第123話 このお守りに願いをこめて

 ドルドゲルスの侵攻近し、と言っても具体的な日にちや時間は当然わからない。というわけで私たちは、王都を離れて大陸に近い王国東部に待機している。


「ごきげんよう、ディラン」

「やあレイナ、何かご用ですか? もちろん何も用事がなくても歓迎ですけれど」


 本陣を訪れた私をディランがいつもの笑顔で出迎えてくれる。彼ら攻略対象キャラはもっぱら本陣にいるわ。作戦や各部隊との連携の確認、ライナスは操縦の慣熟かんじゅく訓練なんかをしているみたいよ。


「みんないるわね。ルーク、ライナスちょっと来てくださいな」


 少し離れたところにいたルークとライナスを見つけて呼びかける。パトリックはいつの間にか隣に居た。きっとまた強化魔法で来たのでしょうね。


 そう言えば私も、便利そうだしパトリックに強化魔法を習おうとしたことがある。私の魔力をもってすれば怪力も跳躍も思いのまま。もし運命の収束で襲撃を受けても対処も逃亡も可能になる……と思ったからよ。


 けれど結果的に習うことはなかったわ。なぜならパトリック曰く、普段鍛えていない者が強化魔法で激しい動きをすると、翌日全身が千切れんばかりの激しい筋肉痛に襲われるそうだ。


 筋肉痛は嫌だ。無理。

 ということで強化魔法を覚えるという私の野望はあえなく散った。


「呼び出して何か用か、レイナ?」

「ええルーク。みんなにこれを渡そうと思って」


 私はそう言って、持ってきたものをみんなに手渡す。


「これは……、エンゼリアの校章かい?」

「ピンポーン! 正解ですパトリック」


 私が手渡したのはエンゼリアの校章をイメージしたストラップのようなものだ。ひとつひとつ想いを込めて、お守りの願いを込めて私が作った。


「なんでまた校章なんだ?」

「なによルーク、文句があるなら上げないわよ?」

「いや、文句は言ってねえけどよ」

「みんなが無事にエンゼリアへと帰れるようにです。またみんなで学院生活を送りましょう」


 現状、マギキンのシナリオとは大きく離れている。だから本当にみんなが無事にこの先へと進めるのかわからないわ。だから一人のマギキンファンとして、そして彼らを大切な友人と思うものとして、彼らの無事を願ってこのエンゼリアの校章を作った。


「レイナ……。そうか、そうだよな。俺たちの戻る場所はエンゼリアだ。また美味しい料理を作ってやろうぜ!」

「そうですねルーク!」


 ニカッと笑うルークにつられて、私も笑顔になる。マギキンのクールなキャラも好きだったけれど、話しやすい今のルークも好きよ。


「ありがとうございますレイナ。きっとこのお守りが勝利へと導いてくれると思います」

「レイナ、オレからも礼を言わせてもらうぞ。それにこれは素晴らしい出来だ」

「そうだね。料理もだしレイナってそういう面は意外と器用だよね。ありがとう」

「ウヒヒ、大切にしてくださいね。そして本当に心の底からご無事をお祈りしています」


 この校章のお守りには、言えないけれどもう一つの意味がある。それはこの呆れたロボットバトルから解放されて、早く夢と魔法の学園生活に戻ってほしいという意味だ。マギキンのタイトル画面で毎回表示されるこの校章にその願いを込めた。


 だいたいヒロインのアリシア抜きの大型イベントって何よ。カムバックマイスイートラブストーリー!



 ☆☆☆☆☆



「父上、ドルドゲルスは本当に攻めてくるのでしょうか?」


 夜明け前の陣にて、僕――パトリック・アデルは父であるアデル侯爵に問うた。


 侵攻を予想し陣を敷いて、すでに数日が経過している。この鉄壁ともいえる防衛体制を見て、本当にドルドゲルスは侵攻してくるのだろうか。そう考えての質問だ。


「必ず来る。奴らは自分たちの能力に、技術力に、軍事力に誇りと野心を持っておる。ゆえに、奴らは必ず我らが王国へと攻めてくる。お前油断をするなよ」

「はっ! 肝に銘じておきます」


 お前とは、攻めてこないと高をくくって油断している貴族がいることを念頭においての発言だろう。諸侯の軍が有事の際にどれほどの役に立つのかはわからない。


「……ん? その飾りはなんだ?」

「これですか? これはレイナから頂いた大切なお守りです」

「ほほう、レイナ嬢からか! そうかそうか、よろしくやっているようで何より」

「ええ、彼女は必ず僕が――」


 そこまで言いかけたところで、遠くから「ドーン」という音が聞こえた。その後立て続けに「ドーン、ドーン」という音が連続で響く。


「て、敵襲ううううう!!!」


 転がり込むように陣に飛び込んできた兵士が叫んだ。ついに時が来たか……!


