第42話 特別なアリシア《前編》

 前書き

 今回はアリシア視点です。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――


「アリシアは特別な子よ」


 私――アリシア・アップトンは両親にそう言われて、十分な愛を受けて育った。


 きっとどこの家でも娘は可愛い物でしょうね。

 幼いながらも私はそうやって理解していたし、普通の人間であることに特に不満はなかった。

 平凡なパン屋に生まれた普通の娘。それが私だ。


 そんな私の一つ目の転機は、十歳のことだった。


 お貴族様の家ならともかく、平民の家の子は十歳の年になると村に巡回してくる測定係の魔法使いにみんなまとめて魔力を測ってもらう。


 平民生まれの子なんて、上振うわぶれでもたかが知れている程度の魔力量が大半だ。

 なので、これはルールだから一応測っとくかくらいのものだ。


「素晴らしい魔力ですアリシア・アップトンさん! 並みの貴族よりも上、それどころか今年一番かもしれません!」


 そんな測定係の驚きは、私にとっても予想外な事だった。

 高い魔力の素養がある人間は幼い時からその片鱗へんりんを見せると言うけれど、私はそんなことまるでなかったと思う。


 私の得意属性と診断されたのは闇属性。

 言われてみれば人より夜目が効くような……それだけ?


「やっぱりアリシアは特別な子だったんだわ!」


 魔法の才能は正直どうでもよかったけれど、そうやって両親が喜んでくれた事が私にとって一番の喜びだった。


 平民の娘に素晴らしい魔法の才能宿る。そのニュースは一躍王国中を駆け巡……らなかった。


 私が測定を受けた次の日、が私以上の――それどころか王国の歴史に残るような魔法の才能を示したからだ。


 その少女こそがレイナ・レンドーンだった。



 ☆☆☆☆☆



 才能が有り、破天荒な少女であるレイナ・レンドーンの噂は国中を駆け巡る。


 いわく、自らを誘拐した犯人たちを魔法で吹き飛ばした。

 曰く、魔法の才能がある貴族や武術の才能ある貴族を決闘で打ち負かした。

 曰く、多くの貴族の子弟が気高くも美しい彼女に夢中である。


 どれも本当かはわからない。

 でももし本当なら、まるで物語に出てくるお姫様みたいだ。


 ――いえ、それ以上。“紅蓮の公爵令嬢”と称される彼女は、自らの勇気と才能で襲い来る困難を退けている。守られるだけの物語のお姫様とは違う。


 中でも極めつけは私が十五歳の時に起こった事件だ。

 なんでも王様を害せんと魔導機で襲ってきた賊を、初めて乗った魔導機で撃退したという話だ。


 この話は真実であるという確証がある。

 というのも、式典に出席したご領主様から「救国の乙女の伝説を見た」との話を直接聞いたからだ。


 現実は噂を凌駕りょうがしていた。

 魔導機なんて、田舎者の私は十三歳の時にたまたま演習へと向かう機体を見ただけだ。

 あまりにも巨大な鉄の巨人だった。あれを動かして王様を護るなんて……!


 私はすっかりレイナ・レンドーン様に夢中だった。

 そんな年、私に人生二度目の転機が訪れる。


『アリシア・アップトン殿。上記の者、類稀たぐいまれなる魔法の才能をもって、エンゼリア王立魔法学院への入学を推薦するものとする』


 あの名門、エンゼリア王立魔法学院からの推薦状が届いたのだ。

 もしかしたらと話したことはあったけれど、まさか現実になるとは。


「やったわねアリシア。やっぱりあなたは特別な子よ」

「でもお母さん、お金はどうするの? エンゼリアって学費が高いんでしょう? いくら推薦入学生で補助があるからって、うちには無理なんじゃ……」


 アップトン家は貧乏というわけではないが、とりわけ儲かっているわけではないパン屋だ。

 娘の私から見ても高い学費を工面できるとは思えない。


「心配することは無いよアリシア」

「お父さん?」

「村のみんなが出世頭だって快くお金を貸してくれてね。領主様もお祝いにいくらか出してくれるそうだ。何も心配しなくていいぞ」

「村の皆が!?」

「ああ、そうだ。だから勉強を頑張って立派な人になるんだよ。アリシアならきっとできるさ」

「ありがとう、お父さんお母さん!」


 エンゼリア王立魔法学院は王国の最高峰の魔法学校にして、平民には決して手の届かない羨望せんぼうの的だ。王族の方や高位貴族の方々もお通いになるという。


 きっと毎日がおとぎ話みたいな素敵な生活だろう。

 もしかしたら、あのレイナ・レンドーン様にもお会いできるかもしれない。


 この時の私は、そう単純に夢の世界を思い描いていた。



 ☆☆☆☆☆



 いよいよやってきたエンゼリア入学の日。周りは煌びやかな格好をした貴族の方だらけ。

 お母様がせっかく用意してくれた綺麗なドレスだけれど、やっぱり見劣りしちゃう。


 せめて礼儀だけはきちんとしないと。お父様が頑張ってお金を集めてくれたのに、不作法で退学なっちゃったらどうしようもない。


「この伝統ある学び舎に、入学を許されたことを光栄に思い――」


 なんと今年は第二王子であるディラン殿下もご一緒に入学で、現在入学生代表として挨拶をされている。


 これが本物の王子様。これからこんな高貴な方と一緒に学園生活を送れるなんて、エンゼリアはまさに夢のような所だ。

 

