第60話 シリウス先生の過去と今
前書き
今回はシリウス視点です。
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王都での実働魔法部隊から転身し、伝統あるエンゼリア王立魔法学院の教職についてから早数年。
俺――シリウス・シモンズは、“先生”と呼びかけられるのにようやく慣れてきた。
そもそも騎士家の三男という木っ端の身分である俺が、この職につけたのは運によるところが大きいように思う。
もちろん努力や実力でも負けていない気持ちはある。エンゼリアで学生時代を過ごした時より剣も魔法も誰にも負けないように努力をしてきたし、今だって日々の修練を
そんな努力を積み重ね、王都の魔法部隊という花形の職を手に入れた俺にエンゼリアでの教職という意外な転職先を示したのは、学生時代の恩師であるマッドン先生だ。
現役時代は”奇術師”の異名を大陸にまで轟かせたかの大魔導師の言によると、どうやらエンゼリアでは近年、より実戦的な講義へと転換する為の方策がとられているらしかった。
高まる大陸での戦争の機運。近い将来に目指す魔導機の配備。様々な要因が、この国の最高学府であるエンゼリアをただのお坊ちゃんお嬢ちゃん学校にしてはくれないようだ。
そんなわけで教師へと華麗なる
そして今年、レイナ・レンドーンという少女が入学してきた――。
☆☆☆☆☆
いや、厄介だという言い回しはいささか語弊があるし、不敬でもあるか。
今年の新入生の扱いは気をつけなければいけない。それが教員たちの共通認識だった。
第二王子ディラン殿下を筆頭に、扱いの難しい人物が多数入学してくる。
幸い殿下は人格的にも優れており何も心配はない。きっとあらゆる分野で評判通りの才覚を魅せるだろう。であれば、王子だろうと厳しく全力で鍛え上げることが俺の責務だ。
他にも、エンゼリアに強い影響力を持つ宮廷魔導師トラウト公爵家の天才児ルーク。
平民ながらも素晴らしい才能を秘めたアリシア・アップトン。
東部貴族の
他にも絵画の天才ライナス・ラステラや、武門の頭領の息子パトリック・アデルなど、有力者の子息や天才と言うべき人間がゴロゴロしている。
中でも
王国の財務を預かり西部貴族を束ねるレンドーン公爵家の息女にして、
若干十六歳にして数々の伝説を築き上げ、“紅蓮の公爵令嬢”と称され恐れられている。
眉唾やプロパガンダじゃないかと言う者も中にはいるが、俺は恩師であるマッドン先生からその才能が現実であるという事と、噂話のいくつかは真実の側面を含んでいるという事を聞かされていた。
そんなレイナ・レンドーンは俺の受け持つクラスに配された。
偶然ではなく、面倒ごとを押しつけたい老教師陣によるものだろう。
他の教師陣は貴族令嬢特有のプライドの高さや傲慢さを警戒しているようだったが、俺はその点については一切心配していなかった。
なぜなら俺が彼女に出会ったのは、このクラスが初めてではなかったからだ――。
☆☆☆☆☆
――話は十年前に
当時俺は王都の魔法部隊にいたというのは何度も話したことだが、当時の俺は「若いから新しい物でも適応できるだろう」という、ただそれだけのテキトーな理由で魔導機乗りをさせられていた。
自分で評するのも恥ずかしいが、俺はそういった急造魔導機乗りの中では高い技量を示していた。
それに得意属性が風だったから、当時最先端技術であった飛行魔導機の試験が回ってくるのも当然だったと思う。
試験の一環として、王都の祭りで魔導機を飛ばすというデモンストレーションをしていた日のことだった。
なんでも人さらいが出て、貴族令嬢二名を含む多数の子どもが誘拐されたという。
その内の一人が”王国の金庫番”レンドーン公爵が溺愛する一人娘だというから、王都周辺の戦力を総動員して探せというお達しが俺の所にも回ってきた。
技術屋は渋い表情をしていたが、正義感に突き動かされた俺は二つ返事で了承した。
貴族令嬢とかは関係ないが、祭りに乗じて人さらいを行う様な悪党を許してはおけない。
そんな出撃前の俺に、上から一つの注文が入った。
なんでもメイドを乗せて飛べとかいう意味の分からない注文だった。
「こっちは試作機、危険ですよ? 無茶を言わないでください」
「無茶でもなんでも私にはお嬢様を探す責任があるのです!」
「雇い先の主人に義理立てするのは立派だが、さすがにそこまでする必要はないでしょう?」
「義理立てなんかじゃなくて、私がレイナを探したいんです!」
その目に光っていた涙に心を打たれたと言ったら美談だろうか?
