第136話 お嬢様宇宙へ

「つまり、宇宙とはお空の上のお星さまがあるところでよろしいですか?」

「そうよ。理解が早くて助かるわ」


 前世で宇宙の専門家だったわけではない私は、悪戦苦闘あくせんくとうの説明の末になんとかみんなに宇宙とはどういうものかを理解してもらえた。


「レンドーン、そんな月の向こう側の世界に本当に魔導機で行けるのか?」

「はい先生。火属性の魔法を利用した爆発的な加速を用いれば可能なはずです」


 現実問題として魔導機で宇宙に出て大丈夫かという問題があるけれど、そこは魔法でカバーできると思うわ。風魔法で気圧と呼吸の安全を確保して、光魔法で有害な宇宙線から身体を護ってといった感じにね。魔法万能!


 これで大丈夫よね?

 頼むわよ、前世で幼き日に読んだ「よい子の宇宙図鑑」さん!


「おおよそ理解しましたが、レイナは一体どこでこのような知識を?」


 おっと、ディランから予想通りの疑問が飛んできたわ。この質問に対してはテンプレ回答を用意してあるわよ。


「オホホ、実は以前読んだ本――」

「どこかで見た本と言うのなら書名を教えてくださいますか、レイナ?」

「うっ、それは……」


 よ、予想外のツッコミだわ!


 あわあわあわどうしましょう!? まさか前世での知識なんて言うわけにもいきませんし。ルシアの行動を調査している時に禁書の棚で見たって言い訳も考えていたけれど、書名を聞かれるんじゃその言い訳も使えないわね。


「そ、それは……」

「それは?」


 いつも優しいディランの笑顔が今日はなんだか迫力がある。エイミー、ルークの知識の求道者コンビはキラキラした目で見つめて来るし、他のみんなも私の回答に注目している。こうなったら、使いたくなかったけれどあの言い訳を使うしか……!


「――で知りました」

「レイナ、今何と?」

「神のおげで知りました、と言ったのです」


 沈黙。ディランたちだけでなく、周囲で聞いている一般兵士や指揮官である貴族の方たちも沈黙。時が止まったのかと思うくらいに。


 あれ、私ったら選択肢間違えましたか?

 沈黙の中、見たことのない表情のルークの口から音が漏れる。


「す……」

「す?」

「すげえっ!!! 神のお告げだって!? さすがはレイナだぜ!!!」


 それを皮切りに、陣中はすさまじい喧噪の嵐となった。「レンドーン様が神のお告げを!?」「やっぱりあの力は神のご加護だったか!」と大騒ぎの兵士の方々。


「なるほど、神のお告げですか。うん、流石はレイナ」

「レンドーン、まさかお前が神の使徒だったとは。……いや、当然か」


 何が流石なのかわからないけれど、納得してくれたのか頷くディラン。そして一人で喋って一人で納得しているシリウス先生。


「やはりオレの絵は正しかった……!」

「レイナの可憐さは神の使徒というより女神そのものだけどね」


 僕たちは知っていましたけどみたいな謎ムーブを決め込むライナス、パトリック。


「レイナ様はやっぱり神様から使わされたんですね……!」


 エイミーにいたっては涙すら流して喜んでいる。とうかクラリスも無言だけれど泣いている。


 うん、まあ、その、予想以上の反響だわ。神様の名前ってすごい。魔法ありのファンタジー世界の住人には効果はばつぐんだみたいね。現実の自称女神様を知っている私からしたら少し納得いかないけれど、話がスムーズに進むなら良しとしましょうか。


「神の使徒レイナ・レンドーンを称えよ!」


 ……本当に良しでいいのかしら?



 ☆☆☆☆☆



『レンドーン、準備は良いか?』

「はい先生。準備万端いつでもよろしいですわ」


 かくして、私のふわっとした前世知識によるこの世界初の宇宙進出は始まった。エイミーや技術者の皆さんは私のふわっとした前世知識を理論的に検証し、僅か数日間で星々の世界へと行きつく方法を考えてくれた。


 そして私はいよいよ打ち上げを控え、大気圏再突入用の増加装甲をかぶせた〈ブレイズホーク〉に搭乗しその時を待っている。その下には組体操のやぐらを組んでいるディラン達四人の魔導機。


「安心してください。僕たちがレイナを必ず送り届けて見せます!」

「エスコート、よろしくお願いしますわ」

『それではカウント、10、9、8、7……』


 クラリスによるカウントが始まる。グリップを握る手は緊張でぐっしょりだ。勢いで言っちゃったけれど本当に大丈夫かしら。宇宙に到達した瞬間死ぬとかないわよね?


