Track.8-2「ずっちぃなぁ」

「議題としては勿論、今月26日と27日にあるRUBYルビのクリスマスライブの魔術警護についてだが、今回こうして俺たち2チームのみでの話し合いとしたのは、この2チームだけが、の素性を知っているからだ」


 襲撃者――それは即ち四月朔日ワタヌキヱミのことであり、10月頭のPSY-CROPSサイ・クロプスの異界攻略に於いて彼らは全員が彼女との対面を果たしている。

 もっと言えば。

 芽衣と茜は今年の4月には邂逅を果たしており。

 航は9月の飯田橋異界事件で導かれ。

 奏汰たちはその異界内で煮え湯を飲まされたのだ。


「リーフ・アンド・ウッドに届いたには、クリスマスライブで魔女が生まれる、なんて書かれていた。先週末にちょっとした――いや、あれがちょっとしたで済んだのは僥倖以外の何でも無いけど――まぁ、ちょっとした襲撃はあったものの、奴らは必ずクリスマスライブに本気の襲撃を仕掛けてくる」

「勿論、それまで何もしないとは言えないですけどね」

「当たり前だ」


 奏汰が言い捨てた言葉を航が切り返す。


「クリスマスライブを無事終わらせるのが俺達の仕事だ。その業務の範疇には、準備期間のメンバーの安全保持も含まれる。だからライブ前に襲い掛かってくるものに対しても、俺達はメンバーの安全を第一に敵を撃退しなければならない」

「でもさ」


 唐突に口を開いたのは茜だった。

 つまらなさそうな表情で腕を組む茜は、静かに淡々と言葉を紡ぐ。


「六日朝の襲撃、一期生側は特に、こてんぱんにやられたんだけど?そりゃあもう、間瀬さんが来なきゃ全滅してたんじゃないの、ってくらいにさ。その辺ぶっちゃけどーなの、って感じだよね」


 襲撃の程度に対し、確かにクローマーク側の実力不足は否めない、と航も感じていた。

 ただの異界調査・攻略ならば実情も違っただろうが、今回は守るべき対象のいる魔術警護だ。皆、ここまで大規模な警護となると経験不足と言うしかなかったし、連携の煉度も足りていない。

 そのことを、臆面もなく奏汰は説いた。しかしそれは、その先に進むために必要な言葉だと信じているからだ。


「主力の力が足りないのではなく、上位と下位の実力が乖離していることがつけいる隙になっています。少なくとも僕は、僕が指名したPSY-CROPSサイ・クロプス攻略の際の八名は、民間ではトップクラスだと思っています」

「逆に言うと、うちの下位チームはどんなもんなんだ?」

「そうですね……WOLFウルフ2ndセカンドFOWLフォウル2ndセカンドはミドル、FLOWフロウ2ndセカンドは状況次第ではトップ争いも可能、3rdサードは如何せんミドルでも下位の方だと」

「なるほどね。まぁぶっちゃけそうだろうな」


 各チームの3rdサードクラスは言わば訓練生だ。また、警護要員の充当のためにそれぞれのチームに属さない指令員すら今回の魔術警護には組み込まれている。彼らを戦闘要員と見做すのは間違っていると言ってもいい程だ。


「正直、僕たちもいつでも5人が揃って対応できるわけではありません。内通者がいると予想される以上、過度に戦力を集中させるわけにもいきませんし」

「だな、普通はそう考えるよな――だからそこを、逆手に取りたいと俺は思っている」

「逆手?」


 奏汰をはじめとした面々が眉をひそめた。その表情に得意げな顔をした航は揚々と続ける。


「ああ。下手に戦力を分散させると各個撃破が容易になる。相手はこっちの戦力のほぼ半分を投入してもどっこいどころか上回るくらいだ。だったら最初から、迎撃態勢をきちんと整える。その上で、あとは情報戦だ」

「情報戦ですか……まだるっこしいのはどうも苦手なんですよね」


 嘆息しながら奏汰は腕を組む。その見た目や物言い、扱う魔術の性質から彼は理論を重んじると見られがちだが、実際には直感的で直情型だ。それを知っている同じ調査チームのメンバーも顔を見合わせては表情を難しくさせる。


「あー、オレもその辺のはパス」


 小さく手を挙げ言い捨てたのは茜だ。彼女に関しては誰もがそうだろうと予測していたのか、悲嘆するような返答は一切ない。


「あの、あたしも……考えるのは苦手です」


 続けて芽衣も隣に倣って小さく手を挙げた。


「だ、そうだが……鹿取、お前はどうだ?」


 


『まぁ先輩と安芸さんはそうでしょう、という感じですね。大丈夫ですよ、これまでも、考えるのは私の役割でしたから』

「頼もしいなぁ。優先順位がアレなのはちぃと問題だが……じゃあどっかしらで打ち合わせと行こう。頼むぞ、鹿取」

『はい、解りました。あと、ちなみになんですけど――――』

「おう、どうした」


 くぐもった声の向こう側で、ドアを開け放つ音が響いた。


「内通者、発見しました。予想通り、大神景さんです」


 クローマーク本社屋、屋上。

 登り階段から伸びるドアを開いた先のだだっ広い屋上の中心に佇む青年の姿を、鹿取心はした。


「……あれぇ?心っちは会議に参加してたんじゃないの?」


 青年の眼前には、中空に浮かぶ立体映像ホログラフが、二階の中会議室内の様子を映しており、そしてその中には座る心の姿も視認できた。


「残念ですが、それは間瀬さんの作ったです」


 確かに光を操る光術士ならそれも可能だ、と景はつまらなそうに頷いた。そして立体映像ホログラフを消し去ると、横を向いていた身体ごと心と正対した。


「ずっちぃなぁ、瞳術士キクロマンサーは。でもさぁ、一応教えてくれる?どうして俺っちだって判ったん?」


 その飄々とした言葉・物言いとは真反対に、その表情と佇まいは非常に静かで険しい。まるで、外面と中身が全く別物であるかのようにも思えてしまう。

 ぞくりとした悪寒を背中に感じながら臨戦態勢を取った心は、即座に状況に対応できるよう右目に霊銀ミスリルを収束させながら口戦に応じる。


「単純な話です。私は少し前――この会社内にも内通者がいるんじゃないかって疑惑が浮上した時から、四方月さんの指示を受けてそれを探す密命を帯びていました。私たちが会話する無線式インカムの回線を、私はずっと追っていたんです」

「いやいやそれじゃあ説明になってないんだよ心っち」

「まだ半分ですよ。そして、そのもう半分の方こそ、あなただと確信した証左です」

「へぇ――なかなか堂に入ってんじゃん。さ、教えてちょ?」

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