少なくともそのメイドが綺麗だったことは覚えている。
そんな事情もあり、俺はメイドを同乗させて夕暮れが近づく空へと飛び立った。
「くそっ! 暗くなってきやがった……!」
空から探すと言っても所詮は目視だ。これは単に無駄なあがきなのではないか?
そんな考えが頭をよぎったその時――。
――ドーン!
と、夜空に巨大な火球が上がった。
「な、なんだあれは!?」
「魔法です! お嬢様の《火球》です!」
あれが初級魔法の《火球》!?
マッドン先生から軽く聞いていたが、なんてバカげた威力だ……!
俺はその目印に導かれて現場へと急行し、無事に人さらい達の捕縛に成功した。
「お嬢様、よくぞご無事で!」
「ごめんなさいクラリス!」
再会を喜ぶ主人とメイドを横目で眺める。
レイナ・レンドーンはまだ十歳だという。魔法の才能はもちろんだが、あの年で取り乱さず、泣きわめかず、救出してもらう為の策を練って実行したというのは驚愕だ。
その後のレイナ・レンドーンの活躍は広く知られるとおりだ。
俺が教職に転じた後に起こった魔導機による王城襲撃事件も、初めて乗った魔導機で解決してしまった。神に愛された存在とはこの子のことだろう。
☆☆☆☆☆
――話は現代に戻る。
そういった事情もあって、俺は彼女の人格的な資質には一切懸念はなかった。
実際学院生活が始まっても最初の内、彼女は特に目立つ行動を起こさなかった。
どちらかというと俺の目下の問題はアリシア・アップトンだった。
いや、彼女が問題なのではない。彼女に嫉妬して嫌がらせをする奴らが問題なのだ。
しかしエンゼリアの伝統では、こうやって明確に嫌がらせを受けていることを把握していても教員は生徒同士の問題に介入できない。
せいぜい気にかけて会話をしてやることくらいしかできないのだ。
そんな時、レイナ・レンドーンはいくつかの事件を起こした。
だがアップトンらから話を聞いてみると、それらは全てアップトンを護るための行動らしかった。
そして遂にレイナ・レンドーンは“お料理研究会”なるものを立ち上げて、アリシア・アップトンを入会させて完全にその庇護下に置いた。
「高位貴族の令嬢が料理?」と疑問に思うが、どうやら彼女は本当に料理をすることが好きなようだ。
俺も彼女の主催するフルーツサンドパーティーとやらに招待された。
迎えに来たのはあの時のメイドだった。
「失礼します。レイナ・レンドーンの使いの者です。我が主は、シモンズ先生を是非お料理研究会の活動に招きたいとのことです」
「わかりました。仕事を片づけ次第行くとお伝え……あなたはあの時の!? どうして学院に?」
「その節は大変お世話になりました。私はレイナ様に仕える人間、学院にお供するのに不思議はありましょうか?」
「ああ、いえ……その通りですね」
「では、用件はお伝えしましたので失礼いたします」
冷たさを感じるような美貌だ。だがあの時見た熱さも心の中には持ち合わせているのだろう。
――興味深い人だな。
そう考えた時、思わず呼び止めていた。
「待ってください!」
「……何か?」
「あの、お名前を教えていただけませんか?」
☆☆☆☆☆
レイナ・レンドーンは不思議な生徒だ。彼女の周りには多くの人が慕い集まる。
破天荒だがカリスマというわけではない。
可愛らしいが絶世の美女というわけでもない。
あえて表現するならその気風だろうか?
彼女の周りに集まる友人たちは、共にいることで穏やかな生活を送っているように見える。
だが貴族の常として、レイナ・レンドーンは幾人かの敵を抱えているようだ。
俺は彼女の問題に介入することはできない。なのでこの言葉を贈った。
「同格の相手には力押しだけでは通用しない、格上過ぎる相手には小技も通用しない」
俺が今日まで生き残ってきた信条だ。
公爵家の御威光は同格には通用しない。
知恵は回るようだが小細工は格上に通用しない。
レイナ・レンドーンは恐らくその人生の中で多くの敵と相対することになるだろう。
“紅蓮の公爵令嬢”の異名をとる彼女なら、きっと生き残ってみせるはずだ。
生徒たちの多くは厳しい貴族社会を戦っていくことになる。もし実戦があるのなら、ノブレスオブリージュの精神で彼ら彼女らは戦いに身を投じる事にもなるだろう。
俺は教師として、彼ら彼女らが生き残っていくための
「そう言えば今日はアイスケーキパーティーとか言っていたな……」
日頃のお礼にと、俺はまた誘われていた。
完成したらまたあのメイド――クラリスさんが呼びに来るらしい。
クラリスさんか……。
……髪をセットしておくか。
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