「状況は!?」

「敵の魔法による遠距離攻撃であろうものが、沿岸部に多数着弾しています!」

「魔法による遠距離攻撃……そして侵攻か? 敵の指揮官はやりおるわい。トラウト公爵に魔術防御の要請を。出陣だ!」

「かしこまりました!」

「まだ夜明けには時間があるな……。敵の侵入に気をつけさせろ。夜討ち朝駆けは兵法の常よ。パトリック!」

「はい! 僕も出撃します!」

「死ぬなよ。もしワシが死んだら、アデル侯爵家をよくまとめろ」

「父上もどうかご無事で!」


 強化魔法を使い、まだ日の出には遠い闇夜の中を一直線に〈ブライトスワロー〉の下へと駆ける。視界の端々で、敵の魔法攻撃であろう閃光がたびたび光る。僕はレイナからもらったお守りをギュッと握りしめて、彼女の無事を神に祈った。



 ☆☆☆☆☆



「飛行はしないでください! 機を見てこちらも砲撃を、敵の接近をむざむざ許してはいけません!」

「かしこまりました、ディラン殿下!」


 沖合から続く魔法により密度の高い砲撃。まるで攻城戦の様だ。今までの敵とは戦い方が違う。暗い闇夜の中、あちらは陸の方へと適当に撃つだけだから楽だろうが、こちらは光源を発生させる《光球》の魔法などを駆使して反撃を行う。激しい砲撃はやがてやみ、夜が明けつつある眼前に敵の姿が映った。


「なんて数だ……」


 誰かのうめくような声が聞こえた。だがそれを咎めるのも無理な相談だろう。眼前の敵は、まさに「なんて数だ」としか言いようがない。


 それは雲霞うんかのように我らが海を、我らが空を覆いつくす敵軍の群れ。接岸を試みる上陸艇、飛行する魔導機、水中からも進軍してくる魔導機。多種多様な侵略者が、いかにして我らが王国を食らいつくさんとしている。


『おいおい、ビビんなよディラン。一発決めてくれ』

「わかっていますルーク」


 従弟のルークからの軽口のような励ましで気持ちを入れなおす。第二王子として、ここでの責務を果たさなければいけない。


「聞け、王国の勇敢なる戦士たち、誇り高き騎士たちよ! 卑劣なるドルドゲルスは今まさに我らが大地を蹂躙せんとしている。それを君たちはただ見ているだけか?」


 僕は問いかける。王国の盾とならんと集った精鋭たちに。「違う!」「戦う!」剣を掲げる戦士たちから雄叫おたけびが返ってくる。


「そうだ、我らは戦う! 我らは愛する家族を、愛着のあるこの土地を、大切な女性を見捨てて逃げる愚か者ではない!」


 脳裏にレイナの笑顔が浮かぶ。きっと彼女も厳しい戦いに身を投じている頃だろう。今すぐにでも駆け付けたいくらいだが、今は彼女を信じて役割をまっとうさせていただく。


「我らには剣がある、それは決して折れぬ心の剣だ!」


 レイナがくれたお守りをギュッと握りしめる。ばかげた話かもしれないけれどたまに思う。彼女は実は神の使いなんじゃないかと。


「王国の子らよ武器を取れ! そして六大神のご加護の下、悪しき侵略者を討つのだ!」

「「「うおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!!」」」


 大陸諸国を併呑し、今まさに我らが母なる地をも食らいつくさんとする帝国。迎え撃つは王国の誇り高き精鋭の騎士団、近衛、魔導師団、諸侯の軍勢、そして”紅蓮の公爵令嬢”を始めとした魔導機部隊。ここに、グッドウィン王国と大ドルドゲルス帝国の戦いの火蓋が切られた。

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