第100話 お嬢様はドリルな女
前書き
祝100話。今回冒頭のみルーノウ公爵視点です。
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今頃我が娘ルシアが、エンゼリアで人質を取り固めている頃であろう。王国全土では、
窓から見える王都では、幾本かの煙が昇っている。
配下の者達が首尾よく任務を遂行しているのだろう。
計画は着々と進行している。もうじき我輩の元へ王宮制圧、王都中の主要建物の制圧の報が舞い込んでくるだろう。
さすれば王宮へと赴き、我が時代を宣言するだけでよい。
我輩が歓喜に昂る感情を声に出そうとしたその時、ドアをノックする音が鳴った。
「入れ」
予想より早いが、別に早くて困るということはない。すぐにでも吉報を耳にしたい気分だが、配下の手前みっともない真似はできない。はやる気持ちを抑え、我輩はゆっくりと振り返る。
「やあ、ごきげんようルーノウ公爵」
「貴様、レンドーン! どうしてここにいる!?」
振り返るとそこにいたのは戦勝を知らせる伝令などではなく、多くの騎士を引き連れた憎きレンドーン公爵だった。なぜこやつがここにいる……?
「私がここにいるということは、あなたの反乱は失敗したということですよ」
「馬鹿な! だが各地では我が派閥
「あなたが考えているより各地の諸侯は動いていないと思いますよ。だいぶ政治的に切り崩させて頂いたので」
「……な……んだと……?」
「それにエンゼリアで暗躍されているあなたの娘さんですが、それは私の可愛いレイナが防いでくれていると思います。つまりあなたは終わりです、ルーノウ公爵」
崩されたのか、我輩の計画が。全て……、この男に。そう思い至った時、全身から力が抜け膝をついた。
☆☆☆☆☆
巨人はゆっくりと立ち上がり再び私たちを睨む。この山みたいに大きい敵に作戦が通用するかは不安だけれど、今はディランを信じるだけよ。
「レイナ、ルーク、三方向から仕掛けますよ! 全機飛翔。回避を優先して、魔力の流れがわかったら伝えてください!」
「了解、ディラン!」
「わかりましたわ、ディラン!」
ディランは私たちに指示を出しながら、巨人に一撃をお見舞いするべく動き出した。専用機の〈ストームロビン〉はその緑色の機体をまとった雷で輝かせながら、一陣の風のように果敢に突撃を敢行する。その手に握る雷の剣は、鎌のように形を変えていた。
「私も……!」
怖い。さっき踏みつぶされそうになった事を思い出すと怖くてたまらない。けれどここを突破されて私の大好きな全てをぐちゃぐちゃにされる方がもっと怖いわ。私は腰から〈フレイムピアース〉を引き抜くと、その刀身に炎を宿らせる。
「《炎熱斬》とりゃー! ――おっと危ない」
斬撃を入れつつ巨人の攻撃をすんでの所で避ける。
冷や汗が落ちる。この質量差、直撃を食らったら終わりね。
回避した私と入れ替わるように、今度はルークが前に出る。
「現れろ《氷の刃》! 接触点が多ければ良いんだろう? 食らいやがれ!」
ルークの剣〈アヴァランチブレイド〉は鞭のようにもなる。そしてその刀身はルークの魔法によって作り出された氷。つまり刀身の数も操作可能だ。それをルークは私を狙って振り下ろされた巨人の左腕に巻き付けた。
「――! 《氷弾》!」
ルークは何かに気がついた様に一発だけ、でも鋭く刺さる《氷弾》を撃ち込んだ。
「ここだ! ここが奴の左腕の魔力の収束点だ!」
一発で当てるなんてさすがルークね。火力なら任せてちょうだい!
「わかりましたわ! 収束《大火球》!」
普段の吹き飛ばす《大火球》とは違う。魔力を凝縮させ、一筋のビームと化してルークの示した一点を狙う。激しい衝撃波をともなう閃光が走り、一筋の穴を穿った。
「今ですディラン!」
「お任せください! 《雷霆剣》!」
〈ストームロビン〉は急加速で接近し、ディランお得意の《雷霆剣》を放つ。今の〈ロアオブサンダー〉の形は大剣だ。邪悪な魔力を断たれた巨人の左腕が、易々と切り落とされた。
「まずは一本!」
☆☆☆☆☆
「最後、右足貰いましたわ! 《炎熱斬》!」
よし、これで四肢は切り離したわ!
