第113話 止まらぬ進撃

 我がお料理研究会は今年、三十七名の新入会員を迎えて一気に総勢四十五名の大所帯となった。なんと一年生の六人に一人はお料理研究会所属。これはもうエンゼリア王立魔法学院調理科設置待ったなしでしょ!


「あ、レイナ様こんにちは」

「あらセリーナじゃない。お久しぶりね」


 ようやく運もむいてきたかとルンルン気分で歩いていると、向かいから歩いてきたセリーナと出会った。


 セリーナは行軍演習で一緒の班だった子だ。私をウヒヒ、高嶺の花と褒めてくれて率先して話しかけてくれたおかげでみんなと仲良くなるきっかけを作ってくれた子だ。


 明るく物怖じしない子ってイメージのセリーナだったけれど、なんだか今日はちょっと元気がないみたい。心なしか少し顔も青白い。


「セリーナったら顔色悪くない? 大丈夫?」

「その……実は……、少し悩み事が……」

「お悩みだったら私聞くわよ。ため込むよりも人に相談する方がずっといいんだから」


 私の言葉にセリーナは少し悩むと、レイナ様になら言っても大丈夫でしょうと喋り始めた。


「実は、私の兄は王国の魔導機騎士団に所属しているのです」

「そうなのね。そのお兄様に何かありましたの?」

「ええ。実はその兄が此度のアスレス王国へ派遣部隊のメンバーに選ばれまして。本人は喜んでいるんですけれど、私は心配で心配で」


 なるほど。私は派遣部隊の詳細は知らなかったけれど、騎士団から選抜して送り込むのね。てっきり私が行って来いって言われると思っていたわ。


 お兄さんが海外の戦場に、それも相手は精強な魔導機部隊で知られるドルドゲルスだ。心配なのは当然と言えるわね。でも私がこの子にしてあげられるのはただ一つ――。


「それは心配で当然よ。でもきっと大丈夫、あなたのお兄様は無事に帰ってくると思うわ」


 何の根拠もないただの気休めだ。でもそれを言っているのが私、”紅蓮の公爵令嬢”と称されるレイナ・レンドーンの言葉なら受け取る者によっては気休め以上になる。


「ありがとうございます、レイナ様。少し気が楽になりました!」

「ええ、お役に立てたようで良かったですわ」

「はい! 兄は帰ってきたら婚約者さんと結婚すると言っていたんです」


 ……それって戦争映画とかで言うところの死亡フラ――なんてことないわよね? 私もセリーナのお兄様のご無事を心よりお祈りいたします。


「そう言えば兄から聞いたのですが、コンラッド隊長たちの部隊も派遣部隊に選ばれたようです」

「そう、コンラッド隊長たちが……」


 強面こわもてだけど面倒見の良いコンラッド隊長、細身のジョナス、気さくな女性のノーラ。彼らは怪我が治った後は騎士団へと復帰していた。そうか、彼らも行くのね……。


「きっと大丈夫よ。無事をお祈りしましょう」

「そうですね、レイナ様!」


 ”紅蓮の公爵令嬢”とかいう異名は正直勘弁してほしいけれど、ハッタリでもこうやって誰かを元気づけることができるなら良かったとも思う。



 ☆☆☆☆☆



「私たちが使っている魔法は、神の奇跡の代行としての性質を持っていて――」


 世界はどんどん危険な方向へと向かっている。だけど授業はあるし、あるからには真面目に勉強しないといけない。


「それぞれの属性を司る神を違った名前で多くの宗教、民族、地域で崇めているのです」


 実は私が前世の記憶を思い出して以降必死こいて勉強した中で、一番苦戦を強いられたのは何を隠そう歴史の授業だ。


「例えば水の神エリアなら、バルナス地方ではセンリ、潤いの神ルウ、それから古いドルドン語で言うフルスなんかもそうですね」


 だってそうでしょう? あのおとぼけ女神にチートな魔力を貰った魔法はともかく、他の授業はある程度だけど前世で2X才まで生きた知識が少しは役にたったわ。けれど歴史に関しては、私がまったくもって欠片も知らないファンタジーな歴史をゼロから勉強するんだから。


「つまり我々が火の神フリトや光の神ルミナと呼んでいる存在は、各民族の神話や歴史には別の名前で登場するのです」


 言っとくけど、私は前世での歴史知識は結構あると思う。歴史を題材にした乙女ゲームにはまった時に散々調べたからね。それに比べてこっちの歴史ときたら、ややこしい名前が多くて……。


「そこ、レンドーンさん! 授業はちゃんと聞いていますか?」

「は、はい先生! ちゃんと聞いています!」


 ぼーっと別の事を考えていたら、歴史の講義を担当する神経質な女性教師にあてられた。いえいえ、ちゃんと聞いていましたよ。でも私ってなんだか神様が苦手なんですの。


「あなたは歴史の点数だけ悪いですからね。ちゃんと聞いてもらわないと」

「ごめんなさい先生。あ、ついでに一つ質問をしてよろしいでしょうか?」

「いいでしょう。なんですかレンドーンさん」

「仕事が適当で、妙に伸ばしたイラっとくる話し方をして、イケメン好き。たまに真面目に話をしたとおもったら仕事を丸投げしてくる。そんな神様って心当たりありませんか?」

「レンドーンさん、神様を冒涜ぼうとくしてはいけませんよ。でもそうねぇ……思い当たると言えば……」



 ☆☆☆☆☆



「な、なによこれぇ――――――!!!」


 大陸戦線について急報。当初アスレス王国の援軍を加えて半年は持ちこたえると予想されていたジアント王国ら三か国は、わずか一ヵ月で陥落した。


 反体制派を扇動されたディエドルス王国はわずか数日で、ゴルディー大公国もドルドゲルスの圧倒的な軍事力の前に二週間ともたなかった。


 アスレス王国からの強力な増援を受けたジアント王国は、国境のオレイクル平原にてドルドゲルスの魔導機部隊と会戦。地の利を活かして押す展開もあったものの、結局は敗れその勢いのままに首都への侵攻を許した。


 その後ゲリラ戦術を行ってなんとか耐え忍んでいたアスレス・ジアント連合軍もついには力尽き、ジアント王国はついに陥落した。


 ドルドゲルスは三か国を併呑へいどんしただけでは飽き足らず、さらにアスレス王国や、北方、南方の国へと牙を向けるようだ。そのため我が王国より派遣される部隊は、大陸上陸後はアスレス王国の国境防衛に回されるらしい。


 ――以上が今朝お父様から届いた手紙だ。


「えらいことになっているじゃない……」


 変な名前なのに強すぎでしょドルドゲルス……。これじゃあスローライフどころか本当に世界の危機じゃないの。

 

 お客様の中に勇者、チート持ちの転生者、もしくは軍事知識に明るい転移者の方はいませんか? どうか、どうか私の代わりにハインリッヒをしばいてきてください。経験者優遇。以前世界を救った経験のある方なんて頼もしいです。報酬要相談!


「うわーん! 何エモンでもいいから私にスローライフをちょうだーい!!!」

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