第99話 疾風迅雷ストームロビン

前書き

今回はディラン視点です

――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「レイナ、大丈夫ですか?」

「ディラン……! ええ無事ですわ。ところでその魔導機は?」

「この機体は〈ストームロビン〉。レイナの〈ブレイズホーク〉と同じくエイミー謹製ですよ」


 僕の力となって彼女を助くは、嵐の名を冠するエメラルドグリーンの魔導機。そう、これがこの国とレイナを護るための僕のつるぎだ。



 ☆☆☆☆☆



 話は数か月前にさかのぼる――。

 〈ブリザードホーク〉のお披露目から数日、僕は王都でエイミーと会っていた。


「エイミー、ルークの〈ブリザードホーク〉が完成した今、ついに僕の機体をお願いできますよね」

「それは……その……」

「どうしたのですか、歯切れの悪い」


 待ちに待ったのだ。ルークには後れをとったが、これでやっと僕の専用機が手に入る。そうすればレイナと肩を並べて戦い、彼女を護ることができるはずだ。


 昨今、謎の仮面の集団の襲撃や、企みを抱く貴族など不穏な要素が多い。一刻も早く民や愛する女性を護るのに相応の剣が欲しいという気持ちは、決してわがままではないだろう。


「エイミーが次に造るのは、僕の専用機ということになっているのだよ殿下」

「パトリック……! 一体どういうことですか?」

「そのままの意味さ。アデル家は新型魔導機の開発に尽力している。その対価というわけさ」


 なるほど。アデル家が協力しているのは冬休み前に聞き及んでいる。有力武門の後継者たるパトリックが新型魔導機を手に入れたがるのも当然だろう。だが、自分とて手に入れなければならぬ理由がある。


「パトリック、譲ってはもらえませんか……?」

「おやおやディラン殿下、大人しく順番を待たれてはいかがかな?」


 順番を譲ってもらわねば今年度の学年末までには完成すまい。ウィンフィールドに探らせている不審な男の件。僕の直感がそれまでには必要だと言っている。


「このパトリックとて専用魔導機を楽しみにしているんだよ?」

「そこを曲げて譲ってほしいと言っているのです」

「……どうしてもかい?」

「……どうしてもです」


 いかに王子である僕の願いとは言え、パトリックは了承しないだろう。僕が逆の立場ならそうだ。ならばどうするか。


「パトリック、君に決闘を申し込みます。もちろん魔導機の開発優先順位をかけてです」

「失礼だがディラン、僕が受けるメリットは? 僕が勝つと何が手に入るんだい?」


 当然の質問だ。パトリックは別に決闘をしなくても開発してもらえる権利を持っているのだ。ならば覚悟を見せる必要がある。物のように扱うのは不本意だが仕方ない。


「僕が負けたら……、レイナから身を引きます。今後一切レイナに求婚しないことを誓います」


 ここで負けるのならレイナを護るのなんて到底不可能だ。ならば潔く身を引くという選択肢しかない。


 パトリックは少し驚いたような表情をした後、しばらく瞳をつむり、またゆっくりと瞳をあけてにこやかに喋りだした。


「どうやら君の覚悟は本気の様だ。わかった、優先順位を譲ってさしあげよう」

「本当ですか!?」

「君が譲ってほしいと言ったんだろう。本当だよ。エイミー、ではそういうことで」

「パトリック様がよろしいのでしたら」

「ありがとうございますパトリック!」

「礼を言われることではないけどね。これは取引さ。貸しだよ、ディラン」



 ☆☆☆☆☆



「おおよそ片付きましたか。後は外のルシア嬢たちをレイナとルークが上手く取り押さえれば」


 危惧していた通り、不穏貴族の反乱は現実のものとなった。王都や各地の要衝も守らねばならぬ為に割ける戦力は少ないが、このエンゼリアと周辺地域にも可能な限りの戦力と魔導機を動員した。


 そのおかげでパーティー会場に押し寄せたルーノウ派閥の私兵は取り押さえることができたし、周辺地域の反乱魔導機もつつがなく処理されていると聞いている。しかしレイナ達の戦闘は続いているのか、先ほどから地鳴りのような音が響いてはパーティー会場を揺らす。


「殿下、大変です!」

「どうしたのですかエイミー?」


 エイミーはレイナの指示で魔導機を準備し、通信をもってそのフォローをしていたはずだ。その彼女が慌てて駆け込んできた。


「て、敵の魔導機が何かとんでもなく巨大化して! それでレイナ様たちがピンチなんです!」


 なんですって!?