 レイナ・レンドーン様がどこかに座られているかと思って探したけれど、見つけることはできなかった。


「――新入生代表、ディラン・グッドウィン」



 ☆☆☆☆☆



 入学式が終わり各自教室に向かうことになったけれど、田舎者の私はこんな大きな建物にきたことがないからまるで道がわからない。


 途方に暮れていると、一人の優しい方が声を掛けてくれた。


「どうしましたか?」


 なんと先ほど壇上だんじょうで話されていたお方、ディラン殿下だ。

 驚くべきことにディラン殿下も私と同じクラスだという。


 高貴な方は性格まで良いのか。緊張しきりの私を殿下は教室まで連れて行ってくれた。何を話したかはまるで覚えていない。


 緊張していたのと、教室に着いた時にを見た衝撃ですべて忘れてしまった。


 ――なんと教室には、レイナ・レンドーン様がいらっしゃった。


 夢にまで見たお方。まさか同じクラスなんて奇跡が起こるなんて。

 もしかしたら私みたいな平民とお話なんてされないかもしれない。


 けれども、あの憧れのレイナ・レンドーン様をお近くで見ることができるなんてなんて幸運なんだろう。


 そんな事を考えていると、自己紹介の順番が私に回ってきたので慌てて立って話始めた。


「アリシア・アップトンです。平民です。両親は小さなパン屋さんを営んでいます」


 この瞬間、私が夢に描いていたうるわしのエンゼリアの幻想は、全て掻き消えて行った。

 好奇の目線、嫉妬の目線、侮りの目線、そして蔑みの目線。


 もちろん全員ではない。ディラン殿下やレンドーン様とそのお友達からは感じなかったが、明らかに教室の大半から感じた。


 この時にいたってようやく私は、自分がひどく場違いなところ――自分の本来いるべきところとは違うところにいることを実感した。



 ☆☆☆☆☆



 学院での私の生活は順調なものとは言い難かった。


 生徒の多くを占める貴族の方々からは嫉妬や侮蔑の視線を送られ、聞こえるように悪口を言われることも頻繁にある。


 平民出身の子と仲良くしようと考えても、彼ら彼女らの多くは大商人の子。お前とは違うんだと言わんばかりに無視される。


 寮で同室となったサリア・サンドバルさんは男爵家のご令嬢で、敵対的な態度こそとってこないが私に対する態度は気のないものだった。


 どうやら彼女の実家はそれほど裕福ではなく、この学院では格上の貴族とのコネづくりに腐心しているようだ。


 何度か彼女を夕食に誘ったけれど、どれもすげなく断られてしまった。

 きっと平民の私は彼女にとって価値はないんだろう。


 私はこの学院でひとりぼっち。

 そんな私にも偶然の出会いの結果、優しくしてくれる方たちもいた。


 困っていたら手助けをしてくれたディラン王子。

 何故か学院内で行き倒れていたトラウト様。

 隠れて食事をとっていた庭園で出会ったラステラ様。

 明るく話かけてくれたアデル様。

 クラスの連絡事などをちゃんと教えてくれるキャニング様、ミドルトン様。


 彼ら彼女らに私の方から話しかけるなんて恐れ多い。

 でもそうやって優しくしていただけることで、全ての人が私の敵ではないことを教えてくれた。


 けれど、が一部の人たちの反感を助長させてしまった。



 ☆☆☆☆☆



「アップトンさん、ちょっとよろしいかしら?」


 とある日。講義が終わって寮への道を歩いていた夕暮れ時。

 同じクラスの赤髪のご令嬢から、そんな言葉をかけられて連れて行かれた。


 とても友好的とはいえない態度をまとった彼女たちは、私がディラン殿下や他の貴族の殿方へ色目を使い、分不相応ぶんふそうおうな想いを抱いていると非難してきた。

 

 私が彼らに優しくしていただいたのは事実だ。

 けれど色目なんて使ってないし、ましてやそんな想いも抱いてはいない。


「ディラン殿下に色目を使って、身の程を知りなさい!」

「私色目なんて使っていません……」


 誤解を解こうと必死に言い訳をするが、彼女らは聞く耳を持たない。彼女らの怒りのボルテージが最高潮に達する。


 ――その時だった。


「あら? 皆さまごきげんよう。こんなところでどうしましたの?」


 美しくも凛々しいお姿。私のホワイトナイト、憧れのレイナ・レンドーン様その人が立っていた。


 ☆☆☆☆☆



「い、いくらレンドーン様と言えど不遜な発言ではありませんの!?」

「あら、文句がおあり? あなたは私の異名をご存じないようね?」

「ぐ、紅蓮の公爵令嬢……! ヒィッ!」


 突如現れたレイナ・レンドーン様とそのお友達は、私を取り囲んでいた令嬢たちを罵倒し、あっという間に退散させてしまった。格が違うとはこのことだと思った。


「あ、あのレンドーン様。ありがとうございます」


 あのレンドーン様が私を助けてくれた。その事実に感極まった私は心の底からのお礼を言った。


「私は事実を言ったまでよ」


 か、かっこいい!

 これがレイナ・レンドーン様。夢に描いていた通りのお方!


「レンドーン様!」

「まだ何か?」


 お礼。せめてお礼をさせてほしい。

 でも王国でも有数の貴族であるレンドーン様にしてあげられることは私には少ないだろう。


 何か、何かないだろうか。そんな時、憧れの人を前にしてテンパる私の頭の中に、先ほどのやり取りの中のある言葉が思い浮かんだ。


『レイナ様の前では這いつくばって靴を舐めるのがお似合いですわ』


 ――これだ!


「靴をお舐めした方が良いのでしょうか……!」


 その後私は、レンドーン様達からそんなことはしなくていいと必死の説得を受けた。

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