とてつもない巨大さだった邪悪な魔力によって造られた巨人は、その四肢を失い触手でのたうち回るだけとなった。これはこれでおぞましい姿ですわね……。
「ディラン、次はどうすればいいんですか?」
「次は……」
私の質問にディランは答えを言い淀んだ。けれども覚悟を決めたように続きを語り始めた。
「魔力の流れる四肢は破壊しました。これであの巨人の魔力総量はだいぶ減少したはずです。であれば最後は魔力の発生源たる中心を討つ。それでこの巨人は倒せるはずです」
魔力の発生源を討つ。それはつまり発生源たるオプスクーリタースを、それを持つルシアごと撃ち抜くということ。
「ルシアは……助かるのでしょうか?」
「ルシア嬢を助けることはできないでしょうね」
思い出せばルークルートのレイナは、グッドでもバッドでも死亡していた。つまりこれは邪悪な魔法に手を出した者の行きつく運命。でも、それは何だか私が死ぬ姿を見せられるようで。
「……ディラン、ルーク、私はルシアを助ける方向でこの巨人を倒したいのですが」
「おいおい正気か? こいつの自業自得だろう。それにお前はルーノウと仲悪かったじゃねえか」
「それはそうですけれど……」
なぜルシアを助けたいか。それはたぶん今の私はレイナだから、レイナの役割で死んでいくルシアの死の運命を変えることで、私の最終的な運命を変えることができると確信したいのかもしれない。それに邪神の使い云々の詳細を聞かないといけない。
「レイナ、何か方法を思いついたのですか?」
……方法。マギキンでのレイナと今のルシアで大きく違う点が一つある。レイナは生身で邪悪な魔法の中心となったのに対し、ルシアは〈シャッテンパンター〉に乗った状態で邪悪な魔法の中心となった。
もしかしたら……、もしかしたらだけど、あの巨人から操縦席ごとルシアとオプスクーリタースを引き抜くことができれば、ルシアは助かる……?
「ディラン、可能性ならあります。私に任せてください」
「わかりました。良いですね、ルーク?」
「しょうがねえなあ。レイナ、お前が危ないと思ったら俺は迷わず中心を撃ち抜くぞ」
「ありがとう二人とも、援護をお願いします」
「わかりました。行きますよルーク!」
「おう!」
二人は巨人の気を引くために攻撃を仕掛けていく。巨人は触手を伸ばしたりビームを飛ばしたりして反撃する。私は遠巻きに飛翔し、全体を確認する。
「ルシアがいるのは……あそこね」
巨人の左胸、人間で言えば心臓の位置に淀んだ魔力を感じるわ。きっとあそこね。
操縦席を抜き出す魔法……貫くというよりはくり抜くかしら? クッキーの型抜きみたいに。けれど表面の装甲を削るために、最初は物理的に貫く感じで……。
「よし。《旋風》!」
私は考えがまとまり、風属性魔法の《旋風》を発動させる。収束、収束、収束。より鋭く硬く魔力を収束させる。形はそう、私の髪の毛のような立派なドリルよ。
「悪役令嬢を以て悪役令嬢を助ける! 行くわよー!」
〈ブレイズホーク〉を加速させて、一直線に中心点へと突っ込む。触手が邪魔をしてくるけれど、火魔法を発動させ炎の旋風となった〈ブレイズホーク〉は止められない。
「ひっさーつ!」
風のドリルが装甲をえぐり、中の〈シャッテンパンター〉が現れる。私は風のドリルから水魔法に切り替え、水流カッターの要領で切り出し、地魔法で操縦席を確保した。
「《正直助けたくない
最後の一瞬、火魔法で炎を噴射してとどめとばかりに勢いをつける。大丈夫。〈ブレイズホーク〉の両手にはきっちり操縦席が確保されている。
「大丈夫ですか、レイナ?」
「問題ありませんわ。巨人は?」
「見てください、自壊していきます」
魔力の中心点を引き抜いたからだろう。巨人の残骸はその自重に耐え切れなくなり、轟音を立て自壊していった。
「……操縦席を開けますよ?」
「いつでもどうぞ」
ディランとルークは何が起こってもいいように、魔法の準備をしている。私は〈フレイムピアース〉を構えると、慎重にこじ開ける。
「――! 本が!」
開けた瞬間、漆黒の本が飛び出す。
何!? 本が逃げる気!?
「逃がしはしません! 《雷の弓》!」
オプスクーリタースはどこかへと飛び出そうとしたけれど、〈ストームロビン〉の〈ロアオブサンダー〉が弓の形状となって撃ち抜いた。雷に打たれた本は燃え去り消えた。
「そうだ、ルシア!」
私はあわてて操縦席の中のルシアを確認する。ルシアは意識がないようだが、目立った
「ルシア嬢は生きているみたいですね。すぐに捕縛して治療を――うわっ!」
「――くそっ! 何だコイツ!」
突然。そう、何の前触れもなく
形状を言えば紫色の〈シャッテンパンター〉だ。でも一瞬前までこんな機体どこにもいなかった。一体どこから現れたの?
「――! 待ちなさい!」
紫色の〈シャッテンパンター〉は、ルシアを乱雑に掴むと飛翔した。せっかく苦労して助け出したのに、連れさらわせるもんですか!
「戦闘をこなした後とは言え、逃げられると思わない事ね!」
私にはまだ魔力が残っている。それにディランの〈ストームロビン〉はとんでもない加速力を持っているわ。絶対捕まえることが――あれ?
「……消えた?」
ルシアを掴んで逃げていた紫色の魔導機は、私たちの目の前からこつぜんと姿を消した。
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