第52話 お嬢様はメッセンジャーガール
明けて翌日。
私は馬車に揺られてバットリー子爵領へと向かっていた
馬車はもちろん月下の舞踏会でも使用したおニューな私専用の馬車。
そしてお父様に言われた通り、レンドーン家の紋章が揚々と掲げられている。
これは本当にお友達の家に遊びに行くスタイルかと一瞬疑問に思うけれど、今の私は公爵令嬢。貴族の務めは果たさなくちゃいけないわ。
「クラリス、事前に伝えた通り、まずバットリー子爵にお父様の手紙を渡してからアリシアの家へと向かいます」
「かしこまりました、お嬢様」
「ところでバットリー卿は私が来ることをご存じなのかしら? お父様からは直接渡しなさいと言われたけれど、お留守だったらどうしましょう」
「ご存じではないでしょうが、その点はご心配無用です。旦那様は事前にバットリー卿の行動を把握してのことでしょうから」
……そうですか。レンドーン家の情報網は優れものの様ですわね。
道行く皆様、紋章掲げた
私はただお友達のお家に遊びに行っているだけでございます。
☆☆☆☆☆
「こっ、これはレンドーン様!? 本日は当家にどういった御用でしょうか?」
バットリー子爵の屋敷に到着した私を出迎えたのは、慌てて出てきた執事だった。
さすがに貴族家に仕える者。名乗らなくても紋章を見ればどの家の者かは察してくれる。
でもまあ予想外の来客、それも大貴族のレンドーンとなると驚くわよね。
正直、逆の立場じゃなくて良かったわ。
「私はレイナ・レンドーン。父、レスター・レンドーン公爵の正式な代理として参りましたわ。バットリー子爵様にお取次ぎ願います」
「は、はい! すぐに当主にお伝えいたします。お嬢様とおつきの方は、どうぞ中へ。ご案内いたします」
「よろしくお願いするわ」
うん。公爵令嬢としての振舞いはこんなものかしらね?
使用人の方相手にこちらがあまりにへりくだっても、困惑されるだけだしね。
本当は私ももっとフレンドリーな令嬢でいたいのよ。
本当ですわよ?
☆☆☆☆☆
「お待たせいたしました。遠路はるばるご苦労様でございます。私がバットリー家当主、サイラス・バットリーです」
「お目にかかれて光栄ですわ、バットリー卿。私はレイナ・レンドーン。父、レスター・レンドーンの正式な代理として参りました」
バットリー子爵はちょび髭を生やした
年齢はお父様よりも若く、三十代前半といったところかしら?
「レイナ嬢。それで、本日はどういったご用件でしょう?」
「こちらをお受け取りください。父がしたためた親書ですわ」
「なるほど。拝見いたします」
使用人を介して手紙を受け取ったバットリー子爵は、さっそく開封して読み始めた。
少し考えているようではあるけれど、その表情からはポジティブな反応かネガティブな反応かはわからない。
まあ、何が書いてあるかは私も知らないしね。
「大変興味深い内容ですな。しかしレイナ嬢、わざわざのご足労お疲れでしょう? 昼食を用意させますので当家にてお休みください」
「大変嬉しいお誘いですが、私この後用事がありまして。ご厚意だけいただきますわ」
「ほう、ご用事? 差し支えなければ教えていただけますかな?」
お友達の家に遊びに行くついでにお使いを頼まれましたと言っていいのかしら?
うーん、まあ良いわよね。お手紙は渡したから早く切り上げてもらいたいし。
「実は子爵様の御領地に住んでいる子と学院で親しくしておりまして。今日はこれからその子の家に行こうかと」
「ほう、学院ということはエンゼリアですな。もしやその子というのはパン屋の娘のアリシア・アップトンですかな?」
「はい、いかにもアリシアさんですわ。私が主催するお料理研究会にも入っていただいて、随分親しくしておりますの。それに優秀な子ですよね」
「
なるほど。アリシアの学費の一部はバットリー子爵が出しているのね。
グッジョブよ! 私の中の子爵の評価がぐっと上がったわ。
「……
アリシアの事を聞いたバットリー卿は、手紙をもう一度読みなおし始め何やら考え出した。
それほど間を置かず考えがまとまったのか、再び口を開いた。
「レイナ嬢、今から急いで手紙をしたためますゆえ、お父様にお渡し願えますかな?」
「ええ、かまいませんわ」
何かよくわからないけれど、これでやっとアリシアの所に行けるわね!
