Track.8-18「果たして、護れるかなぁ?」

 町に伝わる逸話とは、この世界のどこかに“願いの叶う場所”があるというものだ。

 しかしその場所が何処なのかを突き止めた者は誰一人としておらず、しかしRUBYルビはその場所を探し出すことを決める。


「どうしてそんなに帰りたいの?」

「決まってるよ」

「待ってる人達がいるんだ」


 曲を挟みながら、RUBYルビは“願いの叶う場所”を探して世界を旅する。

 その途中途中で二期生メンバーの演じる現地人と合流し、時には助け合い、時には対立しながら、ジェットコースターのように激しくも軽快なテンポで物語が進んで行く。


「危ないっ!」

「あれは、魔獣!?」


 前半は一期生メンバーが歌唱の中心となる曲が多かったが、中盤に来ると二期生曲やソロ曲、ユニット曲などが連なった。

 そして全員が合流し、“願いの叶う場所”へと辿り着いたRUBYルビたちは、天空に浮かぶ虹色の輝きを溢れさせる結晶体を見つけ出す。


「あれが――」

「願いの叶う場所――」

「そこにずっと存在し続ける――」

「世界の祈り――」


 “世界の祈り”と呼ばれるその結晶体はただただ輝き。

 十曲目、『深海魚』――星藤花のソロ曲だ。前奏イントロは無く、「ひかりがこわい」というフレーズから始まるメッセージ性の強い、『見知らぬ世界』よりも前の段階の“憧れに手を伸ばすことの恐怖”を歌ったその楽曲は、つい最近発売されたシングルの収録曲の中でも高い評価を得ている。


(この曲……)


 観客席の奥で警戒を務めていた芽衣は思い出していた。本来ならばその曲は、藤花とそして自分の二人が歌うデュエット曲だったことを。


 “ひかりがこわい”と歌い上げる藤花は、しかし見知らぬ世界に想いを馳せ、足を踏み出そうとするも煮え切らない自分に苛立ち、勇気が欲しいと叫び上げる。


 ただ帰るだけでいいのか。

 連れて行けないのか。

 でもトーカにはこの世界に家族がいる。

 トーカがいなくなることで悲しむ人もいる。

 でもトーカは、本当は行きたい。

 じゃあどうすればいいんだ。

 どうすれば――


「世界を繋げるんだよ!」


 リーダーの土師はららが言い放った。

 自分たちが元の世界に戻るのではなく。

 元の世界とこの世界とを繋ぐ、橋を渡せば、門を創ればいいんだと――そうすれば藤花はいなくならないし、自分たちも元の世界に帰れる。息まくはららの言葉に、笑顔の花が次々と咲いた。

 RUBYルビも、そして二期生演じる現地人たちも、そのアイデアに諸手を振って喜んだ。

 拡がっていく世界への希望、これから出会う色んな人達への期待に満ち溢れた『繋いだ手と手』を十一曲目に、物語はいよいよ大団円へと向かう。


「「「ただいま!」」」


 本来のライブステージに戻ってきた彼女たちが、全員で歌い上げる最後の十二曲目。

 出逢うこと、別たれることの意味と。

 求め続けること、飽くなき好奇心と冒険。

 全てはここから始まり、そして最後に必ずここに戻って来る、還って来るよと。

 それはこれまでのどのライブでも必ず最後に全メンバーで歌われてきた、終わりに相応しい定番曲マジックナンバー――『魔法は使えなくていい』


 輝きが舞い上がり、煌めきが飛び交う。

 熱狂は彼らの振るサイリウムの彩りを強め、ホールは虹色に包まれた。


 音が止み、暗転しても虹色はそこに咲き続けていた。

 やがてメインステージに光が灯り、Tシャツに着替えたメンバーたちが集う。


「おやもじさん、ありがとう!!」


 土師はららが叫ぶ。これから襲撃があるなど、微塵も感じさせない笑顔だ。

 舞台上の様子を目視で確認しながら航はこの後の流れを脳内で反芻した。MCの終わりに今後の告知を挟み、その終わりと共に暗転してサプライズ演出――おそらく襲撃は、そのサプライズ演出に合わせて行われるだろうというのが一同の見解だ。


『――鹿取。瞳術の準備は?』


 無線式インカムから届いた航の問いに、心は暗がりに身を隠しながらで全体を見渡して答える。


「大丈夫です。察知した瞬間に報告します」


 心の右眼には今、【いつか視た希望】クロノスウォッチの瞳術が稼働している。6秒後の未来を幻視するその瞳術で、襲撃の瞬間に備えているのだ。


「ここで、私たちからサプライズの発表があります!」


 それは1日目にも報じられた用意された告知。それが済めば本当のサプライズだ。

 担当するメンバーが年明けにリリースされるシングルや夏の全国ツアーの発表を行い、観客席からその度に歓声が沸き上がる。


「――来ます!」

『総員備えろ!』


 右眼に夷の降り立つ姿を幻視した心が放ち、航が叫び上げる。

 告知を終えたメンバーが突然の暗転とバックスクリーンに映し出された映像に息を吞む中で、魔術士たちは臨戦態勢を整えた。


 ドン――――鳴り響く極低音。スクリーンに映し出された文字列。



 握手会で火の手が上がる。

 それは狼煙に他ならない。

 聖夜には魔女が生まれるだろう。

 誰一人として欠けてはならない。



「これ――」


 はららだけが気付いた。当然だ、そのの内容を、彼女を除く他のメンバー全員は知らないからだ。


「はろぉー」


 切り替わり、映し出されたのは白い少女の意地の悪そうな笑顔――夷だ。

 観客たちはその演出が何なのか、彼女が誰なのかを知らない。当たり前だ、メンバーとてはららを除いてそれを知らないのだ。

 しかし一文目に関しては心当たりがある。10月頭の握手会での小火騒ぎ――俄かに会場がどよめき、熱狂の空気が色を変えていく。


「サプライズだよぉ?みんな好きでしょー?」


 実に甘ったるい声音を吐いた夷の破顔は止まらない。会場のざわめきなど露知らず、彼女は一人面白可笑しくただ言葉を続ける。


「これから、わたしたちはRUBYルビのみなさんを襲撃しちゃいます。さぁ、誰一人として欠けてはならないわけなんだけど――――果たして、護れるかなぁ?」


 にぃ、と口角を持ち上げたその顔は悪魔めいていて。

 誰しもがその真意を理解できない中で。


 バンッ――破裂音と瞬間ステージの中央に噴き出した白煙スモーク


 驚いてRUBYルビのメンバーがたじろぎながら後退あとずさり。

 その中央に現れた、先程までスクリーンに映し出されていた白い少女が。


「させるかよぉっ!!」

「しちゃうんだなぁ!」


 転移し飛び掛かった航の振り下ろす“紫陽花”アジサイの刀身をその身に沈める直前。


 バツンッ――さらに巨大な炸裂音が轟き、バックスクリーンを含む全てのスクリーンはそれぞれ、全く異なる風景を映し出した。


 ざぐり。


「――ちっ」


 縦に真っ二つに切断された白い少女の身体はその瞬間に赤黒く灼けた土塊へと変貌して落ちた。

 舌打ちした航は振り返り、観客席の中央を貫く花道を、その先にあるセンターステージを睨みつけた。

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