Track.9-32「ブラボー!」

 孔澤流憧の異世界侵攻を攻略した際に受けた傷や、それからあの異世界の霊銀ミスリルを多分に吸収してしまったことによる急性霊銀ミスリル中毒症の治療のために病院に運ばれた俺たちだったが、一週間もすればそれぞれの日常に戻っていく。


「お世話になりました」


 受付で支払いを済ませた後で頭を下げる。

 そして病院の玄関口を出ると、そこには先に退院していたビジネスパートナーの姿があった。


「あれ、世尉さんどうしたんすか?」

「どうしたも何も見舞いに来たんだけど……もしかして退院?」


 手に提げている紙袋はケーキか何かだろうか。見た感じ、そこそこお値段張っちゃう系なんじゃなかろうか――儲けてる個人事業主はやっぱ違うね。


 世尉さんの運転する車に乗り、事務所兼世尉さんの自宅に移動する。

 その道すがら、これからのことを話し合う。


「世尉さん、その……非常に申し上げにくいんすけど」

「え、何?どうしたどうした?」

「実は……先日、嫁から連絡がありまして」

「え、コゥ君結婚してたの?」

「あ、一応、はい」

「へぇー。あ、分かった、おめでた?」


 俺は首肯する。すると満面の笑みを湛えた世尉さんがハンドルから離した両手をバチンバチンと打ち鳴らし、「ブラボー!」と言い放った。


「おめでとう、コゥ君。つまり、元居た世界に戻らないといけない、ってことか」

「そうなります」


 俺が世尉さんに近付いたのは――孔澤流憧の異世界を攻略し、その決め手となる森瀬芽衣の異術【我が死を彼らに】メイ・モリ・セ【彼らへの死は、我がもの】モリ・セ・メイが複合した異世界【死に至る病】スィグドメン・ティル・トゥーヅェンを孔澤流憧の異世界と対消滅させるためだ。

 そうしなければ俺が真に守りたい、車輪の公国レヴォルテリオのあるあの異世界もいつかは死んでしまう。一度は撃退したものの、あの白い狂人を完全に打倒したってわけでもない。


 だからいつか、俺はまたあの白い狂人あいつと相対し、戦うだろう。

 その時あの白い狂人あいつ【死に至る病】スィグドメン・ティル・トゥーヅェンを使ってくるかどうかは判らない。


 この世界で生まれたものは――違う世界でも生まれる可能性があるってことだ。


 まぁ、それは置いといて。

 そんなわけで、俺が世尉さんに近付いたのは完全に世尉さんを利用するためだった。

 でも、世尉さんがやろうとしている“異世界を生み出す魔女の支援”に惚れ込んだのは本当だ。


 孔澤流憧が消滅した今、俺がこの世界に居座る理由は無い。でも、俺は出来ることなら世尉さんの事業を手伝いたいと本気で思っている。


 その、矢先の――おめでただ。


 苦悩した。でも、帰るべきだ。


「でもそうなると、事業はちょっと待っただね。君クラスの方術士はなかなかいないし……」


 ぶっちゃけ言うとそうでも無い。俺クラスの方術士なんてそれこそこの世界だと魔術学会スコラにはわんさかいるだろう。

 でも世尉さんは彼がやろうとしていることが学会スコラと折り合いが悪いから、出来れば民間の、しかも独立しているフリーランスの魔術士を頼りたいらしい。まぁ、「異世界はまぁどうでもいいけど魔女駆逐するべし!」って気質の学会スコラとは相性悪いよな――常盤さんの例があるから、一概にそう言えないんだけど。


 でも、その条件ならぴったりの逸材がいる。


 座標が不明確な異世界の位置を特定出来て。

 その異世界と接続アクセスすることが出来て。

 尚且つ、単体でも幻獣や異獣、異骸、魔女と、戦うことの出来る逸材。


「いや、世尉さん。それが、いるんだな」

「え?誰?僕知ってる人?」

「ああ、知ってるも何も、つい最近共闘したじゃん」


 そう――“結実の魔術師”スレッドワークス、糸遊愛詩。彼女は方術士では無いけれど、卓越した弦術士というのは方術士に求められることをカバー出来る。


「ああ、彼女か……確かに、彼女が協力してくれるなら、非常に力強いね」

「だろ?懸念点は今現在学生、ってところだけど……」

「まぁ、今すぐに事業を興す、ってわけじゃないからね。顔つなぎやら色々とやらなければいけないこと、回さないといけない根がたくさんあるし」


 ならば、と俺はスマートフォンを取り出し、新宿駅南口異世界攻略孔澤流憧殺しの協力者である糸遊さんに連絡を取り付けようとし――ちょうどのタイミングでかかってきた電話を取る。


