Track.9-30「色恋より、魔術の方が楽しいから」

 新宿駅南口の異世界侵攻。

 それを攻略した私たちは――真界へと帰還した直後、病院に運び込まれた。


 私たちは皆――ちょっとした急性の霊銀ミスリル中毒症の症状が出ていて、でもそれが霊銀ミスリル汚染にまで至らなかったのは、あのコーニィドさんという方が異世界に設置してくれた霊銀ミスリルを浄化し循環させてくれた機械のおかげだ。


 あの機械がもしも無かったなら、私たちはきっと帰還する前に全員が異獣化アダプタイズしていたんじゃ無いだろうか――こんな“たられば”は、考えるだけ無駄だけど。でも、感謝の気持ちを忘れないように。


「大丈夫?」

「うん……ありがとう」


 私よりも背の低い兄。どちらかと言うと兄の方が大丈夫か、と訊ねたくなる理由は、つい最近まで兄は入院していたからだ。

 原因は――一言では、説明できない。順を追って話すなら、まずは私の家の事情からだろう。


 私、鹿取カトリココロは、アステカの魔術士を起源ルーツに持つ鹿取家という魔術士の一族に生まれ、兄同様に黒曜石オブシディアンを主媒介とする宝術ラピスマンシーを学んできた。

 普通、魔術士の一族というのは一子相伝が基本で、でも私みたいな妹が魔術の道に入るのは、大抵嫡子に才能が無いか、嫡子以外に才能があったかのどちらかだ。

 ちなみに、私の場合はその両方だった。


 でも兄はそのことを恥じて、どうにか自分の魔術を認めてもらえるように色々と試し、そして最終的には常盤総合医院という病院で研究されていた“人工的に魔術士を創る”方式に自らを検体として差し出した。


 その際に埋め込まれた霊珠オーブが暴走し、鷲の獣となった兄を救ったのは、親友である安芸茜さんで。

 茜さんの“無”を司る異術で霊珠オーブを打ち抜かれた兄はしばらく意識を取り戻さなかった。

 でも5月に意識を取り戻して、7月に退院し、夏休みの明けた9月から学校にも復学している。


 複数の奇跡が同時に舞い降り、埋め込まれた霊珠オーブは粉々になったけれど兄の霊基配列は無事で、兄はまだ魔術士として鹿取を継ぐことを諦めていない。でももう二度と、危ない真似はしないことを誓ってもらった。

 そして私とは真逆の魔術に対する姿勢が評価されて、今は父が主導で厳しい訓練を課されている。正直あれはどうかと思ったけど、父曰く「病み上がりだから手心は加えている」とのことだ。嘘でしょ、って思った。


 でも。

 兄は、前より随分と活き活きしている。


 私が魔術を嫌いになったのは、兄の頑張りが認められなかったからだ。

 私なんかよりもずっと、あんなに頑張っている人の奮闘が認められなくて、ただ才能だけがあってそれに胡坐あぐらを掻くことが出来た私が鹿取を継ぐなんて、絶対に嫌だった。だから、魔術を嫌いになって、普通の女の子を目指した。

 結局それはどっちつかずの中途半端になってしまったけれど――でも今なら、私も兄とともに魔術士を目指してもいいと思える。


 そんな私は今、密かに狙っているものがある。

 あの異界侵攻の際に一緒に攻略することになった先輩――森瀬芽衣さん。その叔父である森瀬世尉さんの、助手にしてもらうことだ。


 何でもは、異世界を創らざるを得なかった魔女を支援して異世界運営に寄与することで、異世界侵攻そのものを無くそうとしているんだとか。

 とても素敵な試みだと思う。だから、その助手となって私もそれを手伝いたいと思っている。


 そのためにはこれまでよりももっと魔術の勉強をしなくてはならない。もっと魔術を磨いて、誰かのために満足に何かが出来る私にならなくてはいけない。

 あの異世界侵攻では、無駄に自分を隠したり、あの孔澤流憧との交戦において全然役に立たなかった。

 平時からもっと多くの黒曜石オブシディアン土耳古石ターコイズを持っておく、というのもいいけれど、鉱術ザイトマンシーを修めて自在に宝石を生み出せるようになっておく、というのも視野に入れている。宝術ラピスマンシー鉱術ザイトマンシーは相性がいいから、私ならきっと出来ると思う。一応、才女だと自負しているし。


 何かのきっかけで――それがすごく小さなことでも――世界がこんなにも変わって見えるなんて不思議だ。


 あの異世界侵攻は悲劇でしか無かったけれど、それでもあの場所であの人達と出遭えたことは、私にとっては幸運だった。


「行ってきます」

「行ってきます」


 玄関のドアを出て、私たちは駅へと向かう。

 兄は駅の反対側の高校。

 私は駅で電車に乗って池袋で乗り換える必要がある。

 だからあと5分も歩けば、別々の通学路になってしまう。


「ねぇ、心」

「何?」

「最近心、よく笑うようになったんじゃない?」

「え?――――そう、かなぁ?」

「もしかして、彼氏でも出来た?」

「全然。色恋より、魔術の方が楽しいから」

「そっか――じゃあ僕と一緒だ」


 最近は、こうやって少しの時間でもよくお互いに話すことが増えた。いいことだと思う。

 こうやって私は、些細なきっかけからどんどんと変わっていくのだろう。兄もまた、どんどんと逞しくなっていくのだろう――身体的には、無理だろうけど。


 出来れば。


 思い描く未来に、少しでも近付けるように。

 私は、私が誇れる私になりたい。




 Epilogue;鹿取心――――――――――――――――――――out.

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