第43話 特別なアリシア《後編》
前書き
今回もアリシア視点です
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レイナ・レンドーン様に助けていただいてから、少しの月日が流れた。
あの日以来、直接的な嫌がらせは受けてはいない。
そして気をつかってか、キャニング様とミドルトン様がたびたび声を掛けてくれるようになった。
けれどもレンドーン様とはあの日以来一言も話してはいない。
本当はあの憧れのレンドーン様と少しでもお話したいのだけれど、低い身分の私が気軽に声を掛けてはいけないお方だということも理解しているからだ。
そんなわけで、相変わらず
私はお昼にあまり食堂は利用しない。
結構なお値段がするし、何より敵意の視線を浴びながら独りで食事をするのは辛い。
そこで私は簡単なお弁当を作って、お昼はそれで済ますことにしている。
最近はたまに学院の厨房を借りてパンを焼かせてもらっている。
パンは良い。両親に教えてもらったパン作りは私のちょうどいいストレス発散になっていて、折れそうな私の心を支えてくれている。
今日のお昼はサンドイッチを作った。自分でもなかなかの出来栄えだと思う。
それを人気の無いとある庭園で食べようとした時だった。
「あら、アップトンさぁ~ん。ここで何をしていらっしゃるのぉ~?」
「私は……、食事を……」
目の前に、明らかに敵意を持った表情を持つ令嬢たちがいた。
この前呼び出してきた人たちとはメンバーも感じも違う。
あの時感じたのは怒りだったが、今回は
「まあ見て、貧しい家の出に相応しい家畜の餌を食べていらっしゃいますわ」
「まるで野蛮ね。この品格でラステラ様に言い寄ったというのだから呆れますわ」
豚の餌だなんて。自信あったんだけどな、このサンドイッチ。
でも言い返してはいけない。こういう輩は言い返すとそれを野蛮だとあげつらって、さらに嘲笑ってくる。
「あなた闇属性が得意なんですって?
「だからそんなに暗い性格なのかしら?」
だから何だと言うのだ。罵倒されておいてへらへら笑い顔を見せる方がおかしいだろう。
「まあ! それなら私の魔法をお手本に見せて差し上げますわぁ~。《火きゅ――」
「――っ!?」
そう言って一人の令嬢が、右手を構えた。
まさか――こんな目立つところで魔法で攻撃を!?
もう撃たれる。油断していたから防御も間に合わない。火の魔法だ。きっと火傷じゃすまない。
――助けて。
「《水の壁》よ! あなた達、自分が何をしているのか分かっているの!?」
「その髪型! レイナ・レンドーン……!」
レンドーン様!?
ホワイトナイトがまた来てくれた。この運命としか言いようがないタイミングで!
「これが私の怒りよ! 《火球》!」
そう言って右手を高く掲げるレンドーン様は、烈火のごとくお怒りだ。
もしかして私の為に? なぜ?
いや、これが彼女の――レイナ・レンドーンという稀代の英雄の生き方なのだ。きっとそうだ。
レンドーン様の放った魔法は上空で炸裂し、驚くべき威力を示した。
恐れをなした令嬢たちは我先にと逃げて行った。
「レンドーン様!」
「アップトンさん怪我はないかしら?」
「はい、レンドーン様のおかげで! あの、この前も助けて頂いたし、何かお礼をさせていただけませんか?」
今度こそ何かお礼をしたい。謙虚にもそれを固辞していたレンドーン様だったが、重ねて申し上げると私の作ったサンドイッチをご所望された。
「どう……、ですか?」
「すごく美味しいわアップトンさん。特にパンがふわふわもっちりで、中の具材をしっかり引き立てているわね」
思えば先ほどのやり取りの中でも、「美味しそうなサンドイッチ」と言われていた。
レンドーン様はきっと幼い時から一流の物しかお口に入れてはいないだろう。だからこの発言は社交辞令かもしれない。
けれどこの言葉を聞いた時、私はパン屋の娘としての生まれやこれまで歩んできた人生、そして私の人格を全肯定されたような気がした。
そして私の憧れのレンドーン様は驚く様な誘いを私にしてくれた。
「なら、私が作ろうとしているお料理研究会に入らない?」
☆☆☆☆☆
意外だった。
いや、意外どころの話ではない。
貴族の方はご自分で料理をなされない。そんなもの使用人や専任のコックの仕事だ。
高位貴族の方ならなおさらだ。だからレンドーン様もそうだと思っていた。
だけど驚くべきことに、レンドーン様はお料理されるのが大変好きだと言う。
なんと自ら“お料理研究会”を立ち上げると言うのだ。そしてそのお仲間がトラウト様というのもまた驚きだ。
けれども私を入れてもまだ三人。研究会の設立のはまだあと一人足りない。
そこで私は、ある人物の名前を思い出し提案した。
「寮で私と同部屋で、サリア・サンドバルという名前の子です。サンドバル男爵家の娘さんで、そうですね……普通の子って感じですよ」
私の寮の同室、サリア・サンドバルは上流とのコネを欲している。
レンドーン様が誘えばまず間違いなく二つ返事で了承するという確信があった。
「入ります! 入らせてください!」
