第114話 夕暮れ時の二人
足音が――世界がデッドエンドへと向かう足音が近づいて来ている気がする。でも勇者の知り合いはいないし、誰にも相談できない。神のお告げを聞きましたとか言えば、私の扱いはいよいよ聖女よ。さもなくば電波ちゃんだわ。
「こんにちはレイナ」
「あら、ディラン殿下。ごきげんよう」
エイミーとリオは部活へと足早に駆けて行った講義終わり。さて夕食までの時間はどうするものかと悩んでいたら、ディランから話しかけられた。
「レイナ、今日は珍しくおひとりですか?」
「ええ。そういう殿下こそ今日はルークとご一緒ではないんですね?」
「ルークはまだ別の講義を受けていますよ。レイナ、よろしければ少しお話ししませんか?」
「よろこんで殿下。……でも、場所を変えましょうか」
さっきから周囲の生徒の好奇心満々な視線がすごいわ。片や学院一の有名人で女子人気も高い爽やか笑顔の第二王子、片や図らずとも女子カーストの頂点に一年生の頃より君臨する紅蓮の公爵令嬢。
みんなでいる時は逆にそうでもないのだけれど、二人でいるとただの世間話をしているだけでも何かのトップ会談が行われているように注目されてしまうわ。
「そ、そうですね。気づかずに申し訳ありません。さあ、こちらに」
そう言ってディランが自然に差し出した手を、私はつい握ってしまった。
まずいわ。これを見た子たちにあらぬ誤解を受けたらどうしましょう――と思った時にはもう遅く、ディランは私の手を引いて歩きだした。
☆☆☆☆☆
「さあ、このあたりなら他に人もいないでしょう」
私たちがやって来たのは人気のないベンチの近くだ。
人気のない場所。イケメン王子と二人きり。
前にもこんなことがあった。あれはそう、私のお誕生日の時にバルコニーへと呼び出された時だった。あの時と違うのは、いま私の右手がディランにしっかりと握られていることだ。汗。緊張で手汗をかいてないかしら!?
「あの……、手を……」
「ああっ、ごめんなさい。つい……」
「い、いえ。嫌なんかじゃないんです。エスコート、ありがとうございます。でもあらぬ噂を立てられるとディランが困るんじゃ……」
ただでさえ噂が大好きな十代の男女が集う学院生活。大きな話題の一つは、誰が誰を好きだの誰それが告白しただのといったゴシップトークだ。
その対象の中でもとりわけ注目度の高いディランが手を握って歩く。これだけで一月は騒がれるようなネタよね。デッドエンドを避けたい私としては、こういったゴシップの対象にはなるべくなりたくないのだけれど……。
「噂、ですか……。僕たちの噂を知っていますか?」
「いいえ、存じ上げませんわ。僕たちということは私とディラン殿下の噂でしょうか?」
なんだろう。私が媚びを売っているみたいな罵詈雑言かしら?
まあお友達たちは誰もそんなの信じないから構わないけど。
「はい。僕とレイナがお似合いだという噂ですよ」
「お似合い……?」
「ええ、もしカップルとしたらということです。第二王子と公爵家令嬢、身分的には何も問題ありませんね」
……はい? はいぃぃぃ――――――!?
あわあわあわ。お、恐れていたことが起こっているじゃないの!
アリシアが誰のルートに進んでいるか判断不能の今、こんな地獄への片道切符になりそうな噂を流すんじゃないわよ。これもしアリシアがディランルートなら、私が恋路を邪魔した感じに世界が収束してデッドエンドの可能性あるじゃない!?
いえ、もちろんそんな事にはならないとアリシアとディランを信じているんですけれどね。念には念を入れませんと。
「そ、そんな、恐れ多いですわ……」
「嫌ですか?」
「嫌だなんてそんな。ただ、私じゃディランとは釣り合わないかと……」
ぬわー! なんかどう答えても地雷踏み抜く気がしてくる。今の状況なら〈シャッテンパンター〉を十機くらい相手にする方がまだましよ!
