かしきれる! そこであなたにこの機体に乗って大陸へ行っていただき、レイナ様を助けていただきたいのです!」
「わかりました! 行きます!」
悩むことは何もない。即答だ。渡りに船……いえ、この場合は渡りに魔導機かな?
「いいのですか!? 私は戦いに行けと言っているのですよ。それも先頭に立って戦う義務のある貴族ではなく、平民のあなたに!」
「エイミーさんは最善の策と思って私を呼びはしたけれど、何の義務もない平民の私に押し付けるのが心苦しいのでしょう?」
「そうです」
「ご心配ありがとうございます。けれど私にとってこの予想外の申し出は、非常に喜ばしい幸運です。これで鬱屈な思いを抱いて過ごすことなく、レイナ様をお助けできるのですから」
「アリシア……」
サリアちゃんはお料理研究会を任された。リオさんは生徒会長として学院を任された。エイミーさんは魔導機の分野ですごくレイナ様を助けている。私だってレイナ様をお助けしたい。
「あっ、そうだ。エイミーさんに私からも
「どうぞ、なんなりと」
「それじゃあ私も友人としてエイミーと呼ばせて頂きます」
「フフフ、わかりましたわアリシア。どうかレイナ様をよろしくお願いいたしますわ」
「はい! 任せてエイミー!」
レイナ様の最も信頼されるご友人のエイミーが託してくれるこの機体は私にとって翼だ。レイナ様と一緒に飛ぶことのできる翼だ。
レイナ様、どうかご無事で。すぐにアリシアが参ります!
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