特許侵害せず

@me262

第1話

 ある日突然、地球に巨大な宇宙船が現れた。それは都市ほどの大きさの純白の円盤で、大空に浮かぶ雲のように見えた。一体何が起こったのか、人々が固唾を呑んで見守る中、テレビ、ラジオ、インターネットなどを通じて全世界にメッセージが送られてきた。

「我々は銀河連邦の特許調査委員です。本日は特別な用件で参りました。あなた方は我々の特許を侵害している疑いがあります。今より調査に入りますので邪魔をしないでいただきたい」

 突然のことで何を言っているのか、誰にもわからなかった。国連で緊急の安全保障会議が開かれ、その場で宇宙船に連絡をすることになった。各国連代表たちは特別に全ての周波数を使用して宇宙船へ呼びかけた。

「上空の宇宙船に告ぐ。あなたが何を言っているのか理解できない。特許を侵害しているとはどういうことか?」

 しばらくの間を置いて、宇宙船から返信があった。用意していた巨大スクリーンに端正な顔立ちの、銀色の肌を持つ男が現れた。

「我々は定期的に銀河系内の未開惑星を観察しています。先日偶然にあなた方の惑星を発見しましたが、あなた方が利用している文明の利器は、全て我々が発明し、特許を取得済みのものと同じなのです。これに 対して、本当に特許を侵害しているのか裏付け調査をするのです」

 スクリーンにはコンピューターや原子力発電所、ジェット機や宇宙ロケットの映像が写し出された。それらはどこかで見たような気がするが、細かい部分が微妙に違う。おそらく銀河連邦が発明したものなのだろう。

 宇宙にも特許制度があり、地球の文明がそれを侵害しているだと?当たり前だがそんなことは初めて知った。代表たちは困惑するしかなかった。彼らのうち、一人が恐る恐る質問した。

「調査をすると仰るが、もしも特許を侵害していると判断したらどうなるのですか?」

「その場合は銀河連邦特許保護法に則り、損害賠償が要求されます。過去の判例に従うと、あなた方が使っている全ての利器は使用禁止になり、我々の作った同等の利器と交換になります。それらに対する使用料と、これまでの特許の無断使用料、および罰金が加算されます」

「そ、それは一体どれ位の額になるのですか?」

「私の概算ですが、この星系の全資源と同等になると思います。当然この星も含まれます」

 別の代表が声を荒らげて憤激した。

「ふざけるな、太陽系の全資源だと!我々はどうやって生活していけばいいんだ!大体、こっちは特許侵害なんて知らなかったんだぞ、いきなりやってきて勝手なことを言うな!」

「これだけ発展した文明をお持ちなら、あなた方の星にも特許制度はあるのでしょう。あなた方の星では知らなかったで済まされる話ですか?」

代表たちは押し黙ってしまった。地球にも厳格な特許法があり、たとえ知らずに特許侵害をした者でも決して許されはしないのだ。

「我々は今より調査活動に入ります。我々の船にあるセンサーは、この星を遠距離から精査できますので、あなた方の生活に不都合は生じません。結果が出るまで少々お待ちください。言っておきますが、いかなる抵抗、妨害は無駄です」

