Interlude.05「“死”は、壊しきれるだろうか?」

 長い年月を経て、私は変わっていった。

 私が変わると同時に、私が創り上げる異界の様相もすっかり変わってしまった。


 魔女となったばかりの私は、これまでの創作意欲がそうだったように、より自らの残虐性を異界で表現しようと躍起になっていた。


 どす黒く変色した肉の天蓋。

 赤黒い泥で満たされた海。

 蔓延る異骸リビングデッドと、腐肉で創られた幻獣クリプティッド


 目を向けることさえおぞましい、肉肉しく躍動的な泡沫が異界の全てだった。

 仄暗くも、緋い鮮血で彩られた艶めかしい表現は絶望と恐怖感、忌避感に塗れ、鳥の囀りの代わりに人々の絶叫と断末魔が響き、川のせせらぎの代わりに命を喰らう咀嚼音を奏でさせた。


 しかし私に変革が訪れると、そういった躍動感に溢れる屍肉の世界ではなく。

 忘れ去られ、荒廃しきった退廃的な世界にこそ、私は惹かれるようになった。


 屍肉の世界が身体的な生命の欠落を表現しうるなら。

 退廃の世界は精神的な生命の欠損を表現するだろう。


 それは例えば放棄された駅舎や路線であったり、

 主君も臣下も民すらもいなくなった古城であったり、

 神を敬う信徒の訪れない大聖堂や神殿であったり、

 人間と言う生命が過ぎ去った終末の未来であったり。


 人間が創り上げた文明に、人間がいないというその状況こそ、次なる芸術だと私は思い至ったのだ。だからそういった異界を次々に創り上げた。

 無論、異界は真界や他の異界を侵蝕し、霊銀ミスリルを奪い取って維持される。

 創り上げて切り離した異界は私によって施されたプログラムに従い、侵略者のような挙動を延々と繰り返した。

 時折、異界攻略に長けた魔術士の一団によって私が創り上げて切り離した異界が討ち破られることもあった。何せ私は遠隔から監視しているのみだ、自動的な防衛プログラムだけではどうにもならないこともあるし、私はまだまだ未熟だった。


 直接出向き、魔術士を殺し上げ。その遺骸を糧とし、或いは新たな異骸リビングデッドの材料とした。

 その度に私は成長し、私の異界も強大に、凶悪になっていった。


 やがて再び変革の時が訪れた。

 今度の私は、平穏の中にある惨殺こそが至高の芸術ではないのか、恒久的な幸福の中にある綻びこそ愛すべき残虐ではないのかと思い至る。


 すると私の創り上げる異界は、現代社会を模倣したそのものになった。

 いや、現代だけではない。古代、中世、近世、近代。いくつもの時代の、いくつもの平穏を切り取って再現した。

 その平穏の中で時折、癌細胞が生まれるように惨殺が起こり――それは偏執や迫害、突発的な恐怖症、線民思想、被害妄想、加害妄想など、様々な要因がランダムに芽吹いて妄執的な殺害や殺戮へと繋がった。


 平穏はフラストレーションに他ならなかったが、だからこそ惨殺が生じた時のカタルシスはとても言い表せないものだった。何かが報われた気がした。


 普通の人間で言えば私はすでに老齢とも言える年齢に達していたが、しかし私の外見は魔術に目覚めたあの日あの時から大きくは変わっていなかった。

 髪も伸びれば爪も伸びるし、動けば汗を掻いて汚れとなり、皮膚を擦れば垢も出る。しかし皺は刻まれず、髪は白まず、肉体に衰えは訪れなかった。


 魔術を極めた“魔術師”ワークスホルダーですら年を取るのだから、おそらく不老の原因は魔女となったことだろう。どういう理屈かは定かではないものの、差し当って何ら問題の無いその問答に早々に片を付けた私だったが、真界でのほぼあらゆることを些末事だと見縊ったことは今でも大層後悔している。




「悪いけどさ、通り魔に遭ったと思って諦めてよ」



 その時はまだ、そのような魔術があるとは思っていなかった。

 自らが殺されることを条件として、殺害の因果を逆転させる術式など。もしも相手がそれに抵抗レジストしてしまったら術は発動せず、効果は発揮されない。ただただ自身が死ぬだけであり、さかしい者はまず自身が死ぬことを避けるものだ。


 その時はまだ、そのような霊器レガリスがあるなどとは思いもしなかった。

 対異界特攻霊器ヴァーサス・エクスサイド――異界を対象とした限定的な特殊効果を発動する、まるで私の天敵だ。

 しかもそれが2つだ。異界を強制的に“殺す”魔杖と、それに隠された、異界の支配権を強制的に奪う魔剣。


 突如として現れた幼く白い魔術士は美しかった。始めはいつもの差し向けられた刺客かとたかくくっていたが、しかし違った。


 彼女は歪んでいた。傍目でも判るほどに、ひずみ、ねじれ、ひしゃげ、こわれた心のあり様を持っていた。

 だと言うのにその身体は無垢そのものであり、壊したいほど愛らしく、嚥下したいほど綺麗だった。


 久方振りに、創作意欲が沸き上がった。

 この白いカンバスを、どうやって汚そうか。そればかりを考えていた。


「――“我が死を、彼らに”メイ・モリ・セ


 私の幻獣クリプティッドこそが殺されてしまう。


「――“焉鎖の魔杖”サンサール・カント


 私の異界こそが殺されていく。


「――“壊璃の魔剣”クーレ・ドゥーニャ


 私こそが殺される。




 私の異界は、私が創り上げた年代と、その作風から3つの期に分けられるらしい。


 躍動感あふれる屍肉の異界は“初期”。


 生命の無い退廃的な異界は“中期”。


 平穏の中で惨殺される異界は“終期”。



 終期と名がつくのは、それ以降私の異界は途絶えてしまったからだ。

 その次に新たに生み出された、共通のテーマを持つ異界は無い。

 何故なら――当然だ、私が死んでしまったからだ。


 白い幻術士の少女――四月朔日ワタヌキヱミによって、私こそが殺害されてしまったからだ。


 私がこれまでに創り上げてきた異界は、いまだ支配権が移っていないその全てが彼女の手中にあるものとなった。

 それがどれだけの数に上がるのかは面倒だから数えないことにする。しかし100は下らないだろう。

 無論、それらの異界に住まう幻獣クリプティッドや、死した魔術士・人々を使って創り上げた異骸リビングデッドすらも、最早彼女の掌の上で転がる玩具だ。



 しかし私は感動していた。

 私のように創り上げる者がいれば。

 彼女のように、消し去る者がいる。


 創造と破壊はセットであり、創造があるからこそ破壊があり、破壊があるからこそ創造が生まれるのだ。

 そしてその架橋かけはしこそが“維持”。


 維持とは、不変では無い。寧ろ、創造が破壊に向かうように削り落ちていく軌道だ。

 或いは、破壊が創造を生むための、集積し収束する負の符号を持つ軌跡だ。



 世界は循環している。

 魂が輪廻によって循環するように。



 だからこそ私は永遠を願う。

 どれだけ壊しても壊しきれない、そんな永遠を。




 果たして。

 “死”は、壊しきれるだろうか?






   ◆



げ ん と げ ん


  幕 間 ; Genげんocide to Genげんerate.


        ―――――Interlude out.


   ◆






 その解を、周回するこの歪んだ螺旋の中で私はただ観ていよう。






 私を殺したと思い込んでいる、あの白い少女四月朔日 夷のすぐ傍で――――。

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