第78話 激しく燃え盛る私の心

(どうしたら……!?)


 復路の道のりは半分と少しは来たと思う。学院までの距離はそこまで離れてはいないかしら?

 けれど目の前の強敵の攻撃をかわしながら、この距離を逃げるというのは少し現実的ではないわね。


 前回の戦いから一貫して、〈シャッテンパンター〉は魔法を含む飛び道具を使用してこない。その瞬発力で一気に距離を詰め、その膂力りょりょくでハルバードを振るって敵をほふる。魔法らしい攻撃といったら光の目暗ましくらい。


 私が勝つ可能性があるとするならば、複数の魔法を組み合わせる他ないわね。こちらの手持ちの剣ではあのハルバードには敵わないもの。


「沈みなさい《泥沼》!」


 私は地属性魔法《泥沼》を発動させる。雨が降り地面はかなりぬかるんでいる、《泥沼》の効果も倍増だ。〈シャッテンハンター〉はそれをかわすべく跳躍する。


「予想通りよ! 燃えろ《大火球》!」


 私はその跳躍した瞬間を狙って《大火球》を上空に撃ち込む。だが――、


「――かわされた!? ハルバードで重心を移動して! 来る――」


 避けられるはずが無いと確信した攻撃だったけれど、〈シャッテンパンター〉は空中でハルバードを振るって重心を移動して無理やりかわし、そのままの勢いで私の方へと突っ込んできた。


 ――防御魔法? だめね間に合わないわ。

 ――剣で受け止める? だめねこの威力は止められない。

 ――こちらも魔法で迎え撃つ? それよ!


 私は逡巡の末、魔法での迎撃を選択する。


「必殺《魔法式マジカルミ――きゃああああああああ!」


 その僅かな迷いがいけなかった。


 私が発動しようとした魔法は間に合わず、上空から急速接近した〈シャッテンパンター〉の振るうハルバードの一撃をまともに受ける。魔導機の右腕を持っていかれた。


 戻しのもう一撃はなんとか直撃を避けるけれど、操縦席に近い位置に受けて衝撃が走る。


「くっ! 《風よ吹きすさべ》!」


 私は衝撃で頭がふらりとする中、残った左腕で魔法を放つ。〈シャッテンパンター〉は飛びのいて後ずさり、なんとか距離が開けた。


(まずい、わね……)


 大きすぎるダメージを食らってしまった。

 敵の一撃によって、私の乗る魔導機の右腕は肩から切り飛ばされもう存在しない。


 戻しの一撃で半分めくれたハッチを蹴り飛ばして脱落させ、視界を確保する。

 激しくなってきた冷たい雨が入り込み、私の身体を濡らす。


「……嘘。ここで増援……」


 私の心をさらに絶望へと陥れるように、〈シャッテンパンター〉の後方から八機の〈シュトルム〉が姿を現した。〈シャッテンパンター〉の頭部についている、まるで悪魔の様な一対の角がこちらを睨む。


 終わった。

 性能差は圧倒的だ。

 無理だ。どうやっても勝てない。


 死の運命は今日この日この場所で迎えるんだ。


 これで死ぬのは二度目だわ。

 転生は……さすがに二度目はないでしょうね。


 お父様、お母様、ごめんなさい。もう少し良い子でいたかったです。

 クラリス、心配ばかりかけてごめんなさいね。ちゃんと良い人と結婚するのよ?

 みんな、楽しかったわ。ありがとう……。


『――ナ』


 走馬灯みたいなものかしら?

 大切な友人たちの声が聞こえる気がする。


『――イナ!』


 あんまり痛くないといいなあ。

 実はこれは悪い夢で、前世のお母さんかクラリスが起こしてくれたりして。

 そうかもね。だってマギキンの世界にロボットなんて悪夢以外のなんでもないし。

 だったらいいなあ……。


『レイナ! ご無事ですかレイナ!』


 ――違う、これはディランの声!


「なんとか生きているわ! 私はここよ!」

「助けにきましたよレイナ! 僕のレイナに手を出すなッ、《雷霆剣らいていけん》!」

「援護するぜ! 《氷弾ひょうだん》!」

「その声、ディラン、ルーク!」


 私と敵の間に割って入った二機の魔導機はディランとルークの物だ。助けに来てくれた……!


「僕もいますよ!」

「パトリック!」

「さあ、僕らが時間を稼いでいる間に乗り換えを」

「乗り換え?」

「行けばわかるよ。正直、僕らの機体では〈シャッテンパンター〉に対抗するのは難しいからね。さあ!」


 私はパトリックに促されるまま、ボロボロになった機体を動かして指示されたポイントへと行く。そこには恐らくライナスの魔法で造られたのだろう、土で出来た壁があった。


「レイナ様、よくぞご無事で!」

「アリシア! 来てくれてありがとう、でもどうして?」

「クラリスさんがレイナ様の《火球》を見つけてくれたんです。それで別方向へと行軍に出発する直前だった私たちのところへ走って来られて」


 クラリスはやっぱり頼りになるわ! ありがとう!


