第53話 お嬢様とパン屋のお嬢さん

「お嬢様、もうすぐアップトン様のご自宅に到着いたしますよ」

「やっとね! もう真面目な話ばかり聞いていたから頭がパンクしそうだわ。パンクよりパン食うってね!」

「お嬢様、粗野そやな言葉遣いは控えられた方が良いかと」


 ……ダジャレを真面目に返されるのは辛いわね。


 ”アップトンのパン工房”。そのまんまな名前のアリシアの実家のパン屋さんは、バットリー子爵領の中心から少しはずれ。古くからの商店が立ち並ぶところにあった。


「さてと、行ってくるわねクラリス。迎えが欲しい時はどうしたらいいの?」

「呼んでいただければ参ります。ご安心を」


 私を降ろした馬車は走り去る。

 こんな往来の真ん中に、あんな大きな馬車が止まっていたら妨げになる。

 エイミーみたいな他の貴族のお屋敷に行ったときは使用人が待機するスペースがあるけれど、ここにはないからどこへ行くんだろう?


 「呼べば来る」とは一体?


 まあいいわ、それよりパンよパン。

 お店の外まで美味しそうな香りが伝わってくるわ。


「こんにちはー! アーリシアちゃーん、あーそびましょー!」

「いらっしゃいませ。……レ、レイナ様!?」


 おお、ナイスびっくり顔!

 サプライズ訪問をした甲斐があったというものだわ。


「お久しぶりアリシア」

「お久しぶりですレイナ様! 表に立派な馬車が止まってもしやと思いましたけれど、まさか本当にレイナ様とは……! まるで夢のようです!」


 喜ぶアリシアも本当に可愛らしいわね。

 前世で言うところの黒塗りの高級車がお店の前に横づけした感じかしら?