 だとすると先ほどから聞こえる地鳴りのような音は、その敵の巨大魔導機か。


「エイミー、君が駆け込んできたということは、〈ストームロビン〉を出せるという意味で間違いないかい?」

「……はい! 同じ風属性の得意な私が調整させていただきました。最終調整はできていないぶっつけですが、殿下ならやれます!」


 まったく言ってくれる。王族とはきっとその国で一番期待を背負わされた一族が成れるのだろう。そして僕は生まれてこの方だ。


「ディラン、ここはおまかせを」

「お願いするよパトリック。……それも貸しかい?」

「ええ。でもレイナをお救いしていただければチャラですよ」

「心得ました。任せてください!」



 ☆☆☆☆☆



「――くっ!」


 格納庫から出撃し、思いっきり機体を跳躍させた僕を待っていたのは、凄まじいまでの加速の衝撃だ。僕の得意属性は風。飛行魔法の力を最大限まで発揮することができる。


「なあに、暴れ馬なら乗り慣れている!」


 この〈ストームロビン〉という魔導機、なかなかのじゃじゃ馬だ。僕は今まで乗ってきた多くの暴れ馬を思い出しながら、ギュッとグリップを握りしめると飛行を安定させる。


「レイナたちは……あそこか!」


 目的はすぐに見つけることができた。なにせ巨大すぎるほど巨大な標的だ。そして伝承の巨人を思わせるその巨大な敵は、今まさに愛する女性の機体を踏みつけようとしていた。


「レイナああああああ――――――――――――――!!!」


 魔力を操作して風の流れを作り、驚異的な加速力を得る。凄まじい衝撃に、このまま機体ごと吹き飛んでしまうかもしれないような不安を一瞬抱くが、目の前の危機を考えれば些細な事だ。


「《烈風弾》!」


 巨人の足と〈ブレイズホーク〉の間に割って入り、魔法を叩き込む。ただ風を発生させるだけではない、風の刃で切り裂くでもない。風を固めた一撃を放つことによって、鉄よりも重い衝撃を叩き込む。


 ――ドーン!


 バランスを崩した巨人は不格好にも仰向けに倒れこむ。

 僕は振り返り、愛する人の名前を呼んだ。


「レイナ、大丈夫ですか?」



 ☆☆☆☆☆



「さあ、立て直しますよ!」

「でもディラン、あいつにはまるで魔法が効かなくて……」

「やりようはあるはずです」


 ざっと話を聞くと、この巨人はルシア嬢が禁断の魔導書によって巨大化した魔導機らしい。体格では不利、不意をついて吹き飛ばすことはできたが魔法でのダメージは期待できない。ならばどうするか……。


「ルーク、巨人退治の絵本は覚えていますか?」


 僕は記憶を探ってあるひとつの話を思い出す。それは僕もルークも好きでよく読んでもらった話。


「あれだろ、三兄弟のやつだろ」

「そう、それです」


 話の内容はあるところに暮らしていた騎士の三兄弟が、暴虐を振るう巨人を討伐しに行くというありふれたものだ。その話の中で三人の騎士は巧みにかく乱し、巨人の手をもぎ足をもぎ、ついには巨人を打ち倒してしまう。


「巨大ならヒットアンドアウェイで細切れにしましょう。かく乱し、切りつけるのです。そうすることで脆い部分がわかるはず」


 あんな巨大な物、物理的に考えて自立しているのはおかしい。ならばそれを成り立たせているのは邪悪な魔力。攻撃の中で各部の魔力の流れを掴みその収束点を討つ。


「レイナ、というわけで接近戦を挑み、敵の四肢にダメージを与えようと思います。よろしいですか?」

「なるほど……、だるま落としですわね」

「ダルマオトシ……?」

「オホホ、なんでもありませんわ。作戦、了解しました」

「では、抜刀!」


 僕は腰から剣〈ロアオブサンダー〉を引き抜く。だが刀身は無く、長い柄のみだ。しかしこれでいい。


「轟け! 《いかずちつるぎ》!」


 〈ロアオブサンダー〉は魔法の雷をまとうことによってその真価を発揮する。この武器は剣だけではなく、斧、槍、はたまた弓など自在に変化する。長さも全て自由自在だ。全てが得意な“万能の天才”である僕だから扱える武器だ。


「さあ、巨人退治といきましょうか!」

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