第86話 真夜中のミッション

「それじゃあクラリス、そろそろ休んでいいわよ」

「もう……ですか? いつもより早いのでは?」

「たまにはいいのよ。いつもお仕事で疲れているでしょ」

「まだお休みが明けて数日ですが……。それではお休みなさいませ、お嬢様」

「はーい、お休みなさいクラリス」


 クラリスが退室し使用人用の部屋へと向かったのを確認してから、私は今宵の計画をもう一度確認する。禁書庫だと推定される北の塔の図書館――その隠し部屋へと侵入し、禁書の中からオプスクーリタースを発見。他の人間の手に落ちる前に奪取する。実にシンプルなミッションだ。


 クラリスの協力を得ようとも考えた。けれど過保護なクラリスの事だ。夜の学校に侵入するのをきっと反対するだろうし、なにより禁書に指定されるような危ない書物を入手したい理由を説明できないわ。まさか前世の話をするわけにもいけないし……。


「さあ、ミッションスタートよ!」



 ☆☆☆☆☆



 エンゼリア王立魔法学院は、特段の事情がない限り夜間の外出を認めてはいない。私が住んでいる寮はまだしも、他の寮では消灯時間も決められているわ。


 そして当然、夜間の校舎への侵入も認められてはいない。

 罰則を破った者には厳しいペナルティが課せられる。


「ウヒヒ、侵入成功ね」


 今回私は、校舎へと侵入するのに別段魔法を使ったわけではない。お料理研究会の関係で何度か話をしたことのあるキッチンメイドの協力を得て、調理場出入り口の合い鍵を入手した。その子には提出期限の遅れた課題をこっそり提出したいからと言って、いくらかもしてある。


 もろ犯罪な気もするけれどしかたないっと。禁断の魔導書であるオプスクーリタースをどうにかする方が重要ですからね。


「さてと、まずは見つからないように北の塔ね。それにしても夜の学院は不気味だわ……」


 前世でも薄暗くなった学校は怖かったけれど、かつての古城の一部を再利用したエンゼリアはその倍じゃ聞かないほど大きいし、歴史もある。


 時はすでに深夜。窓から差し込んでくる月明かりに照らされて、並べてある甲冑なんて今にも動き出しそうだ。


 怖い怖いアンド怖い。

 守衛さんに気をつけて、さっさと目的地へと向かいましょうかね。



 ☆☆☆☆☆



「よし到着と。次は隠し部屋の捜索ね」


 魔法で物音をだしたりして上手く守衛さんを撒いた私は、特に危ない目に遭うことなく北の塔の図書室へと到着していた。案外すんなりいくものね。


 ペドロージアンさんの噂を信じてここにあると仮定しても、ここからはノーヒントだ。それほど時間はかけられないわ。なるべく急いで見つけないと。


「それにしても広いわ……」


 北の塔の図書室は思っていたよりも広かった。もちろん中央図書館よりかは小さいけれど、この空間を闇雲に探すだけではが明けてしまう。


 隠し部屋が本当にあるとして、その扉を開ける方法は二つのうちどちらかのはずだわ。


 一つ目は物理的な方法。

 特定の本を動かす仕掛けだったり、普通に鍵があるパターン。


 二つ目は魔法的な方法。

 何らかの魔法を唱えることによって扉が開くパターン。


 知っての通りマギキンでのレイナは、魔力が雀の涙ほどしかない。つまり彼女が誰の協力を得ることもなく扉を開いたと仮定するのなら、魔法的な方法はないはず。

 

 図書館で主に使われているのは本を移動させたり、《検索》だったりの風属性の魔法。一方レイナが原作で使ったのは、得意気に放ったしょぼい《火球》がせいぜい。とてもじゃないけれど無理でしょうね。


「となると鍵、もしくは仕掛けがある。もしくはその両方ね」


 私はもう一度図書館を見渡してみる。この広い図書室は、塔の広さびっちりと使われている。つまりこの階に隠し部屋が存在するわけではない。くるっと本棚が回る回転扉なんて無理だ。となると、隠し部屋があるのは上か下の階。


 階段が出てくるなり梯子が降りてくるなりかしら? 

