Track.2-12「俺の方がより性格悪いぞ」
舞台はヴェネツィアを模したような、運河が氾濫し水に飲まれた夜の街、といったところだろうか。
月明かりと所々に点ったままの街灯の明かりだけが視界の頼りとなる。
しかし試験開始の合図が上がる前にすでに右目に【
ただ――先輩も安芸さんも、
魔術士にとって、体内に巡る
そもそも霊基配列に意思を通す必要のない、ただ
先輩と安芸さんは、躰術については少しばかり使えるものの、瞳術についてはからっきしだ。私と二人ではやっぱり体の動かし方や
「鬼は追いかけてきますけど……逃げなくていいんですか?」
「いえ、まだです」
間瀬さんが助け舟のような言葉をかけてくるけど、それは泥船だと私は即座に勘付く。
「なあ鹿取、これは
安芸さんもそこには気付いたらしい。この人は自分のことを頭が悪いと言っているが、そうじゃない。この人はただ単に学問が苦手なだけで、頭自体は決して悪くない、
何か癪に障るから、本人にその評価を伝えたことは無いが。
「
「そうですね、鬼がどうのようなモノなのか、相手してみないことには分かりませんが……先輩はこの際いない
「
「そうですね。先輩は特別ルールで異術NGですから。あ、こういうのどうでしょう?」
「どういうのだよ」
「これから言うんですよ、もう、言葉遮らないで下さいっ」
「あー、
「要救助者として扱うんです。先輩には自力で走ってもらいますが、鬼からの追撃をいなしつつ、先輩を守りながら
「おお、それイイね!」
珍しく意気投合した私たちは、向かい合ってハイタッチした後で静観していた先輩に振り返り、「ではそううコトで」と言おうとして――その背後に忍び寄る影の存在に気付く。
「“鬼”、
「おっけ、とりあえず前出るぜ。あー、オレが前衛でABD、鹿取は後方でAEF、ってとこか?」
「そうですね、それで行きましょう」
私の返答を待たずに、安芸さんは先輩の手を引いて引き寄せ、私の方へと渡す。
そして左足を前に出して後ろ重心で腰を落とし、右手は拳を作って腰に収め、五指を開いた左手を前方に突き出した特有の構えを取った。
5、6メートルほど離れた場所で棒立ちになっている“鬼”は、黒い
「何だ、流石にバレてるか」
「その声――ヨモのおっさんか」
「誰がおっさんだ」
言い捨てながら鬼はフードを取る。
「その様子だと、鹿取は瞳術を使えるな。ただ安芸と森瀬は使えないんじゃないか?」
「それはどうですかね」
「その通りだよ」
私の言葉に被せて、安芸さんは事実を伝えてしまう。
「安芸さんっ」
「
安芸さんは鬼役の四方月さんを向きながら背中で私に告げる。
どうせその顔は好戦的に笑っているに違いない。
「まぁ、オレの言葉も
「お前性格悪いな――でも、俺の方がより性格悪いぞ」
途端にその輪郭がぼやけ、闇に溶けていく――左目に仕込んだ【
「安芸さん、選手交代です。私がこの場で鬼を抑えますから、先輩を連れて先に行って下さい」
「は?」
「訂正します、私がADF、安芸さんはABで行ってください。瞳術の使えない二人に、この人の相手は荷が重すぎます」
「でもよ、」
「私だってこんなスタート地点で捕まる気なんてさらさらありませんよ。どうにかしたら急いで合流しますから」
肩を並べて立つ安芸さんは、私の横顔を見て頷いた。「嘘吐くなよ」と言い捨てて踵を返すと、先輩を連れて屋上から隣の建物の屋根へと跳び移って行く。監督員である間瀬さんも、その背中を追って駆けて行く。
「いいのか?鬼はまだいるかもしれないのに」
「いいんですよ。さっさと合流するつもりですから」
そして私は、右手に持つ
光はやがて不規則な揺らぎで上昇気流を生む熱となり、大気を焦がす炎となった。
「では、胸をお借りしますね――“
赤熱する
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