Track.7-4「豚こま、人参、パプリカ、大蒜――酢豚だな」

「んじゃぁな」

「うん、また明日」


 赤羽駅の所で別れ、オレはバスを待つ。比奈村は電車通学らしい。

 10分ほどして来たバスに乗り、運転席の横の料金箱の天板にICカードをタッチして奥の方へと進む。

 折り返しのバスだから席も空いてるけれど、オレは日々の鍛錬のために出口近くのスペースに立つことにした。まだ正午にも差し掛かっていに車内には乗客も少ない。そのまま、座席すら全く埋まらないままにバスは出発する。


 バスを降り、家に駆け込むとまだ妹二人は帰ってきていない。

 親父も出ているのか、道場も覗くけど姿は見えない。あれだ、多分空手関係の何かの理事会だ、多分。


「じゃ、作っちゃいますかねー」


 盛大に独り言ちて冷蔵庫を開ける。馬鹿広いUの字になったキッチンの作業台に、適当に選択セレクトした野菜やら肉やらを置いて行く。


「豚こま、人参、パプリカ、大蒜にんにく――酢豚だな」


 食材のラインナップからメニューを決めたら、まずは米を炊くことにする。

 オレと親父は大飯食らいだが、他はそうでも無い。妹二人、葵と桜も、空手をやっていた頃は結構食べてた方だが、やめた今ではとんと食べなくなった。寧ろダイエットと称して炭水化物を抜き出す始末だ。夕飯はそれでもいいが朝昼はちゃんと食べた方がいい。

 また、今日は水曜だから夕方から近所の空手キッズたちが道場に道着を着てやって来る。練習の終わりに1人一つずつおにぎりを振舞うためにも、ここは5合炊いておこう。


 炊飯器の釜に米を入れ、水を注ぐ。最初の一研ぎ目は水が白く濁ったらすぐに捨てる。二研ぎ目から、大体5~6回かき混ぜて水を捨て、それを三度ほど繰り返すと殆ど水の白みが無くなる。

 ちなみに精米技術の悪かった昔は、米を研ぐ際は一掻きしたらギュッと押し込むようにするのが定番だったらしい。今はそれをやると米が欠けたりするからやらなくなったそうだ。

 尚、庭などで植物を育てている場合は水遣りの際にこの米の研ぎ汁を与えてやるとぐんぐん成長するんだとか。オレ、いつも捨ててるけど。


 研ぎが終わったら、釜に新しく水を注ぎ、米の上に置いた手の、およそ拳骨あたりが出るかな、出ないかな、ってくらいまで水に浸す。炊飯器に書いてある線で炊けばいいんだけど、そもそも計量面倒って人やうちみたいに釜の線が消えちゃってる人は参考にするといい。

 そして、製氷機からパクった四角い氷のキューブを2~3つ、投入して釜を炊飯器にセットする。美味しく炊くコツ、一つ目だ。

 そして二つ目は、敢えて早炊きにすること。早炊きにして蒸らす時間を多めに取ることで、炊飯器の性能によってはそっちの方が美味しい米が炊ける場合もある。こればっかりは試してみないと判らないけど、うちの炊飯器は早炊きで蒸らした方が美味い。


 さて。改めて冷蔵庫から作業台に材料を置いて行く。

 豚こま肉は400グラム。ダメだ、完全に足りない。ので、豚ひき肉300グラムを追加する。肉が700グラムありゃまあいいや、ってなる。

 豚こま肉には下味をつけたいため、解凍はざっくりとしたものでいい。レンジから取り出したら冷凍保存フリージング用のジップ付きのポリ袋に入れて、そこに摩り下ろした大蒜と醤油、蜂蜜を加えてよく揉み込んだ後、片栗粉も投入して揉み込んでしばらく放置だ。

 蜂蜜に含まれる酵素がタンパク質を分解して肉を柔らかくしてくれるけれど、この酵素は常温が一番効きが良い。よく冷蔵庫で寝かしがちだけど、それだとあまり意味ないらしいのでそのまま放置しておくに限る。

 蜂蜜が嫌いとか、赤ちゃんがいる場合は柑橘類とか炭酸水でも肉は柔らかくなる。ちなみに炭酸水の場合は温度関係ないから冷蔵庫インでもOKだ。


 漬け込みは10分くらい置いておくので、その間に野菜を下処理する。

 今回は酢豚なのでごちゃごちゃ考えずに殆どの野菜を乱切りにする。人参だけラップにくるんでレンジで2分加熱。根菜は火が通りにくいからな。ワット数?500でも600でもいいんじゃね?


