第134話 さらば愛しのエンゼリア
デッドエンドを避けるために、あまり入学したくはなかったエンゼリア王立魔法学院。それでも三年通えば愛着も沸くし、寮のお部屋は我が家と言っても過言ではない。
そのエンゼリアを離れることが決まって一週間。私は文芸部のペネロペや、行軍演習で仲良くなったセリーナなんかの学友、お料理を通して仲良くなったキッチンメイドに挨拶を済ませていた。
別れの挨拶……、とは少し違うわね。もう一度会いに来るという決意表明みたいなものよ。だって前世では家族や友達に今までのお礼を言う間もなく死んじゃったからね。ごめんなさいと謝りたかったことや、ありがとうと感謝を言いたかったことは沢山ある。そんな後悔はもう二度とごめんだわ。
拝啓、前世のお父さん、お母さん。
何度も言いますけれど、先だった娘の不孝をお許しください。お母さんの教えてくれたお料理はかなり役に立っています。お父さんは……、うんまあお元気で。
しっかり者のお姉ちゃん、お父さんとお母さんをよろしくお願いします。小学生の時にお姉ちゃんのゲームのデータを間違えて消したのは実は私です。ごめんなさい。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よクラリス。少し考え事をしていただけ」
私にはこの世界でやらないといけないことがあります。使命感とかいうような大層なものじゃないけれど、世界観をブレイクするどころか世界そのものをブレイクする勢いの変態をちょっと止めに行きます。
皆さんお元気で。敬具。
追伸。前世の私のお勤め先であるブラックカンパニーから、慰謝料をいくらふんだくれたかだけ墓前に報告してください。かしこ。
☆☆☆☆☆
「お嬢、絶対無事に帰ってくるんだぞ」
「約束するわリオ。エンゼリアの事はあなたに頼んだわよ。しっかりね、生徒会長」
「任せときなお嬢。お嬢がいない間もきっちりしめとくよ」
明日にはエンゼリアを立たなければならない最後の夜。私やディラン達を送る為、気心の知れた友人たちだけで集まるささやかな激励会が開かれた。
激励されて送り出される側だけれどお料理を作ったのは私で、デザートはルークが担当した。レンドーン家料理人
「ううっ……レイナ様、ついて行けず申し訳ありません……」
「泣かないでエイミー、王国はあなたを必要としているわ。しっかりね」
「はいレイナ様。渡海される直前までは魔導機の最終チェックで同行させて頂きますの」
リオもエイミーも立派になった。マギキンでモブキャラ同然の扱いだった彼女たちはもうどこにもいない。片や伝統のエンゼリアの生徒会長を立派に務める劇団の花形、片や王国どころか世界有数の魔導機のスペシャリスト。もはや主役を張れるスペックだわ。
「レイナ様、本当にどうかご無事で……!」
「私もアリシアもレイナ様のご無事といつも祈っています」
「アリシア、サリア、ありがとう」
アリシアは今にも世界が終わりそうな悲しそうな表情で、サリアは悲しみをこらえて笑顔をつくって別れの言葉を告げてくれる。
「会長の私と副会長のルークがいなくなる今、サリア、あなたをお料理研究会会長代行に任命します」
「謹んでお受けいたします、レイナ様」
「お料理研究会の事は頼んだわよ。アリシアもサリアを助けてあげてね」
「はい、レイナ様!」
お料理研究会を放り出すのはかなり心残りね。まあサリアなら上手くまとめ上げてくれるでしょう。
「レイナ様、こちらを召し上がってください」
アリシアはそう言って、ある料理を差し出してきた。お皿に乗っているのは、きっとアリシアがやいてくれたのだろうふわふわのパンに、生クリームとフルーツがふんだんに挟まれたやつだ。
「これは……、フルーツサンド?」
「はい! 私がレイナ様と初めて作ったお料理ですから」
「ウヒヒ、嬉しいわ! ……うん、美味しい!」
思えばアリシアをお料理研究会に誘ったのは、これを機会に仲良くなってデッドエンド回避の役に立てようという打算的な考えだったわ。でも、私が思っていた以上に多くの思い出を気づくことができた。
安心してねアリシア。ヒロインの絡まない噴飯もののロボットバトル展開なんて私がきっと終わらせて、マギキンの甘々学園ラブストーリーを歩ませてあげるから。
「レイナ様、またきっとお料理の楽しさを教えてくださいね」
「ええサリア、約束するわ。なんて言ったって私はお料理が大好きでお料理研究会を作ったんですからね」
「はい! レイナ様は私たちの永遠の会長です!」
「永遠の会長……終身名誉会長ってことかしら? ウヒヒ、悪くない響きね!」
かくして私は、エンゼリア王立魔法学院お料理研究会の創設者にして終身名誉会長の地位を賜った。自分ではお料理をしないという貴族社会の常識に風穴を開け、豊かな食を提供するお料理研究会の歴史をきっと積み重ねて見せるわ。
さらば、愛しのエンゼリア王立魔法学院!
アイルビーバック!
☆☆☆☆☆
「……すまないが、もう一度言ってくれないかい?」
王都の執務室。もはや財務以外のさまざまな事柄を裁かないといけない私――レスター・レンドーンの執務室には、各種の書類がうず高く山の様に積み上げられている。
その書類の山をかき分けると、飛ぶ鳥の様に私の部屋に駆け込んできた騎士が、真っ青な顔でこちらを見つめている。私はさきほど彼がした報告が信じられないで、もう一度言ってほしいと問い返えした。
「は……、はっ! レンドーン公爵閣下にご報告申し上げます! 前線より急報! 我が王国の大陸遠征第一軍は壊滅したとのことです!」
「か、壊滅……!? 第一軍が……?」
その言葉を絞り出すだけでいっぱいだった。ありえるのか、そんなことが。だが、震えた声で語る騎士がそれを真実だと物語る。
なんということだ。上陸時に激しい抵抗が予想されるため、ある程度の損害は予想済みだった。それがあろうことか壊滅!? バカな、一体何が起こったというのだ……?
「……詳細を報告したまえ」
「わ、私も信じられないことなのですが、生還した者たちの証言によりますと、敵の新型兵器――もしくは大規模魔法により海を行く船団はもちろん、空を飛ぶ魔導機も一瞬にして消滅したそうです」
「……ヒーニー侯爵は?」
「……ヒーニー侯爵以下、主だった指揮官の方々の安否は不明。現在鋭意捜索中とのことです」
「ご苦労。下がってくれ」
「はっ!」
緊急の会議を開く必要がある――いや、大陸遠征を根本的に考えなければならないかもしれない。このまま行けば敵の新兵器という死神の鎌の下に首を差し出すのは、第二軍で渡海する予定のレイナかもしれない。いや、間違いなくそうなるだろう。
高鳴る心臓の鼓動が、ドルドゲルスという強大で未だ得体の知れぬ敵に対して警鐘を鳴らしていた。
☆☆☆☆☆
かくして、ヒーニー侯爵
この戦闘を由来とした故事成語や慣用句は非常に多いが、現代に生きる我々にできる事は、今もトランサナ海峡の海の底で眠る勇敢なる王国将兵に、安らぎが訪れることを祈るだけだろう。
なお、本戦闘においてドルドゲルス側が使用した新兵器の存在を、アデル侯爵は事前に察知していたため軍団長の任をヒーニー侯爵に譲ったという噂が一時流れたが、現代では確かな資料によって明確に否定されている。
エリオット・エプラー著、「我らが王国の歴史」より引用――。
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~補足~
トランサナ海峡はドーバー海峡くらいに思ってください
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