第127話 お嬢様は煽る

前書き

今回、話の中で複数回視点が入れ替わります。最初はアリシア視点です。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「あっ、光った」


 主戦場となっている東部の海岸から遠く離れたこの南部のバットリー子爵領からでも、夜明け前には戦場の魔法の閃光が見えた。瞬くあの光の向こうで、きっと激しい戦いが繰り広げられているのだろう。


「お父さん、大丈夫かしら……」

「大丈夫よお母さん。子爵様の部隊は後方支援らしいって言っていたじゃないの」

「そうだけどアリシア、私は心配で心配で」


 今回の防衛戦はこの王国の存亡をかけた戦い。

 当然、健康な成人男性である父は徴兵されて戦場に出ている。


 父が参加しているバットリー子爵様の部隊は後方支援と聞いているけれど、魔導機なんて物が闊歩かっぽし、強力な魔法が飛び交う戦場にいるのは変わりない。


「心配しないで。この王国にはレイナ様がいらっしゃるじゃない。悪いドルドゲルス人なんて、みんなレイナ様がやっつけてくれるわ」

「そうよね。何度もアリシアを救ってくれた“紅蓮の公爵令嬢”様がいらっしゃるものね」


 エンゼリアの生徒の大半を占める貴族の子弟の方々も、全員が戦場に立っているわけではない。例えばサリアちゃんなんかは出陣していない。領主であるお父様の留守を預かるのだそうだ。


 けれどお貴族様の務めとして、またこの王国の強さの象徴としてレイナ様はその身を戦場に奉じられている。ディラン殿下、ルーク様、パトリック様、それにライナス様も激戦に身を投じられている。どうか皆さんご無事であってほしい。


「さあ、お母さん。私たちはパンを作りましょう。お腹がすいていてはみんな戦えないわ」

「そうね。早くしないと夜が明けちゃうわ。さあ始めましょう」


 レイナ様、本当はお側で御勇姿を拝見したかったです。神様に愛された特別なレイナ様だからきっと大丈夫だとは思います。けれどどうか、ご無事で。



 ☆☆☆☆☆



「《火球》十二連射!」


 両手から一本ずつ、砲塔に変形したサブアームから四本、そして新造の六機の〈バーズユニット〉から六本の計十二本の《火球》が発射され焼き尽くす。撃ち込まれた敵の部隊は半壊するけれど、紫色の魔導機にはかすっただけだ。飛んで逃げられる。


 本命には避けられたけれど、この空飛ぶ落花生ちゃんたちはさっきからなかなか役に立ってくれるわ。ピュンピュン飛んですごい便利。


「レイナお嬢様、周囲の部隊は私どもにお任せを!」

「お願いしますわ! 私は紫の指揮官機を!」


 私は部隊の指揮をマッチョな隊長さんに任せて、飛翔して逃げた紫の魔導機を追う。


「あんたヴェロニカとか言ったわよね? なんであんな変態に付き従うのよ」

「ご主人様をバカにしないでいただきたい! ご主人様はどん底だった私を救ってくださった。つまり私の命はご主人様のためにある!」


 紫色の機体。作戦前に知らされた情報によると、ルシアが乗っていた漆黒の〈シャッテンパンター〉の正式採用機で〈レオパート〉という名前らしい。ルシアの機体はハルバードを持っていたけれど、この機体は剣――それも刀の様なものを両手に持つ二刀流だ。


「あの男は奥さんが三十人もいる勘違いハーレム気取りナルシストなのよ? あんな男の為に命を捧げるなんて正気を疑いますわ!」

「ご主人様はあれだけの方々に好かれるほど素晴らしいお方です!」


 敵の攻撃をなんとか〈フレイムピアース〉と両肩のサブアームのソードモードで受けきる。さっきから情報収集と動揺を誘うのを兼ねてあおり立てているけれど、このヴェロニカという女は太刀筋がぶれない。男の趣味はどうかと思うけれど、間違いなく強い。


「あんたみたいなチョロインはどうせ、そのご主人様が死んでもすぐに新しい男に尻尾を振っているわよ!」

「私の忠義を……バカにするなあっ!」

「――クッ!」


 猛烈な勢いの剣撃を受けて吹き飛ばされる。

 ああもう、なんでこんな男の趣味が悪い女が強いのよ……!?