「どうした?」

『異世界支援、やりたいです。やります』


 どうやら全て、お通しのようだ。

 ただ、あくまで糸遊さんは高校は普通に卒業し、本格的に事業に協力するのはその後のつもりだ。でも本格的に、ってことは、ちょっとした手伝い程度ならいつでも惜しみなく来るつもりらしい。

 俺も、ここでさよなら、というつもりは無い。ひとまずは生まれてくる子供を迎え入れる準備だったり、レンカのバックアップ体勢を整えなければ。

 うひょー、息子なのか娘なのか。どちらにせよ楽しみだ。


「あ、そうそう――コゥ君」

「はい、何すか?」

「そうなると、クリスマス辺りはここに来ることも難しいかな?チケット、譲ってもらえるらしいけど――」


 RUBYルビのクリスマスライブ。森瀬芽衣がアイドルとしてステージに立つ、デビュー戦。


「ぐお、それは見に行きたい……いやでもスケジュール的には厳しいかなぁ。あ、でも」

「おっと、秘策発見?」


 糸遊さんに先ず人間大の人形を弦創してもらい、その人形を自律移動出来るようにしてもらい、そしてその人形の視覚と聴覚を俺に接続アクセスする。そうすることで、俺は自分とこの世界にいながら、クリスマスライブを視聴することが出来るという寸法だ。

 やってることが若干違法チックだけど、まぁ何とかなるだろう。


 全く――楽しみが多いってのは本当、堪らないね。



 そして事務所についた俺たちは、改めて今後の事業についてを話し合う。

 世尉さん的には現在の個人事業というスタイルから、事業そのものを法人化――つまり企業化するつもりらしい。それなら、その企業名が必要だ。


「こういうセンスは全く無いんだよね」


 たはは、と苦笑いしながら世尉さんが出してきたメモには、およそ目も当てられないようなダサいネーミングが犇めいていた。うん、これはアイデアを出してあげなければ相当ヤバい。

 そして二人でうんうんと唸っている時だ。咄嗟に、そのアイデアが浮かんできたのは。


「世尉さん、例えばこういうのはどうだ?」


 俺はホワイトボードと化している部屋の壁に、ボードマーカーを走らせる。



 Cryptids 幻獣 

 Living-deads 異骸 

 Adapteds 異獣 

 Witches 魔女 

 Must-be それらは 

 Absolutely 絶対に 

 Right 正しく 

 Known 知られるべきだ 



CLAWMARKクローマーク……面白い響きだね」

「魔女を支援することで俺たちが実際にはその異世界の“黒幕”だ、っつってね」

「ははは、成程!よし、これで行こうじゃないか」

「気に入ってもらえて、何よりっすよ。じゃあ世尉さんが、代表取締役社長か」

「コゥ君副社長とかになっちゃう?」

「いや、俺は現場にほいほい出て行く感じがいいっすね。やっぱ最前線でひた走るっていう方が、性に合ってるんで」



 未来は明るい。でもふとしたきっかけとか、誰かの思惑でその明るさも消えてしまいそうになることだってある。

 いいぜ、やってやるよ。何度だってその度に、笑い飛ばしながらぶち壊してやる。


 そうだ。

 笑えりゃ楽しいだろ。笑えりゃ勝ちだろ。

 だから俺は人生を楽しむし、楽しめる、笑える未来を創っていく。

 

 そのために守るべき者を守り、討ち倒すべき者を討ち倒す。

 諦めることはしない。だって、俺はずっと笑っていたいんだから。


 大切だって思える人たちと、大切だって思える世界で、ずっと――――




 Epilogue;コーニィド・キィル・アンディーク―――――――out.

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