『……6、5、4、3……』


 大丈夫大丈夫。今の私は魔法が使える魔女っ子なのよ。きっとマジカルパワーで宇宙でも大丈夫なはずだわ。どちらにせよ砲台を攻略できないと命はないしね。イチかバチか。乾坤一擲の大博打よ。


『……2、1、発射!』

「くっ……! ううっ……!」


 急激にかかる加速に身体が悲鳴を上げる。魔法で軽減されているとはいえかなりの負荷だ。


「おいライナス、もう少し出力を上げろ」

「了解した!」

「パトリックはもう少し下げろ。張り切りすぎだ」

「おっと……、了解したよ」


 作戦はこうだ。まずディランは風魔法、パトリックは強化魔法、ライナスは磁場を操る魔法を用いて私と〈ブレイズホーク〉を限界まで高く運んでもらう。魔力操作に優れるルークは全体の調整役だ。


「よし、予定の高度だ。行けえレイナ!」

「ありがとうみんな! 行ってきます! 《獄炎火球》!」


 みんなの離脱を確認してから、私は炎魔法で盛大な爆発を起こし加速する。あまりの負荷に機体がガタガタ音を立てる。私は気を失わないように魔法で調整する。雲を超え、分厚い大気を破り、遥か星々の世界まで――。


「――! これが、宇宙……」


 前世の時は想像もつかなかった。いえ、つい数日前まで思ってもいなかったわ。まさか私が宇宙に来るなんて。なんて神秘的な世界。というか漆黒。


「呼吸問題なし、体調変化なし。うん、大丈夫みたいね」


 ありがとう「よい子の宇宙図鑑」さん!

 読んだおかげで宇宙までこられました。


 眼下に広がるのは地球型惑星。前世のテレビで見た景色との違いは判らない。地球は青かったとはこのことね。翻訳の都合で本当は少し意味が違うんですっけ?


「ビーコンの魔力反応を確認。再突入の準備を開始」


 遥か天空の彼方だけれど、エイミーの作成した特定の魔力を感知するセンサーのような魔道具は、無事にその役目をはたして私の進むべき道を教えてくれる。


「よし、後は突入するだけ……!」

『あんた今のまま降りると、燃え尽きるか蒸し焼きになるかのどちらかよ~』

「――おとぼけ女神!? あんた一体どこから!?」


 静かなはずの操縦席の中で突然声がしたので驚くと、仕事は適当のおとぼけ女神が隣に居た。え、なんでここにいるの? 私は別に呼び出していないわよ?


「あんた何でいるのよ!? まさか神様は実は宇宙人だったみたいな、チープなB級SFみたいなこと言い出さないわよね?」

『月の満ち欠けは宇宙では関係ない。つながりの深い巫女はここにいる。そして供物は別になくても私の意志があれば降臨できる。というわけでここにいるわ~。それに神の使徒の聖務を見守るのは神の使命よ~』

「あんたの使徒になった覚えはないって言っているでしょう! 私は個人的にハインリッヒがムカつくから戦っているだけよ。あんたの使いっパシリなんてごめんだわ!」

『酷い言い草ね~、他人を信用させる時だけ私の名前を使ったくせに~』


 その言い草も詐欺師みたいだからやめてほしい。


「ところであんたが言った、燃え尽きるってどういう意味よ!?」

『そのままの意味よ~。無知って怖いわね~、こんなガバガバな感じで宇宙に出て来るなんて~』

「悪かったわね。これしか思いつかなかったのよ! というかわざわざそれを言うために出てきたわけ!?」

『違うわよ~、あなたが敬虔な神の信徒になるのなら助けてあげない事もないわ~』


 崖っぷちの人間に手を差しだして、助けてやるから対価を要求するとか悪魔ねこの女。そもそも私がこんなに苦労している一端は間違いなくこのおとぼけ女神にあるというのに。


「ごめんこうむるわ。じゃ、さよなら。自分でどうにかするわ」

『ウソウソ、冗談よ。宇宙にまで飛び出すあなたの無知と無謀さに敬意を表して助けてあげるわ~。汝、レイナ・レンドーンに神の加護を。これで風たちが助けてくれるわよ~』

「はいはいありがとー、それじゃあ私やる事あるから」

『なんかぞんざいな扱いね~。まあ良いわ。がんばってね~』


 そう言っておとぼけ女神は消えていった。相変わらず無責任な神様ですこと。気を取り直してっと。


「再突入開始、目標敵超大型魔導砲台! オーホッホッホッ、行くわよー!」



―――――――――――――――――――――――――――――

後書き

史上初(?)宇宙へ行き再突入する系悪役令嬢

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