果たしてそれは、私の全くの予想通りに事が運んだ。
そしてサンドバルさんは誘った私の事を、“一生の友”と称するくらい感謝してきた。
彼女は今まで別に悪意があったわけではない。学院でつまはじきものにされている私に
そんな私がレンドーン様を連れてきたら、手のひらを反すぐらい自然な事だろう。時間をかければ彼女とも良いお友達になれるかもしれない。
研究会が設立されてレンドーン様は嬉しい。
レンドーン様が嬉しくて私は嬉しい。
同室の子との仲が改善されて私は嬉しい。
うん、
こうしてお料理研究会は設立され、私はレイナ様の事を名前でお呼びする許可を頂いた。
今日は生涯の記念日になるかもしれない。
☆☆☆☆☆
レイナ様の主催するお料理研究会へと入り、レイナ様と一緒に行動することが多くなってから私の学院生活は大きく変わった。
もちろん良い方向へとだ。
美しく色づいたといってもいいかもしれない。
第一に、表立った嫌がらせをあまり受けなくなった。
第二に、サリアちゃんという夕食を一緒に食べる相手ができた。
第三に、エイミーさん、リオさんという授業や生活の相談相手ができた。
これ以外にも数限りない。全部レイナ様のおかげだ。
私は両親から特別な子と言われて育ったけれど、レイナ様のような方こそきっと特別な子と言うべきなのだろう。
そんな幸せを味わっていたある日、私は一人で歩いているところを数人の令嬢に連れて行かれた。
「あなた、最近レンドーンの陰にかくれて調子に乗っているんじゃない?」
以前二回ともまた違った方たちだ。
中心人物は、目の下のクマと暗い緑髪が特徴的だけど、どこかで会ったかさえも私は覚えていない。
「全員がレイナ・レンドーンのいう事を聞くと思ったら大間違いよ」
貴族様にも派閥はいろいろあるのだろう。
彼女たちはレンドーン派閥と無関係、もしくは敵対する貴族ということか。
「あんまり調子に乗っているようだとレンドーンだって痛い目を見るわ。そうね、今度はレンドーンに嫌がらせでもしようかしら――」
「《
「痛っ! いたたたたた……! 何よこれ!?」
私の唱えた魔法によって私の足元から延びた影が、令嬢を縛り上げる。
「あんたこんなことしてただで済むと――」
「ひとつ言っておきます」
今の私は怒りでどうにかなりそうだ。何とか静かな口調になるように気をつける。
「私に嫌がらせをするのは構いません。……しかし、私の敬愛するレイナ様に何かをしたら、私はあなた達を生かしておきませんッ!」
「ひっ! ひいぃぃ! わかったから、わかったから放してちょうだい!」
私は
もう少し強くしたら骨が折れていた。危ない。
令嬢たちが逃げ去ったところで、タイミングよくレイナ様が現れた。
「アリシアったら大丈夫? なにもされなかった?」
「? はい、大丈夫です。きっとレイナ様のおかげだと思います」
レイナ様のご質問に、私は最高の笑顔で答える。
レイナ様に暗かったり怒ったりしている顔を見せるわけにはいかない。
それに実際レイナ様のおかげだと思う。レイナ様の為だと思うと力が湧いてくる。
「そうなの? まあ、それなら良かったわ」
「はい! 良かったですレイナ様」
☆☆☆☆☆
その週末に行われたお料理研究会の最初の活動、フルーツサンドパーティーは盛大な成功を収めた。
私が両親から習った知識と技術で作ったパンを、みんなが美味しいと言って食べてくれる。まさに夢のような体験だった。
レイナ様はこの為にパン窯まで立ててくれて、今後好きな時に使っていいと言ってくださった。なんて器の大きいお方だろう。
「ねえアリシア、今日集まったのはみんな素敵な人たちよね?」
「ええ、もちろんですわ。みんな私たちが作ったお料理を美味しいと言って食べてくれて。私、こんな日が来るとは思いませんでした」
パーティーも終盤に差し掛かったころ、人がいないのを見計らってレイナ様はそんな質問をしてこられた。
「じゃあさ、この中だと誰が一番良いなって思っているの?」
常に周りに人が集まっているレイナ様が、わざわざ内緒話のように質問してきたからなにごとだろうと身構えていた。けれどこの質問なら答えは常に決まっている。
「私はレイナ様を一番お慕いしています」
幼い時からの私の憧れレイナ・レンドーン。
ピンチの時に駆けつけてくれるホワイトナイトのレンドーン様。
そしてお料理研究会の会長レイナ様。
どれも私がお慕いするレイナ様だ。
そんな私の回答に目をパチクリされるお姿も、本当にお美しく気高い。
「さあ、今日の楽しい出来事を糧にして明日からも頑張りましょうか!」
「はい! もう少しで期末試験ですものね。がんばりましょう」
故郷の両親の想いに応える為、そして私の特別なレイナ様について行くためにお勉強も頑張らなくちゃ。
ああ、この偉大なるレイナ様のお側に生涯お仕えしたい。
とりあえずレイナ様の素晴らしさを日々書き留める、
始まりはそう、私がレイナ様のお名前を始めて耳にした日だ――。
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