Track.9-24「叔父さんに御飯、奢ってもらってないしさ」
「これ、何処まで続くの……?」
咲がぼやいた。それもその筈だ――もう10分は下っているが、エスカレーターは一向にホームへと到着しない。
まだ稼働しているなら楽だ。しかし荒廃したこの異世界では何もかもが止まっている。動いているのは命を持つ一団と、そしてその命を奪おうとする幻獣そして異骸だけ。
果てが見えないままずっと歩き続けるというのは、精神に過度の
それは歩くという行為に限らず、待機や作業であったとしても、同じ状態が続くのなら一緒だ。
そしてその状態は、一団の中に芽生え始めた恐怖を増幅させ伝搬させた。
ただでさえ壁や天井に蠢く肉が現れ始め、すでにもう埋め尽くされている。時折それは黒い腐汁を垂らし、彼らの嫌悪感を撫で上げる。
「もう直ぐ――あと、2分というところです」
愛詩が告げたその言葉は、一団の精神に僅かばかりの安堵を生んだ。すでに一団には説明がなされている、彼女が扱う魔術系統の『“結実”は正解を導く』という特性。
それが「あと2分」と告げたのだから、まだ歩くのかと言う愚痴は出たもののそれ以上の精神的被害には及ばなかった。
しかし愛詩は焦っていた。
この7月、愛詩は
前の周回が終わる直前であれば知れたことも、今の彼女には知れないことが多くあった。そしてそれが致命的であることに彼女は唯一人気付いていた。
孔澤流憧の殺し方――“無”と“無限”とを司る
自身の霊的座標の深奥に預けられた
孔澤流憧を討たなければならない――それは彼も解っているのだ。しかし“力で捻じ伏せる”以外の方法を彼は知らず、そして今の孔澤流憧にはそれが通用しないことも理解している。
「着いたぜ――」
緊張。降り立った一団に強襲した精神汚染の名だ。
そこは長細く天井の低い都営大江戸線のホームなどではなく――ただただ広いとしか言いようのない、半球状の空間。
天井までの高さは10メートルを超えるだろうか。
四方を覆う肉の壁までの距離は20メートルを超えるだろうか。
見渡す限り、色褪せた腐肉の犇めく、そして蠢く、異様の光景。
明るくも無く、かと言って暗闇が覆うでもない、否が応でも嫌悪が目に入る世界。
その、正面に。
「……くふ、きひ、いひ、いひひ、いひひひぃひひひひひ……」
盛り上がった肉の塊から、孔澤流憧と思われる上半身が突き出した。
「あれが、孔澤流憧?」
芽衣やはらら、心は
かつて
「間違いありません――あれが、孔澤流憧です」
前周回の記憶を引き継ぐ愛詩のみが、その姿を覚えている。しかし彼女にも動揺は隠せない。
自らが創り上げた異世界の
「そこの後ろにいるモリセメイ、そしてワタヌキエミ以外は要らん。その二人を明け渡せばお前らは何もせず元の世界に帰してやる。どうだ?」
陣の中央で密やかな声が上がる。しかしそれを断じるのは先頭に立つコーニィドの声だ。
「馬鹿か――だったら最初から取り上げて放り投げりゃいいだろうが。そうしないってことは、結局誰一人帰すつもりが無いんだろ?」
「くはは……ご名答。流石異世界の魔術士、冴え渡っているなぁ……」
嗤う流憧。しかしその最中、ごほごほと咳込んでは口から大量の赤黒く灼けた泥を吐き出した。
「ぐぅ……ぅぅぅうう……忌々しい呪いがぁ……しかし構わん、漸く、漸く――永焉がワタシのモノになるのだぁ――っ!」
大きく広げられた両手から黒く禍々しい
一つの巨大な胴体に夥しい腕と脚とを生やした
腕部と融合した肋骨を拡げ皮膜で空を回遊する
全身から黒い腐汁を垂らし空気と反応して燃え盛る巨人
「おやおや、適量ってものを知らないのかな?」
嘆息と共にぼやいた世尉は即座に
「離れないで……皆さんは私が守ります」
同様に、
手に握るのは
「生きて帰ります。夏のツアー、まだ残ってますから!」
対照的にはららは手に武装を持たない。しかし右掌には翡翠色の燃え盛る炎を、そして左掌には凝縮された黒い重圧をそれぞれ球状に形成し、炎術と動術を併用する独特の迎撃態勢を整える。
その直前に握り潰した
「“
敢えて威勢のいい声を放ったコーニィドは、陣の中央に一帯の
同時に腰に取り付けた鞘から
勿論、心から貰った
「咲ちゃん、離れないで――いざとなったらあたしが」
「うん、駄目。芽衣ちゃんが死んじゃったらわたしもすぐに後追うからね?」
「え……分かった、絶対に死なない」
「うん。生きて帰ろう――叔父さんに御飯、奢ってもらってないしさ」
芽衣と咲はそれぞれ
その上で芽衣はコーニィドから手渡されていた一回り小さい小太刀サイズの
「……それでは行きましょう。全員で、生きて帰りますっ!」
周囲に強靭な意思を込めた
解き放たれた
最後の抗戦が、幕開く。
――その一方で異世界の外、新宿駅南口の国道20号線上にやってきた
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