第95話 クラリスの人生は進む
前書き
今回はクラリス視点です
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「それじゃあクラリス、後はよろしくね」
「かしこまりました、お嬢様」
私――クラリスは、レイナ・レンドーン公爵令嬢様にお仕えするメイドだ。お嬢様は間のぬけたところもあるが、“紅蓮の公爵令嬢”とも称される程の魔法の才能を持ち、多くのご友人に恵まれる人望の持ち主だ。
そんなお嬢様には戦いがつきまとう。今にして思えばパトリック様との決闘あたりで負けておけば、ここまで厄介ごとを抱え込むこともなかったのではないでしょうか?
もっとも、そんなことにお嬢様は気がついておられない。
お嬢様は
先日も旦那様からお手紙が届いて以来、難しい顔をなされている。手紙の内容は存じ上げませんが、きっと何か乗り越えなければいけない壁がお嬢様にできたのだろう。
そんなお嬢様ももう十七歳。私が出会った七歳のころより、肉体的にも精神的にも随分成長なされた。私個人としても、妹のようなお嬢様の成長に感涙を禁じ得ない。
私が十七歳の時は……もうすでにお嬢様のメイドをしていた。お嬢様の人が変わったようになられて一年がたったころだ。
――つまり、私は自分が十三の時からお嬢様にお仕えしている。
私とお嬢様の運命の出会いは以前お話ししました。私のことなんて取るに足りないことでしょうが、いつ頃どうして私がレンドーン家にお仕えするようになったかをお話しておきたいと思います。
☆☆☆☆☆
私の生まれはこのグッドウィン王国のさる商家だったらしい。
命からがら私を抱いて逃げ出した使用人の献身によって命をつないだ私は、その使用人が命尽きる直前にさる孤児院――聖プーホルス孤児院へと預けられた。その頃より私の記憶は始まる。
日々の六柱の神々への祈り、奉仕作業、そして勉学。孤児院で私はすくすくと育った。生前商売で成功を収めた両親の才能を受け継いでいたのだろうか、私は多くの分野において非凡な才能を発揮していった。
そして私が七歳――
「やあ初めまして。私はレスター・レンドーン。国王陛下より公爵位を賜っている」
「初めましてレンドーン公爵様、私はクラリスと申します」
「よろしくクラリス。実は私には昨年娘が生まれてね。優秀だと噂を聞く君に将来娘の側付きをしてほしいんだ」
「……私がですか?」
「ああ君だよ。頑張ってくれるならもちろん好待遇を約束しよう」
レンドーン公爵の条件には、孤児院への多額の寄付も含まれていた。私はお世話になった孤児院に恩を返すべく二つ返事で了承した。なにより貴族のお嬢様に仕える生活に、物語のような憧れを描いていたからだ。
☆☆☆☆☆
レンドーン家にお仕えしてから最初の二年間、私は家事と共により高度な勉学を教え込まれた。公爵令嬢様にお仕えする者は、知識と教養を兼ね備えねばならない。
そして孤児院での生活では不思議な事くらいに流していたのだが、私には魔法の才能を持つ者特有の兆候があった。
そこで私は通常よりも早い九歳で魔力の検査を受けさせられ、豊富な魔力を生まれつき持っているというお墨付きをもらうこととなった。そこからはとんとん拍子だ。旦那様は私に魔法の教育も受けさせた。
一年間みっちり魔法を叩き込まれた私は、エンゼリアからは数段劣るがそれでも名門と呼ばれるにふさわしいセレナール魔法学園に、
当初は夢見ていた学園生活も、現実はそれほど愉快なものではなかった。
周りに比べて大幅に年齢が低く、しかし学業ではトップクラスの成績を収め、なおかつ感情表現がへたくそで愛想の悪い私は、見事”生意気なクソガキ”の称号を贈られ周囲から悪い意味で浮いていた。
私としても、学園生活より先に見た目や年齢よりも仕事ができるかで判断される大人の世界を味わっていたため、周囲の嫉妬心をくだらないものだと判断し、歩み寄ろうとはしなかった。
けれどそんな“生意気なクソガキ”にも親切にしてくれた数人の年上の同級生の助けもあって、大きな問題を起こすことはなかった。
三年後、私は無事に首席として卒業し、レンドーン家のお屋敷へと帰って来た。
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屋敷に戻ってからの一年間、側付きメイドとして指導を受けた私は、いよいよレイナお嬢様にお仕えすることになった。それからの事はご存じの通りだ。