「私からしたら、なぜ貴女の様な女にご主人様がこだわるかわかりませんね」


 どうやらヴェロニカは、ハインリッヒが転移してきた異世界人ってことを知らされていないみたいね。まあ私も転生の事もマギキンの事も誰にも言っていないわけだけど。


「さあ? 私の美貌に一目惚れでもしたんじゃないかしら?」

「ふざけたことを……!」


 同郷だからって言われてもわけわかんないでしょ。それに私としては付きまとわれてだいぶ迷惑しているんですけどね。寝室不法侵入されて壊されたし。



 ☆☆☆☆☆



「隠れてからの魔法での狙撃、分身での包囲、強化を利用した砲塔での近接戦、あとは……瞬く光を利用しての視覚への攻撃だったか? お前の手品、なかなか楽しませてもらったぜ」


 俺――ルーク・トラウトと“不可視なる”マクシミリアン・マンハイムの戦いは終結を迎えようとしてた。立ち並ぶ氷柱。《光子弾》により抉れた地面。風景は激戦を物語る。


「まさか……私の戦術がことごとくやぶれるとは……」

「どうやらもうネタ切れみたいだな」

「ルーク・トラウト。さすがはグッドウィン王国随一の魔法の大家、トラウト家の生まれの中でも天才と称されるだけはありますね……」

「あー、戦う前にも聞いて思ったが、残念ながら俺は天才じゃないと思うぞ。本当の天才には俺はいまのところかなわねえ」


 だけどレイナにはいつの日か勝つつもりだがな。


「なんと……! 上には上がいる。フッ、つまり私は井の中の蛙という事でしたか」

「上がいるのも悪くない物だぞ? 山は高いほど登るのが面白いもんだ」

「そうですか。それほどの天才、見てみたいものです……貫け《光子弾》!」

「その攻撃は見切っているぜ! 〈アヴァランチブレイド〉!」


 敵の放った《光子弾》は俺に当たることなく、対照的に俺の振るった鞭のようにしなる剣は的確に相手を貫いた。


「このマクシミリアン、今際いまわきわにて山の高みを知りました……」

「そうかい。俺はまだまだ登らせてもらうぜ」



 ☆☆☆☆☆



「さあ、次の攻撃ですよパトリック殿!」

「だからしつこいと言っているだろうシュタインドルフ君!」


 上空から急降下してくる“燃え上がる”ヴィム・シュタインドルフの攻撃をかわす。もうかなりの時間、洋上で空中戦を繰り広げている。


 僕もそうだが、相手も魔力残量が厳しいだろう。そろそろ決着の時間になるはずだ。まあ、相手がレイナみたいに特例中の特例の魔力量なら話は別だけどね。


「楽しいですが、そろそろ決着といきましょうかパトリック殿!」

「ふう、君が例外じゃなくて一安心だよ」

「……どういうことでしょうか?」

「こちらの話さ」

「必殺! 《大炎熱斬だいえんねつざん》!」


 敵の魔導機はとんでもなく巨大な炎の大剣を振るってくる。まだこんな大技を使う余力があるか。さすがはドルドゲルス十六人衆を名乗るだけはある。


「《光の加護》よ!」


 敵が大技ならこちらも大技の《光子大剣》を……というのは楽しげだが間抜けな発想だ。いや、レイナならしそうだな。


 ともかく、回避するには最小限の力でいい。僕は強化によって加速し、回避する。


「ヴィム・シュタインドルフ君、楽しい戦いのお礼に君に女性の扱い方をご教示しよう」


 僕は〈ジャッジメントソード〉を構え、《光子剣》を形成する。


「ひとつ、女性は可憐な花の様に愛でること」


 加速、加速、加速、全ての魔力を強化に注ぎ込む。神速の一撃で敵の右足をもらう。


「ふたつ、女性の事を考えてリードする事。君のリードは独りよがりだよ」

「――は、速すぎるっ!?」


 その次は左手。


「みっつ、女性を愛するあまりしつこくしないこと」


 その次は左足。


「よっつ、女性の変化には敏感に。気づいて褒め、慰め、いたわるんだ」


 そして右手。


「パ、パトリック殿、あなたのその強さは!?」

「愛する心が強さの秘訣さ」


 仕上げとして胴体を貫――かずに蹴りで海中に落とす。


「そしていつつ、女性は強い。君の剣に敬意を表して命は取らないでおこう。ではヴィム・シュタインドルフ君、機会があったらまた会おう」

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