第85話 絵の行方、本の行方

 起こってしまったイレギュラーな形でのクライマックスイベント。


 レイナの代役として、悪役令嬢Aことアレクサンドラが事を起こしたのはまだわかるわ。けれども時期が全然違う。今はまだルート分岐も前の時期、本来のクライマックスから一年以上も前だ。


 一つ起こったということは、他の三つも起こる可能性があるということ。ここで私は前世でのマギキンプレイの記憶から、各ルートのクライマックスを思い出す。


 悪役令嬢レイナはどのルートでもまんべんなく嫌がらせをしてくるけれど、各ルートで最後は違うわ。


・ディランルート

 アリシアへの嫉妬心を募らせたレイナは、卒業パーティーで凶行に及ぶ。


・ルークルート

 アリシアの魔法の才能を羨んだレイナは、禁断の魔導書から邪悪な力を手に入れて暴走する。


・ライナスルート

 卒業パーティーに飾られるライナス作の絵のモデルが、アリシアなのが気に食わないレイナは放火事件を起こそうとする。偶然目撃したアリシアを襲う。


・パトリックルート

 アデル家父子の仲違なかたがいを権力拡大のチャンスと目論んだレイナが、私兵を動かしてパトリックとアリシアを襲う。


 うーん。あらためて考えてもマギキンのレイナは、悪役として獅子奮迅ししふんじんの活躍ね。傷害、放火、権力の乱用、おまけに邪悪な魔法とより取り見取りの悪事の数々。


 いろいろ考えたんだけれど、運命の収束による私への危険ともちろんアリシアの危険も考えた結果、これらの事件を防ぐ方向で考えるわ。


 四つのクライマックスの中で、ディランルートの事件は防いだと考えていいわね。

 となると残りは三つ。でもパトリックとアデル侯爵の仲は変わらず良好みたいだし、パトリックルートは起こらないと考えていいかしら?


 となると残る二つのルートでのキーアイテム、ライナスが描いたアリシアの絵と、禁断の魔導書の所在を確かめるべきだわ。アリシアの絵が描かれるまではライナスルートのクライマックスは起こりえないと思うし、禁断の魔導書が悪役令嬢四天王の手に渡らなければルークルートは起こりえないということよ。


 思い立ったが吉日。さっそく調べましょう!



 ☆☆☆☆☆



「ライナス、ライナスー!」

「そんなに慌ててどうしたんだ、レイナ?」


 美術室に行くとライナスは直ぐに見つかった。息を切らして美術室に飛び込んだ私を、他の部員と共に驚いた顔で見返す。


「ライナス! 今描いているその絵の題材は何なの?」

「か、簡単な人物のデッサンだが……」

「人物!? 一体誰を? まさかアリシア!?」

「い、いや……」


 ライナスは私の勢いに少し引いた様に首を振ると、美術室の中央を指さす。そこにはデッサンのモデルであろう椅子に座った女子生徒が、小道具である本を手に持ち困ったような表情を浮かべていた。


 良かった。まだ描いてないみたいね。

 でもライナスに確認しておくことがあるわ。


「ライナス、アリシアの肖像画を描きましたか? 描く予定はありますか?」

「アリシア? いや、描いたことないし、とりわけ描く予定もないが」

「本当に? サプライズとかもなくて? 秘密にしていないですか?」

「本当の本当だ。オレはレイナに嘘はつかない。どうしたんだ一体……?」


 なら一先ず安心、でしょうか? イベントが全部前倒しされているわけじゃないのね。そう思ったところで落ち着いて周りを見てみる。


「ライナス、アリシアの絵を描く時が来たら必ず教えてくださいね。それと……」


 思わぬ闖入者ちんにゅうしゃにギョッとした顔の美術部員の皆さん。そうよね、わりと知名度のある私が突然入ってきたらビックリしちゃうわよね。


「……大変お騒がせいたしました」



 ☆☆☆☆☆



 焦り過ぎてちょっとマナーが欠けていたのは反省点ですけれど、何はともあれライナスルートの進行状況を把握できましたわ。これで残るはルークルートのみ。


 ルークルートのクライマックスに関わるアイテムである魔導書は、このエンゼリアのどこかにあったと原作でレイナが語っていたはずだ。けれどそれが学院のどこにあるのか。その描写がなかったのでわからない。


 マギキンは恋愛ゲーム。そんな謎の魔導書の描写はとりわけ重要視して描かれないのだ。あくまで恋愛が主軸と言うことね。


 まあ本と言うくらいだし、とりあえず図書館で聞いてみましょう。このエンゼリアにはいくつも図書室があるけれど、蔵書の一覧とその本がどこにあるのかは中央図書館で教えてもらえるのだ。