「レイナ、オレが《土壁》で時間を稼いでいる間に乗り換えろ」

「ライナス! パトリックといい、さっきから乗り換えろってなんのことなの?」

「エイミーが持ってきているんだ。を……!」

「私とライナス様はコンラッド隊の方々の救助を行います。手に入れてください、レイナ様の新しい力を!」



 ☆☆☆☆☆



 土壁の奥、そこにあったのは――、


「こ、これは……!」

「レイナ様にご用意いたしました」

「ここまで運ぶの大変だったんだよ」

「エイミー、それにリオ!」


 そこにあったのは魔導機だ。

 それも今まで見たことの無いタイプ。


 深紅に彩られた装甲は炎の様に鮮やかで、金色の装飾が施されている。

 濃紺のマントを羽織り、駐機状態で片膝をつくその姿はまるで伝説の騎士だ。


「貴女に相応しい剣をとご準備していました。この国最高の理論と技術力が使われていますわ」

「そして私がなんとか歩かせて運んできた。おかげで魔力はすっからかんさ」


 嘘!? ついに私専用の最先端ロボットまで来ちゃった!?

 いや、いいわよ。誰か他の人が乗ってくれて。


「いえ、私、ありがたいけれどこれを渡されても……」

「レイナ様には力が必要でしょう?」

「力を持つことをビビるなよお嬢。なあに、お嬢なら大丈夫さ」


 ――力が必要……?


 そうか、私には運命を切り開くための力が必要なんだ。

 私はこんなところでバッドエンドを迎えるつもりはない。

 この大好きなマギキンの世界でハッピーエンド、そしてスローライフを歩むのだ。


 その為には死の運命への収束を乗り越えないといけないし、私を狙う世界を歪める者とやらもシバき倒さなければいけないかもしれない。


 そして何より今は私が〈シャッテンパンター〉をどうにかしなきゃ。あいつはコンラッド隊のみんなや、セリーナをひどい目に合わせた。


「レイナ様……いえ、レイナ。私は取り巻きではなく、友人として貴女にこの魔導機〈ブレイズホーク〉を送るわ。貴女に出会ったから私がいる、そしてこれがあるのよ!」

「お嬢……いや、レイナ。あんたぐらいの力があれば後は度胸と根性だよ。決めてきな!」

「ええ! 二人とも!」


 二人の眼差しが私に期待している。

 レイナ・レンドーンはここで終わる女ではないと。


 私もそう思っている。なんて言ったってレイナ・レンドーンは四つのルート全部でアリシアの敵になるバイタリティ溢れた悪役令嬢だからだ。


 だから私は、二人が突き出した拳に自分の拳を突き合わせた。

 二人の想いは――みんなの想いを受け取るために。そしてそれに応えるために。


 こんなの柄じゃないし、ここは熱血な世界じゃない……じゃないのだけれど、私の今の心を表現する時、燃えているという比喩が一番的確だ。私の――レイナ・レンドーンのこころは、何か突き動かすような情動に駆られて激しく燃え盛っている。


 私は駐機状態の〈ブレイズホーク〉へと乗り込む。

 練習機の〈トレーニングイーグル〉と違って高級感ある造りだ。さすがは“紅蓮の公爵令嬢”専用機。バイクのようなシートにまたがり、フットペダルの位置を調整、両側の籠手に手を入れ、操縦桿そうじゅうかんをしっかりと握って魔力を込める。


「うわあ……、魔力ビタビタね……!」


 吸われる魔力の量がまた段違いだ。たぶん出力も段違い。


『聞こえますか、レイナ様?』

「ええ、聞こえるわエイミー」

「操作方法は基本的に変わりません、けれど……」

「けれど?」

「けれど〈ブレイズホーク〉は空を飛べます」

「空を!? 昔見た空飛ぶ魔導機みたいに?」

「ええ、あれの実用版です。魔力の一部を風属性に変換し、飛行を可能にしています。レイナ様はまだ飛行訓練をされていないので、一応あるものとしてくらいで頭に入れておいてください」


 空を飛べるのかー。

 別に前世でセスナ飛ばしていた経験もないから、今回は使いどころないかもね。


「気をつけてください。あの漆黒の機体、以前と動きが前回と段違いですわ」

「やっぱりそうよねえ……」


 今のところあの機体は名前以外謎だ。

 まだ隠された何かがあるのかもしれない。


 さて、黒豹ちゃんのお料理の時間と行きましょうか。

 私、痛い目にあわされたのは結構根に持つタイプなんだから。

 まあ悪役令嬢ですからね。オーホッホッホッ!


「行くわよ〈ブレイズホーク〉! 敵をこんがりと美味しく焼いてやるんだから!」

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