 銀色の肌の男はスクリーンから消えた。そして通信は終了した。代表たちは深刻な面持ちで話し合った。

「大変だ。何とかしなければ」

「こんなのは侵略だ!難癖付けて我々の全財産を奪うための口実だ!侵略者と戦うんだ!」

「本気で言っているのか?あの宇宙船を見ればわかるが、あいつらの科学力は地球よりも遥かに高い。どんな攻撃をしても通用しないだろう」

「あの宇宙人は邪魔をするなと言った。下手に攻撃して怒らせたら最悪の事態になるかもしれないぞ」

「結局、このまま見ているしかない。攻撃したい国は勝手にやってくれ。我が国は無関係だからな」

 代表たちは様子を見るしかなかった。

 翌日、宇宙船からメッセージが届いた。調査が終了したという。あまりの早さに各国代表たちは驚くばかりだ。これ程の科学力を持つ相手に攻撃などしなくて良かったと思った。

 昨日と同様、銀色の肌の男がスクリーンに出た。緊張する代表たちに向かって、男は悲しそうに言った。

「残念ながら、あなた方の文明は我々の特許を侵害していないことが判明しました」

地球側の一同は心底胸を撫で下ろした。

「それでは、我々は罰金も何も払わなくていいんだな?」

「残念ながらその通りです」

「一体、どうしてあんたたちの特許を侵害していないんだ?理由を教えてくれ」

「あなた方の文明の利器は、形状や使用されている技術は銀河連邦のものと同一でも、発明の目的が大きく異なるのです。銀河連邦特許法にとって目的は極めて重要です」

 地球の特許法では目的よりも手段を重要視する。同じような文明を築いても、両者には文化の違いが存在し、この場合それが地球の窮地を救うことになったのだ。

「しかし、目的が違うというのはどういうことだ?地球のコンピューターは人間以上の計算力を実現させるために作ったが、あんたたちのコンピューターは違うのか?」

「それは真の目的ではありません。我々のコンピューターは人類社会を効率よく運営するために発明されました。しかし、この星のコンピューターは弾道の計算をするために発明されました。我々は情報を広範に共有するためにインターネットを発明しましたが、あなた方は核攻撃を受けてもコンピューターの機能を維持するためにそれを発明しましたよね」

「た、確かにその通りだが……」

「我々は安価で安定した大電力を得るために原子炉を発明しましたが、あなた方は原爆製造のためにそれを発明しましたよね。空を飛ぶジェット機も、宇宙に行くロケットも、全て兵器のために発明しましたね。その他の大きな発明も、僅かな例外を除いて全て兵器開発が目的です。明らかに我々とは異なる目的で発明されたものに対して、我々は特許を主張しません。銀河の恒久平和を目標とする我々自身を汚すことになりますから」

「では、見逃してくれるんだな」

「その代わり、この星は銀河連邦に加盟できなくなります。今持っている文明を放棄し、銀河連邦への加盟を表明すれば、多額の罰金を抱え、この星系の資源は銀河連邦の共有財産になりますが、その代わり今より進んだ文明と、銀河連邦の庇護が受けられます。銀河連邦の一員になるのですから、この星系の資源の一部も自由にできます。しかし、今後も自分たちで文明を発展させて、星系の全資源を独占したいのならば、加盟を拒否してください。この場で、この星の代表であるあなた方がどちらかを選んでください」

 代表たちはしばらく話し合った後、スクリーン上の銀色の男に言った。

「我々は銀河連邦への加盟をはっきりと拒否する。地球人は独自で文明を発展させて、必ずあなた方と対等の文明を手に入れて見せる。それが自主独立というものだ」

 それを聞いた銀色の男は再度悲しそうな顔をした。

「銀河連邦への加盟を拒否すれば、我々の庇護は受けられないのですよ?規約により私からは非加盟の星に多くを語れません。ですから念のためにもう一度確認します。これが最後です。銀河連邦への加盟を希望しますか?」

 実はこの時、銀色の男の言葉には同情の念が込められていたのだが、目前の危機を回避することしか頭にない代表たちにはそれがわからなかった。

「答えは同じだ。拒否する」

「わかりました。我々はこの星から去ります。新兵器開発を目的とした文明を持つあなた方との接触は銀河連邦の規約として禁じられているので、二度と来ることはないでしょう。我々は去ります。我々は去ります」

 スクリーンから銀色の男は消え、純白の巨大円盤は驚くべき速度で太陽系から遠ざかっていった。

「やったな!これで地球は救われた」

「侵略者を撃退したぞ!」

「なんだか我々の文明を侮辱されたような気分だが、ひとまず危機は脱したな」

「偉そうなことを言っていたが、結局太陽系の資源が欲しかっただけだろう。だからあんなにしつこく銀河連邦に加盟させようとしたんだ」

「しかし、これで太陽系の資源は我々が独占できることが全宇宙に対して保障されたんだ。これでよかったんだ。地球と太陽系の資源は全て我々のものだ」

 国連会議場に大きな歓声が響き渡る。これから祝賀パーティーをやろうという雰囲気になってきた時、会議場に一人のスタッフが現れて、大声で叫んだ。

「大変です!再び巨大な宇宙船が現れました!今度は真っ黒な、棘だらけの円盤です!」

 その言葉を待っていたかのように、スクリーンに全身漆黒で、頭部に角を生やした男が映し出された。

「俺たちは反銀河連邦のものだ。お前たちの文明は俺たちの特許を侵害している。戦車、戦闘機、軍艦、ミサイル、核兵器、全て俺たちが発明済みだ。これに対して損害賠償を要求する。この星を含む星系全惑星の接収ならびに全資源の無制限使用だ。そして、お前たちには十万年の無償奉仕を命ずる。俺達は銀河連邦のように甘くはないぞ。拒否すれば即刻全員処刑する。いかなる抵抗、妨害は無駄だ」

 銀色の男がしつこく加盟を勧めたのはこういうことだったのか……。

 暗澹たる思いでスクリーンを見つめる代表たちは銀色の男の再訪を願ったが、それは永遠に叶えられることはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

特許侵害せず @me262

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