「すみませーん、ちょっとお尋ねしたいのですけど。よろしいかしら?」

「はい。……あっ! レンドーン様!」

「あなたは……たしかペドロージアンさん! そうペネロペ・ペドロージアンさんだったわね、お料理研究会のアイスケーキパーティーにも来てくれた。お久しぶりね」


 カウンターにいたのは、蝶々の髪飾りが可愛らしい女の子ペネロペ・ペドロージアンさんだ。ひょんな事から出会った子で、以前アイスケーキパーティーに招待したことがある。


 偶然にもサリアやアリシアと同じ寮で知り合いらしく、たしか文芸部の所属と聞いていたけれど、まさかこのタイミングで再会するとはね。


「はい、お久しぶりです! それでレンドーン様、本日は何のご用件でしょうか?」

「ちょっと探している本があるのよ」

「その本の題名はわかりますか?」

「ええっと確か……“オプスクーリタース”だったかしら……?」


 我ながらよく、こんなゲーム中のちょっとした小道具の名称を覚えていたと感心する。聞きなれない言語だけれど、たしか意味は影とか闇とかそんなところだったはずだわ。


「調べてみます、少しお待ちください」


 彼女はそう言っていったん裏へと行くと、分厚い辞典のような本を持って帰って来た。立派な装丁のその本は年月を感じさせる黒い表紙で、題名のところに金の刺繍で“目録”と書かれていた。


「これはエンゼリアの図書館に収められている本が全て書かれた目録なんです。目録よ、“オプスクーリタース“を《検索けんさく》せよ!」


 ペドロージアンさんが呪文を唱えると、分厚い目録はひとりでにパラパラとページがめくられ始めた。

 すごくファンタジックな光景だわ。まさに魔法。


「文芸部員は図書館のお手伝いもするので特別に使える魔法なんです。あ、もう調べ終わるみたいです」


 ペドロージアンさんの言った通り、パラパラめくられていた本はあるページでピタリと止まった。早速開いたページに指を走らせる彼女を、私は見守る。


「えーっと、オプスクーリタース、オプス……あっ、ありました!」

「本当!? で、どこ、どこにあるの!?」


 狙い通り本は見つかったみたいね。後は場所を教えてもらってその本を私が借りて封印するか、なんなら買い取って処分してもいい。レンドーン公爵家経由で危険な本だとアピールするのもいいでしょうね。


「所蔵場所はと、――これはっ!?」

「どうしたの?」


 ペドロージアンさんが突然驚くような声を上げたので、私も彼女の指さすところを覗き見る。


 所蔵場所“      


 そこはただの空欄で、何も記されてはいなかった。他の本には“中央図書館生物の棚の二”だとか“西の塔の図書館歴史の棚の十”だとか書いてあるのに、オプスクーリタースの所蔵欄は何も書かれていない。


「何これ……。書き忘れかしら?」

「いいえ、レンドーン様。書き忘れではありません」

「じゃあ一体どこに?」

「目録を見ていると、たまにこうやって所蔵場所が空欄になっている本があるんです。それはエンゼリアに所蔵してあるのに所蔵していない本」


 所蔵してあるのに所蔵していない?

 謎かけかな?


「いわゆる禁書きんしょです」

「禁書……!」

「はい。それらに書かれているのは倫理を超えた外道の魔法や失われてしまった歴史、読むだけで死の呪いがかかる本もあると言われています」


 ファンタジーはファンタジーでもダークファンタジーな本ですわね。まあ私が探している本も邪悪な魔法が記されているわけだし納得だ。


 それらいわく付きの本を、この国最高の魔法学校であるエンゼリアに集めて封印しているってことね。でもマギキンのレイナが使用している以上、それが合法な手段か非合法な手段かはともかく、持ち出す事が可能なはず。ちゃんと無事かどうか確かめたいわ。


「その禁書の本があるという場所は?」

「大きな危険を伴うので秘密にされています」


 まあ、でしょうね。

 私のどうしても探したいという意思が伝わったのか、ペドロージアンさんは「レンドーン様なら悪用はしないから」と前置きをして話し出した。


「噂ですけれど、北の塔の図書館の隠し部屋にあると言われています。でもですよ……」

「北の塔ね。わかったわ、ありがとう」

「い、いえ。レンドーン様、それと……」

「わかっているわ。絶対に悪用しない、約束するわ」


 ルークルートのクライマックスは、アリシアや学院に多大な危険が迫るわ。ちゃんと無事かどうか確認しないとね。そして可能なら封印、もしくは処分する。


 か。なら……夜ね!

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