第137話 天から降り注ぐは悪役令嬢

 在りし日のレイナ・レンドーンが残した偉業は数限りがないが、その中でもとりわけ有名なエピソードの一つが人類史上初の宇宙への到達だろう。


 レイナ・レンドーンは敬虔けいけんな神の信徒であり、神意しんいを実行する神の使徒であったことは。そんな彼女が非人道的な技術によって造られたことで知られる、ドルドゲルスの超大型魔導砲台を攻めあぐねていたときに、美しい女神が枕元に立ったという。その女神から得た知識を元に、仲間の協力を得て宇宙への到達を可能にしたそうだ。


 そしてこのエピソードで忘れてはならないのは、彼女が宇宙から帰還した際の話だ。遥か南方に離れたイルドア王国の漁村に住む、さる古老の話が残っているので記そう。


「ええ、あの時のことはよく覚えています。私はまだ十歳になったばかりで、父を手伝って漁に出ていました。ふと北の空を見上げていると、一筋の閃光が走りました。雷とは違う、何かもっと神聖な輝きを感じました。次の瞬間、遅れて凄まじい音が鳴り響きました。私は船から落ちないように必死にしがみつきながら、神様がお怒りになりこの世の終わりが来たのだと思いました。あの時は人が起こしたものだとは夢にも思いませんでした……」


 こういった話が伝わっているように、その音と光は遥か遠く離れた土地でも観測できた。いかにその衝撃が凄まじかったかわかるだろう。いずれにせよ、彼女――レイナ・レンドーンが王国の為に献身的にその身を捧げ、勇気をもって冷静にこの未知の領域における作戦を実行したことは、未来永劫我々の胸に刻みつけられるべきである。


 エリオット・エプラー著、「紅蓮の公爵令嬢レイナ・レンドーンの伝記」より引用――。



 ☆☆☆☆☆



「あわあわあわあわ、なんかバリバリいってるー!? なんかゴトゴト鳴ってるー!?」


 前世のふわっとした記憶とこのガイドビーコンを信じるところによれば、こう斜めな感じで大気圏に再突入すればいいのよね!? 頼むわよ、「よい子の宇宙図鑑」!


 なんかものすっごい空中分解しそうな音と振動がさっきから鳴っているんだけれど、本当に大丈夫かしら。あのおとぼけ女神ったら加護を横着していないでしょうね? おとぼけ女神が言うところの『風たちが助けてくれる』という言葉を信じれば、良い感じに大気圏突入させてくれて、良い感じに目的地まではこんでくれる……はず!


「成層圏を……抜けた!」


 とんでもない速度で降下していく私は、成層圏を抜け、雲を抜け、ぐんぐん地表へと近づいていく。あまりにもスピードが速いけれど、なんとか魔法でコントロールしないと!


「増加装甲パージ!」


 大気圏再突入によってボロボロになった増加装甲をパージし、風魔法を操って機体を安定させる。標的の超大型砲台は……あった! バカみたいに大きいから、速度がついていてもすぐに発見できた。


「《炎のマント》よ!」


 敵は気がついてはいない。というか気がついてもどうしようもないでしょうね。制御、制御、制御。敵の超大型魔導砲台の直上、死角となる位置に突撃するわ!


「意外となんとかなるものね、ありがとうよい子の宇宙図鑑さん! オーホッホッホッ、あとは突っ込むだけですわ! 《流星式メテオレイナドリルアターック》!」



 ☆☆☆☆☆



「来ました! 魔力反応一致、レイナお嬢様です!」

「来たか……!」


 空に一筋の閃光が走り、次の瞬間盛大な爆発が起きる。正直成功するかどうかはそれこそ神に祈る気持ちだったが、どうやら無事に俺の生徒はことを成し遂げたらしい。


 レイナ・レンドーンは非常に優秀な教え子であり、信じられないほどの才能の持ち主だ。神のお告げを聞いたと言われた時は面食らったが、あの子のずば抜けた才能と功績を鑑みれば、そう言われた方が逆に説明がつく。