「クラリス、レイナは大丈夫かい?」
「ええ旦那様。お嬢様は健康です」
「そういう意味ではなくて……、もしレイナの側付きが辛いようなら遠慮なく申し出てくれ。他家への推薦状も書こう」
この時期、他の側付きメイドや行儀見習いがバッタバッタと辞めていく中で、さすがにレイナ様の難ある性格をお認めになったのか、旦那様は私に何度か転職の案内をなされてきた。
「心配ご無用です旦那様、私は今の職務に満足しています」
レイナ様はわがままお嬢様の極地だが、仕事をこなすことができれば機嫌を損ねることはない。むしろ私を孤児院の出だと軽んじる者達が辞めていったおかげで、私にとっては大変働きやすい職場だった。
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ご存じのように、レイナお嬢様は十歳のお誕生日を境にして、文字通り人が変わったようになられた。
それまでのわがままは鳴りを潜め、それに代わるように貴族のお嬢様としては多少……いえ、かなり毛色の違う振舞いをなされるようになった。まあ貴族の子弟としての義務は果たされているので、私にとっては問題ないが。
「ねえ、クラリスは結婚しないの?」
年頃の娘となったお嬢様からは、しきりに恋愛に関する質問を受けるようになった。旦那様からも「良い縁談を紹介させてもらうよ」と何度か案内を受けたことがある。
私はおおよそ人とは違う人生を歩んできたから、恋愛というものがわからない。
学園に通っていた頃は周りの男性とは年が離れていたし、本格的にレンドーン家に仕えるようになってからは何度かその……言い寄られるようなこともあったが、全部お断りしている。
私には恋愛というものがよくわからない。そういうものに憧れを抱かず――抱けずに人生を歩んできてしまった。
ただ孤児として育った私だが、家族と言うのは少しだけわかる気がする。レイナ様を始め旦那様や奥様の信頼を勝ち取り、執事長のギャリソン殿やメイド長を始めとする使用人達と信頼関係を築いた今、レンドーン家が私の帰属場所だと思える。
実家ではないけれど、お嬢様が学院に入学される直前にお休みをいただいた時は、私は以前自分がいた聖プーホルス孤児院へと顔を出した。
「まあクラリス、元気そうね」
「はい、元気にすごしています」
「うふふ、あなた変わったわね。良い方向に。良い出会いがあったかしら?」
お嬢様と出会ったのは良い出会いだと思う。孤児院のシスターが言うところの“神様のお導き”とまで言ってもいいかもしれない。恋愛はわからないが、今はただ妹の様なレイナ様を見守ることができればそれでいい。
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というわけで、今の私はピッチピチの二十三歳だ。
ピッチピチの二十三歳だから婚期は逃していないし、お給金で買った可愛いお洋服だって着れちゃう。お嬢様にはそろそろキツイとか言われた、おちゃめなポーズだってしても問題ないのだ。だってピッチピチの二十三歳ですからね。
「やあクラリスさんこんにちは。何かの用事ですか?」
「こんにちはシモンズ教諭。はい、お嬢様から頼まれた用事の帰りです」
シリウス・シモンズ教諭はお嬢様の事を良く見てくださるいい先生だ。以前は王都の警備隊におられましたし、年は私と同じくらいでしょうか?
「ちょうど良かった。食事にでも誘おうと思っていたんです」
――お食事?
お嬢様と食事をしながら個別に面談をするということでしょうか?
最近戦闘もこなしたし、個別のケアが必要だと感じられたのかもしれません。良い先生ですね。
「わかりました、面談ということですね。お嬢様にはしかとお伝えいたします。それでは」
「ちょ、ちょっと待ってください。そうではないんです!」
「そうではない? ならどういうことでしょうか。未婚とはいえお嬢様を個人的にお誘いになるのは……」
「そうでもありません。俺がお食事に誘ったのは貴女です、クラリスさん」
――私?
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