「確かに、釣り合わないかもしれませんね……」
「ディラン?」
「ああ、誤解なく。僕の方がレイナと、という意味です。紅蓮の公爵令嬢と称される今のレイナの活躍だと、僕じゃ隣に並ぶには力不足かもしれません……」
ディランはそうつぶやくと、少し寂しそうに遠くを見つめた。
私は彼の悩みを知っている。表情から察しが付くという意味じゃなくて、前世でプレイしたマギキンの知識からだ。
ディランは何でもできるけど、そのどれもが一番にはなることができないというのを自分でわかっている。そして第二王子としての自分がお兄さんのスペアであるということも。
言うなれば永遠のナンバーツー、ミスター二番手だ。マギキンだと、アリシアという最愛の人を見つけてそういったことに囚われない生き方を見つけるんだけれど、イベントがうまく進んでないからか一番にこだわっているみたいね。
「ディラン!」
「レイナ……?」
ディランの手を、今度は私の方から両手で包み込むように握りしめる。そして真っすぐにディランと向き合う。ウヒヒ、やっぱりこうまじまじと見ると顔がお綺麗ね。
「ディランあなたは空虚な人間なんかじゃありません!」
「何を……」
「ディランはテストの総合点で毎回一位じゃないですか!」
「それはただ苦手な事がないだけで、得意というわけでも……」
「ディランは下級生からの人気も一番です!」
「それは王子ですから知名度があるだけで……」
「風魔法、特に雷系統の魔法の操作は私やルークを凌ぎます。ディランが一番です。めんどくさいことを言い出したときのルークの扱いもディランが一番です。魔導機で飛行するときの制御もディランが一番です。お馬さんの扱いもディランが一番です。いつだったか遠乗りに行ったとき、白馬が似合い過ぎてビックリしちゃいました。それも一番です。それに――」
「それに……?」
「ディランは私のお料理を一番美味しそうに食べてくれます。昔からずっと一番です」
私が作ったお料理もデザートも、ディランは何でも美味しそうに食べてくれる。そして絶対にどう美味しかったか感想を言ってくれるのだ。作る側の人間としてこれほど嬉しいことはないわ。
「レイナ……」
ディランの空いているもう片方の手が、私の肩をつかむ。
時刻はもう夕暮れ時、人気のないベンチ、照れか夕日か赤く染まる二人。
少し、ほんの少しずつ私とディランの距離が縮まっていく。
(あわあわあわあわ、ナニコレどういう状況なの!?)
いやこの男と女がこの状況、もしかして……もしかするの!?
ダメよディラン、あなたにはアリシアとのルートが待っているんだから!?
(いや、え? ここでグイっと引き寄せちゃうー!?)
眼前に迫るディランの綺麗なお顔。正直雰囲気にのまれつつある私。
嫌かって? 嫌じゃないわよ全然。
マギキンだとディランを最初に攻略したし、夢が実現している感あるわよめちゃくちゃ。
ええいっ、ままよ! デッドエンドなんてどうにかなるわ!
ここはもう覚悟を決めて目を
「こんにちは、レイナ様!」
「うっ、ひゃあああああああああああ!!! うわああああ……ア、アリシア?」
ベンチの後ろからひょこっと顔を出したのは、本来のメインヒロインことアリシアだった。
「こんにちはレイナ様、それにディラン殿下も。お邪魔しちゃいましたか?」
「ううん、アリシア。全然大丈夫なんだから。全く問題ないわよオホホ」
あ、危ない……!
これって一歩間違ったらアリシアに目撃されて、ディランを取り合う修羅場ルート突入してた!?
こわっ! やっぱり一寸先はデッドエンドだわ。
「さあもう夕暮れですし、帰りましょうか。……ディラン?」
「え、ええ、そうですね」
私の呼びかけに、それまでフリーズしていたディランはやっと再起動したようだ。本当に私が想像していたことをディランがしようとしたかはわからない。というかデッドエンドが怖くて聞けない。気のせい、私の気のせいよね、オホホ。
「レイナ」
「何ですか?」
「ありがとう。最後のは最高の誉め言葉でした」
「ウヒヒ、そうですか。それなら良かったですわ」
ニッコリとほほ笑んだディランは、やっぱり最高に爽やか王子様だ。
「えー、なんですかお二人とも?」
「何でもないわよアリシア、オホホ」
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