子爵は言った通りササっと手紙を書き終えると、封蝋をして私に渡した。
「たしかにお預かりいたしました。必ず父に渡しますわ」
「よろしくお願いします。……それと、最後に一つ。私にはまだ小さいですが娘がおります。レイナ嬢のように料理をさせてみるのもいいかと思いました」
「それは素晴らしい事だと思いますわ。もちろんお嬢様がそれを望まれるならですが。それではバットリー卿、ごきげんよう」
ウヒヒ、これは貴族子女の間でお料理ブームきちゃうかしら?
☆☆☆☆☆
「さあ、お使いも終わったし、遊ぶわよ!」
「お疲れさまでしたお嬢様。アップトン様のご自宅にはすぐに着きますよ」
「クラリス、バットリー子爵への対応はあれでよかったのかしら?」
何も知らない私は、ただ手紙を渡してアリシアと仲が良いことを伝えただけだ。
本当にメッセンジャーガール以外の何物でもない。
けれどバットリー子爵は妙に納得した顔だった。
「全て旦那様の予想通りの成果だと思いますよ。いえ、予想以上かもしれません。つまりお嬢様は立派にお勤めを果たしておられます」
「そうなのね、なら良かったわ」
全てお父様の手のひらの上ってわけか。
さすがは生き馬の目を抜く貴族社会で生き残っている男というやつねー。
「でも私はどういうことか全くわからなかったわ。クラリス、あなたはわかる?」
「これは私の
そう前置きをして、クラリスは話してくれた。
今回の一件。前提として南部諸侯の特異さが要因だという。
王国南部は
けれど豊かゆえに貴族に大領地を与えず、中小貴族が
つまりは中心的な貴族が存在しない。
そんな南部諸侯を自派閥に組み込むため、お父様――レスター・レンドーン公爵は手を打った。
「手紙には何が書いてあったの? 勧誘の文句かしら?」
「そのような直接的な文言はないかと。おそらく『私は身分を問わない幅広い登用を考えています』くらいでしょう」
身分を問わない
言うだけならば誰でも言える。
でも実際は爵位によって役職が決まる貴族社会だし、自分が所属する派閥が実権を握っても下級貴族には恩恵が少ないのが世の常だ。
だが、私が現実にアリシアと親しくしているとなると話は違ってくる。
貴族ならばアリシアの学院での苦しい立場は察するでしょう。
それを積極的に保護したのがレンドーン公爵の娘である私ということであり、しかも休暇中に遊びに行くという親密さを示したわけだ。
「平民の出の娘を積極的に自派閥――お料理研究会に勧誘した、ということですね」
「ちょっと待ってよ、お料理研究会は派閥なんかじゃないわ!」
「存じ上げております。しかしバットリー卿は、お嬢様が作られた派閥と捉えているでしょう。大貴族の子女が料理なんて建前と。それに休暇中に平民の家に遊びに行く貴族なんて
レンドーン公爵は現実身分を問わない。
しかも自らの領出身者が図らずとも渡りをつけた。
そうなるとバットリー子爵はこれ幸いとレンドーン派につくというわけだ。
つまり今私が預かっている手紙の内容は派閥参入の返事。
「ということは最後に子爵が言っていた娘に料理をという言葉は?」
「ご息女もレイナお嬢様の派閥に加えてほしいということですね」
なんと。純粋に喜んでいた私に謝ってほしい。
嫌だなあ「子どもに料理をさせる」が貴族社会の
「それだけではございませんよ。今日ここに来るまでにいくつの領を通過しましたか?」
「えーっと……、わからないわ」
「正解は十二です。ルートは旦那様が決められ、いくつかの領を余計に通過するようにされています」
私は今日、目立つ豪奢な私専用の馬車に揺られて、沿道の住人の注目を集めながら十二の領地を通過した。しかもレンドーン家の紋章を掲げてだ。
そんなことがあって数日後に、バットリー子爵がレンドーン派に加わったらどうなるか?
他の通過された諸侯は出遅れたと思うでしょう。そしてわざわざ通過したのは警告だと。
レンドーン家という大貴族が後ろ盾にいれば、それだけで中小貴族どうしの争いでは有利に働く。
水争いや商人との訴訟など、貴族は問題事が絶えないのだ。
「お父様もなかなかですわね……」
「旦那様は王国でも有数の政治家であられますからね」
なんという政治的策謀。
私はただ、お友達の家に遊びに行きたいだけなのに……。
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