 王国の為には今回のように彼女の力に頼ることも多いと思うが、俺には大人として可愛い生徒たちを全員無事にエンゼリアの学び舎へと返す責任がある。


「軍団長から総攻撃命令が下った。魔導機部隊は先行するぞ!」


 指示を出しながら、自分も愛機である〈バーニングイーグルⅡ〉へと乗り込む。専用のカスタマイズの施されたこの機体は、レンドーン等の乗るスペシャルな機体よりはさすがに劣るものの、一般機から比べると抜群の性能を誇る。


「シリウス様、どうかご武運を」

「安心してくださいクラリスさん。俺はちゃんと帰ってきますし、あなたの大切なご主人様もきちんと連れ帰ります」


 帰りを待ってくれている女性がいると、男はいくらでも戦える。振り向かないで手を振って答えるのは、名残惜しくなるからだ。


「シリウス・シモンズ、出撃するぞ!」


 派手にやったな。飛び立ってその光景を見た最初の感想はそれだった。爆破炎上する魔導砲台、まさに巣をつつかれたネズミのように大慌ての帝国兵。炎上する一時前まではのあたりから花火が上がった。


「合図を確認、レイナ・レンドーンは無事だ」


 良かった。生徒の無事を確認し安堵する。

 なんとか体制を整えたのか、迎撃の魔導機が上がってきた。さあて、俺も俺の役割を果たすとするか。


「各機、敵魔導機を迎撃! 《烈風砲れっぷうほう》!」



 ☆☆☆☆☆



「《花火》よ、天に咲け! これでいいのよね……?」


 敵の排除がひと段落ついた私は、予定通り合図を打ち上げる。

 突撃するときにテンションに身を任せて《火球》を乱射したのが功を奏したのか、爆発と火炎の嵐が過ぎ去ると抵抗らしい抵抗も受けることなく砲台中枢部を制圧できた。


「き、貴様はまさか”紅蓮の公爵令嬢”!? この惨状は貴様がやったのか!?」

「あら? 私ったら有名ですわね。いかにも、宇宙から華麗に降ってきたのは私ですわ」


 打ち上げた花火を見てかけつけたのか、新しい敵の魔導機部隊がやってきた。先頭の一機は水牛のように立派な角がボディについていて、大きな槌を持っている。見るからにスペシャルな機体だ。


「う、宇宙……?」

「あー、説明してあげますから、みなさん武装解除していただけませんこと?」

「誰がするか! 貴様の甘言かんげんなんぞにのらんわ!」


 ですわよねー。しかしこんな燃え盛る敵の要塞で多勢に無勢。お貴族様もやっぱり楽じゃないわよね。


「我は皇帝陛下よりこの要塞の守りを任された、ドルドゲ――」

「――《火球》十二連射」


 持ってきてよかった〈バーズユニット〉。敵将が名乗り終わって袋叩きにされる前に、正確に敵の魔導機を撃ち抜いて無力化させる。私だって器用なんですからね。


「ひ、卑怯な……」

「オーホッホッホッ! 乙女に多勢に無勢な方がよっぽど卑怯かと思いますが」


 それに私って悪役ですし、卑怯だのつっぱっただの言われてもノーダメよノーダメ。イメージ商売のアイドルとかなら話は別でしょうけれど。


「それにしても――」


 私はこの巨大な魔導砲台を動かすために、巨大な魔導コアか大量の魔導コアが動力として備わっていると思っていた。エイミーもおおむね同意見だったわ。けれどそんなものどこにも見当たらない。この砲台はどうやって機能していたの?


 私の防御魔法でも防ぎきれないほどのビーム。それを一人で撃つとなると、つまりあのおとぼけ女神から授かった以上の魔力を保持していないといけないはず――まあ、それはありえないと思う。であれば複数人の魔力を束ねて撃つとしても、その設備も見当たらない。


「やっぱりこれかしらね……?」


 見つけたのは大量にあったドラム缶の様なタンク。実際の所はわからないけれど、他で見たことがないこれが怪しい気がするわ。


 まあ、分析はエイミーにお願いしましょう。私にはこれから大陸遠征という乙女ゲームにあるまじき展開が待ち受けているのだから。

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