 ……冷静に考えると威圧感たっぷりね。


「ウヒヒ、夢のようですは言いすぎよ。でもありがとう、私も会えて嬉しいわ。今日はいっぱいお話しましょう」

「はい! あ、でも私お店のお手伝いが……」


 ああ……、そういうの何も考えないで来ちゃったわ……。

 と不安に思っていたら、お店の奥から壮年の男女が出てきた。


「アリシア、大丈夫だぞ」

「手伝いはいいからお友達のおもてなしをしなさい。店は父さんと二人で大丈夫だから」

「ありがとうお父さん、お母さん!」


 店の奥から出てきたのはアリシアのご両親でしょうね。

 お父様は口数少ないが家族思いの職人肌、お母様は優しく家族を見守る良妻といった感じね。


「ありがとうございます、おじさま、おばさま。そして突然おしかけてしまい申し訳ありません」

「いいんですよ。あなたはレイナ・レンドーン様ですね? アリシアからよく聞いています。娘に良くしていただいてくれてありがとうございます」

「いえいえそんな! 私もアリシアには助けられていますから。それに様なんてつけなくていいです。私は友人として遊びに来たのですから」

「ふふふ。本当にアリシアの言った通りの方なんですね」


 本当に優しそうなお母様だ。

 うーん、この政治的策謀から対極にいる雰囲気。

 思わず前世の子どもの頃が思い浮かんで心の中で涙がでちゃうわ。


「レイナ様、さあ私の部屋に行きましょう」

「ええ。おじさま、おばさま、それではまた後で」



 ☆☆☆☆☆



「ここが私の部屋です。レイナ様のお家のおトイレより狭いかもしれませんね」


 パン屋の裏手の二階。その一室がアリシアの部屋だった。


 前世の私が寝る為だけに帰っていたワンルームと同じくらいの大きさだけれど、言われてみれば今のお家のおトイレより狭いわね。


 アリシアと話していると、いかに今の私がお貴族生活に染まっているか実感するわ……。


「これお土産よ、王都で流行っているお菓子。ご家族で食べてね」

「まあ! ありがとうございます! あっ、今朝焼いたお菓子とパンを持ってきますね!」


 アリシアはそう言うと、バタバタと今来た階段を降りて行ってしまった。


「ここがアリシアの部屋か……」


 マギキンではエンゼリアでの生活が主だから、アリシアの実家の登場回数は少ない。

 でもマギキンというゲームが大好きだった私にはわかる。


 ベッドの横にある小物は七歳の時に買ってもらった物。

 机の上にある本は、貴族社会について少しでも知ろうと勉強するために学院から借りた本。

 そしてベッドの下には……。


 ウヒヒ、久しぶりにゲームの世界を堪能できるわ。


「お待たせしましたレイナ様。……どうしたんですか、笑顔で?」

「な、なんでもないのよ。オホホ」


 女の子の部屋に入ってニヤニヤしているなんて、もし私が男だったら通報物の不審者ね。



 ☆☆☆☆☆



「美味しいーっ!」

「ふふふ、喜んでくれて良かったです」


 久しぶりに食べるアリシア謹製のパンはやっぱり幸せの味だ。

 食べるとこう、胸がポカポカしてくる。


「アリシアの笑顔は本当に華が咲いたようよね~」

「あ、ありがとうございます! 私って魔法の属性も闇だし、暗い子ってよく言われるんですけれど、レイナ様にそう言っていただけて嬉しいです」


 照れたように赤面した笑顔も可愛いわね。

 そりゃマギキンのレイナも嫉妬するわ。


 この世界でも得意属性に絡めて人のキャラクター付けをする雰囲気はある。

 私が火に絡めて苛烈かれつな性格のイメージで語られたり、ルークが得意の氷魔法に絡めてクールな貴公子として語られたりだ。実際はそんなことないのに……。


「私が読んだ本によれば、闇属性を司る神様って結構気さくな方らしいですわよ」

「そうなんですか?」


 私の愛読書「神との対話、その崇拝」の著者サティナ・ウルシェラ女史は、その著書の中でとりわけ闇の神の性格について詳細に記している。


 それによると闇の女神様は、意外に面倒見が良い、動物が好き、早寝早起き、調度品にこだわりがある等々、おおよそ神様っぽくない性格をしていたようだ。


 私の知るおとぼけ女神も特に威厳がある感じじゃないし、神様っていうのはどこもこんなものなんでしょうね。


 なお余談だが、ウルシェラ女史は闇の神を絶賛しているけど光の女神は酷い罵倒をもってこき下ろしている。熱心な闇の神信者だったのかしら?


「ところでレイナ様、私ドレスを借りたままなのですが……」


 アリシアがそう言って大事そうに取り出したのは、月下の舞踏会でアリシアが着ていた黄色いドレスだ。


「アリシアの為に作ったんだから返さなくていいわよ。プレゼントね」

「こ、こんな高価な物受け取れませんレイナ様」

「気にしないでちょうだい。それともデザインが気に入らないのかしら?」

「そんなこと! とっても素敵なデザインです」

「なら、ね」

「……はい、ありがとうございます!」


 うんうん。ドレスは似合う子が着るのが一番いいわ。

 その為に作ってもらったんだし。


「ドレスで思ったのですが、今日はクラリスさんっていらっしゃらないんですか?」

「いいえ、ついてきているけれど。どうかしたの?」

「いえ、待っている間お腹もすくでしょうし、パンで良かったらお持ちしようかと」


 たしかに。クラリスも御者の方も、護衛の皆さんもお腹がすくわよね。

 貴族に染まり過ぎていてその目線がなかったわ。なんというブラック脳。

 レンドーン公爵家はホワイト企業です。さっそく実践しましょう。


「なら呼ぶわね」

「呼ぶ……?」



 ☆☆☆☆☆



「本当に来られるんですか?」


 アリシアが不安そうに聞くけれど、私も実際の所わからない。

 でも呼べと言われたからお外に出て呼ぶだけだ。


「クラリスー!」

「なんでしょうかお嬢様?」

「うわっ!? どこから出てきたのよ!?」


 呼んだ瞬間には後ろに立っていたと感じるレベルね。

 ファンタジー世界のメイドさん恐るべし。


「これ食べて。私はまだアリシアとお話しするから」


 アリシアは同行している使用人の方たち全員にパンを御馳走ごちそうしますと言っていたけれど、隠れてついているマッチョな護衛の方たちを含めたら結構な人数になるので、気持ちだけ受け取ってパンの代金はきちんと支払った。


「ありがとうございますお嬢様、アップトン様」

「い、いえクラリスさん!」

「さんは不要ですアップトン様」


 私も前世の記憶が戻った時は呼び方に苦労したわね~。

 クラリスは丁寧に礼を述べると、スッと消えたかのように去っていった。忍者か何かかな?


「メイドさんって、呼んだら来るんですね……」

「私も初めて知ったわ……」



 ☆☆☆☆☆



 それからしばらく、アリシアと二人でいろんなことを話した。

 学院の事、魔法の事、お料理研究会の事、それから恋の事。


「レイナ様はその……、仲良くされている男性は沢山いらっしゃいますけれど、付き合っている方はいるんですか?」

「いないわよ」

「――! そうなんですね!」


 ディラン達攻略対象キャラは当初の予想に反して、良いお友達になれたと思うわ。

 けれど前世の積み重ねがあるからか、どうしても弟感覚で見てしまうのよね……。

 とくに昔はそうだったわ。


 前世の分プラスで精神年齢が高いから。精神年齢がね。

 大事な事なので二度言いました。今の私の身体はピッチピチの十六歳です。


 けれども最近はみんな成長してドキッとさせられることも多くなった気がする。

 気をつけなきゃデッドエンドよ……!


 しかし、こんな質問をして喜ぶアリシア。

 ウヒヒ、やっぱり攻略対象キャラの中に意中の人がいるのね!

 恋愛(ゲーム)マスターの私にかかれば手に取るようにわかるわ。



 ☆☆☆☆☆



「今日は来ていただいて本当に嬉しかったです。でもパンなら全部差し上げたのに」

「商品なんだからそういうわけにはいかないわ」


 私は両親へのお土産も兼ねて沢山のパンを抱えている。

 なお、こちらも代金は支払わせていただいた。


「じゃあアリシア、お休み明けに学校でね」

「はい! ではレイナ様、お気をつけて」


 夕暮れに染まっていく田舎町。

 アリシアは見えなくなるまで手を振ってくれていた。

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