 ぱっと見てみてこの図書館で昇降に使えそうなのは、背の高い本棚に備えられたレール移動式の梯子くらいだ。


「下は確か……、薬学の教室だったわね。となると上かしら?」


 前世が文系だった私にとっては鬼門となる授業の一つ、薬学はこの図書室のちょうど下の階の教室で行われている。つまり下の階も選択肢から外れる。


 考えなさい、レイナ。マギキンでのレイナはたどり着いた、それなら私にもたどり着けるはずよ。原作のレイナが見そうな本は――。


「――そうだ! 初心者向けの魔法書!」


 直感的にそう感じた私は、初心者向けの魔法書の棚へと向かう。そしてあった。棚の中でも飛びぬけて古そうな本が。塔が建てられた時から一緒に存在しているのなら、仕掛けも古いはずよね。


「“新たな道の開き方”……? たぶんこれだわ」


 私はその本を手に取ってパラパラとめくる。その中のあるページが目に留まった。ここに隠し部屋があると知らなければ、意味不明な内容に見えるページだ。


 次に探すのは書見台。そして見つけた、本と同じ紋章の施された書見台を。私はその書見台に“新たな道の開き方”を置き、書かれてある合言葉を唱える。たぶんこの文章で間違いない。


「《道よ、我が前に開け》」


 合言葉を唱えると、すぐに変化が起こった。移動式の本棚はひとりでに動き、椅子や机、そして書見台が図書室の中を踊る。私は魔力を使ってはいない。つまりこれこそが図書室の仕掛けだ。


「これは、階段……?」


 目の前にできたのは、背の高さの違う本棚によって造られた階段だ。そしてその先には、さっきまでなかった上階への入り口が姿を現している。


「これを昇れって事かしら? それじゃあ不作法ですけれど失礼して」


 本棚の上を土足で踏むことを躊躇ちゅうちょした私は靴を脱ぐと、現れた階段を上り始めた。



 ☆☆☆☆☆



「この中のどこかにオプスクーリタースが……」


 階段を上った先、禁書を所蔵した隠し部屋。そこには通常の図書室と同じように書棚が並んでいる。けれど収められている書物は、どれもおどろおどろしい雰囲気を纏っているわ。


 本の形式も様々だ。普通の本に見える物、いかにも古く怪しそうな物、植物の葉に書かれたであろう物、何かの皮で表紙が造られた物、鎖で厳重に縛られたいる物。


 これ知ってる。適当にひっぱり出したら、封印されていた何とかと戦ったりしなくちゃならない系のトラブルが発生するやつ。


 うかつに触れると恋愛からダークファンタジーにマギキンのジャンルが変わっちゃう。禁書という物に興味を引かれるけれど、目的以外の本には触れないようにしましょうか。


「“深淵なる闇”……“異説ジーン伝”……“黄金の妖精書”……”混沌の時代”……」


 いかにも怪しそうな本がずらりと並んでいる。どうやらある程度ジャンル別に分けられていて、さらに名前順に並んでいるみたいだ。この棚は伝記とか実録本かしら?


「“魔炎草”……“ピュセテル・マクロケパルス”……何これ? “一人分のスープの作り方”?」


 料理本かしら?

 ちょっと興味が湧くけれど、これも禁書なのよね?

 うーん。危ない橋を渡りたくないし、ここはスルーで。


「“失われし秘術”……“魔術による支配”……ここらへんが魔導書のコーナーかしら?」


 探していると、魔導書のコーナーらしき棚を見つけることができた。私はその棚を慎重に見ていく。


「えーっと……オプスクーリタース、オプスクーリタース、オプス――!?」


 ――ない。


 書名順でおそらく“オプスクーリタース”が収められていたであろう場所は、ご丁寧に一冊分の空きスペースができていた。


 ――もうすでに何者かが持ち出した?


 それならマズいわ。ルークルートのクライマックスではレイナが禁断の魔導書の力で大暴れして、エンゼリアに甚大な被害をもたらす。


 いえ、この棚にないだけで他の棚なのかも?

 かすかな希望を胸に残りの書棚を探した私は、結局オプスクーリタースを見つけることができず、すでに何者かが持ち去ったという結論を出さざるを得なかった。

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