 フライパンにごま油を適量注ぎ入れたら、2ミリ程度の厚さに切った大蒜にんにくを投入。香りを移すには油が冷たいうちから入れ、じっくりと温めるのがポイントだ。

 油に熱が通ってジュワァという音が聞こえてきたら、ざっくり切った玉ねぎ、ピーマン、パプリカ、そしてレンジから取り出した人参をブチ込む。火はちょい強めに。

 油を野菜全体に回したら、少量の水を加えて蓋をして蒸し焼きにする。火は強すぎると焦げるから弱火くらいでいい。


 火が通り、油が回った野菜たちをいったん皿に上げておく。油?使うから捨てるな。

 さて、ボウルに豚ひき肉をぶち込んだら、塩とコショウ、あればいい感じにスパイスを振りかける。んで粘り気が出るまで捏ねて捏ねて捏ねくり回して、そしたら細かく切った油揚げを投入する。餅でもチーズでもいい。今回は油揚げだ。いい感じに嵩増かさましになるし、肉汁を吸うからまあ美味い。

 混ざったら今度はスプーンで掬って球形に丸めていく。この後漬け置いていた豚こま肉を巻くので、そこまで大きくなくていい。

 挽肉の球体が出来たら、漬け置いていた豚こま肉を一枚ずつぐるぐる巻いていく。一方向じゃなくて、出来るだけ球体をそのまま大きくするように角度をつけて巻いていく。


 豚ボールが出来たら、温めておいた油にドボンだ。ある程度全体に焼き色が着くように、でも中までしっかり火が通るように、弱火で、あまり弄り回さない。

 中華とか作ろうと思ったら割と強火にしがちだけど、正直家庭用のコンロなんかは火が全然弱い。だから中華料理屋を真似たってダメなんだと、どっかの料理人が言ってたような気がするけど誰だったかは思い出せない。こういうのの積み重ねが老いに繋がっていくんだろうな。


 豚ボールが仕上がったら、これもまた野菜同様に別皿に上げておく。

 今度は酢豚を酢豚たらしめるあの甘酸っぱいソースを作る。フライパンを洗って温める間に、計量カップに水と醤油、酒、お酢を量り入れ、温まったフライパンに投入。すかさず用意していた鶏ガラスープの素――うちは顆粒のやつ――をスプーンで掬って入れ、混ぜながらケチャップを投入。

 煮立ち、アルコールが飛んだら火を止め、水溶き片栗粉を混ぜ込みながら入れる。多すぎたり水に溶かさないとダマになったりするから注意が必要だ。

 全体的にとろんできたら、別皿に上げてた野菜と豚ボールを投入して、とにかく絡ませ、完成だ。


 うん、しかし一品だけじゃ寂しい気がするからブロッコリーでも茹でよう。

 折角だから鶏ガラで即席スープでも作るか。お湯沸かして、その間に椀に鶏ガラスープの素と、煎り胡麻と、乾燥わかめを入れて、沸騰したお湯を注ぐ。最後にごま油を少量垂らせば終わりだ。簡単で、分量間違えても鶏ガラスープの素を足すかお湯を足すかで誤魔化せる。かなりお勧めだ。


「ただいま~」


 あれは桜の声か。葵ももうじき帰ってくるだろうし、ご飯ももうすぐ炊ける。

 食卓テーブルでも拭いて待つか。


「おかえり」

「うわ、酢豚?美味しそう!」

「ご飯炊けたらめしにするから着替えてきな」

「はぁい」


 電子音が鳴って炊飯器が炊飯から保温の温度へと移り変わったちょうどその時、葵も帰ってきたらしく玄関からただいまの声が聞こえてきた。

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