Track.8-23「言霊はもう、使えない」
言術とは言葉を介して術式を為す、極めて特殊な魔術であり。
言葉の持つ本質を解放して行使する
言葉が持つ影響力を拡張して確率を操作する
それらは“音声による術式の入力”という作業が不可欠なのである。
「――成程。確かにそれならば、僕の言葉はあなた方には届かない」
「何言ってるか全っ然解らへんわっ!」
再戦の時を見据え、
言術士の主流は神言操術だ。言霊を用いる者の記録は乏しい。しかし
その結果が、反位相の音波をぶつけることによる
呆れたように苦く笑う真言の表情は、顔を覆う
あれだけ自分たちを苦しめた奇怪な言葉は聞こえない。
あれだけ自分たちを封じ込めた卑劣な魔術は届かない。
成功したんだと、奏汰たちは蹂躙を開始する。
「しかし解せないですね――どうやって僕が発しようとする音を?」
その問いすら一切が聞こえない。まさかとは疑ったが、真言は周囲に鏤められた意思持つ
「――全ての音を掻き消すか」
そう――葛乃は鹿取心のように6秒先を幻視できるわけでも無ければ、類まれなる洞察力、或いは未来予知のような特殊能力や魔術を有するわけでも無い。
単純な話――同時に、一斉に、全ての発せられる音に対する反位相の音をぶつけているだけだ。
何という力技か――もはやそれでは反位相の音同士がすら打ち消し合い、ただ音の塊で音を消し潰しているに過ぎない。
「面白い、面白い!」
笑い過ぎて脱力すら覚える――真言は、これまでに無かった斬新すぎる発想とそれを実行する胆力に腹を抱えた。
これだけの轟音の塊を毎秒どころか毎瞬発しているのだ。とても
「――っ!」
だから。
「お前は
奏汰の怒号もまた、葛乃が轟かせる音の塊に掻き消され真言の耳には届かない。
初の剣戟は両者の間にある隔たりを切り詰め、あるいは隔絶し、空間をすら切り開く・断ち閉ざす双剣の
対する真言もまた、卓越した身体操作と直刀による素早く鋭い閃撃を繰り返し、二人の攻防はまさに互角。
そこに撃ち込まれる光弾は狙いを逸れず真言に殺到し、あるいは放たれた雷条や光条が、それを弾く真言の手を煩わせる。
跳躍と疾駆は縦横無尽に。
それを追う初の剣閃が目まぐるしく。
「――もう、あかん……限界……」
「頑張ってくださいっ!」
クローマーク社の臨時オペレーターデスクから強制転移させられたリリィが方術により葛乃の
しかし、その限界を迎える前に、戦いは次の段階へと
『もういい』
「「「――っ!?」」」
聞こえない筈の声が、響いたのだ。
いや、それは音では無かった。その四音の言葉が、四人の脳裏に直接舞い降りた、とでも言えばいいのだろうか。とにかく、耳から入った音では無かった。
『言霊はもう、使えない』
「どういうことだ」
『おかげで僕の言霊は穢れ切った――お嬢がここにいない以上、異なる手段で対抗しなければならない』
言術士の宿命――真実を語れば言霊が清く澄み、虚偽を語れば言霊が穢れる。
穢れた言霊はそれが持つ強制力を落とす。つまり穢れ切った真言の言霊は、もはや聞こえていようと何の強制力も持たないただの音声に過ぎない。
しかし。
言術士・阿座月真言の真骨頂とは言葉に非ず。
阿座月とは
『――すでに一体置いてきたから、十全とは行かないけれど』
黒く塗りつぶされた十指の、左の親指を除いた九の爪に、白く輝く文字が宿る。
――
『
そして両手の爪で中を掻き払い、5×4の格子状の軌跡を創り上げた。
それらの軌跡に区切られた12の空間それぞれから、黒装束に身を包み
計13人の、阿座月真言だ。
「こんな奴を、こんな数相手にすんのかよ……」
奏汰が吐いた弱音とも取れる愚痴を掻き消すかのように溜息を吐いた初は双剣を構え直す。
「間瀬さん――正直もう葛乃は使い物になりません。リリィは攻撃には向きませんから、僕ら2人でアレを捌かないといけない」
「解ってる――碧枝、ABDで頼む。僕はAEF、リリィはCE」
「解りましたっ!」
「行くぞ!」
「「はいっ!」」
前衛を初、中衛を奏汰、そして後衛をリリィに決めた3人は、消耗して動けない葛乃を起点に
リリィは
奏汰は得意の範囲殲滅を織り交ぜながら、閃光による視覚的妨害や光速の移動で攪乱を図り、少しずつではあるが着実に手傷を重ねる。
しかしそれは余りにも多勢に無勢だった。
言霊は使えなくとも、神言を操ることは出来る。いや寧ろ、真言はその方法によってしか神言を操ることが出来ない。
『
熱源が構築され、瞬時に大気が焦がれる。
『
初の足元に、地面に縫い付ける氷塊が生まれる。
『
護る葛乃ごと、稲妻が迸ってリリィを貫く。
『
巻き起こる旋風が奏汰の小さい身体を吹き飛ばす。
「――ここまで、違うか」
呆れて笑いさえ生まれる。それほどまでに一方的な蹂躙だった。
辛うじて両足で立っているのは初一人――リリィはすでに意識を失っている。葛乃もだ。
「間瀬さん……」
「……くそっ」
血で濡れていない部位など無く。
痛みの奔流はどこが傷ついていてどこが傷ついていないのかを混沌とさせる。
敵は漸くあと一体――阿座月真言の本体ただひとつだというのに。
「……僕も、まさかここまでとは思いませんでしたよ————だが時間切れです」
告げ、真言は後ろを――ホールの側を振り向いた。
「――――何だ、あれ」
「この世の終焉」
崩れ落ちた穴から、黒い
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