九ちゃんと私

Tomoka Kaneko「英語表記」

第1話 九ちゃんと私

どこかに応募して裏で読みまわされ、付き纏われたものでは「ない」九ちゃんと私の話をあらためて書きたい。


私が最後、映画館でしっかり映画をみたのはベイマックスだった。


バルト9が1番好きな映画館だった理由は、チケットのお金を前払いさせる丸井やイオンと違い、どんなひとでもチケットを予約でき、当日、体調をみわけたうえで、体調を崩した場合、行かれなくてもお金をとらなかった劇場だったバルト9が好きだった。


坂本九もバルト9も9。


どんなにほかの映画館の会員の会費を払ってもいったことはなかった。日本の制作者陣営に散々なことをされ続けたから。


そして、いつもことあるごとにベイマックスと私の仕事の事を考えていた。

こころとからだをまもります、と満身創痍で

笑顔のまま主人公を守ろうとし、最後チップだけになってしまった状態でも、主人公のもとにかえっていったベイマックスを。

ベイマックスは主人公を悲しませたままおわることなく、どんな姿になってもきみのそばにいるよ、という想いをかたちにして、主人公のそばにチップだけは置いていった。


坂本九がなくなったとき、テープの中に音声の破片を残しておいたことと重なったのは、つい最近である。


なんべんも父のあゆんできた道のりを見直すなか、いつも東芝のHPが気になり読みあさっていると、必ず父が退職前に東芝に残していった人材育成のマニュアルと、父が開発にたずさわったエアコンとちいさいとき、みせてもらった富士工場でみたのとおなじような

メモリーのチップがでてきて、いつもなら

駿河屋に見積もりをだすと連絡がくる時期なのに連絡がとまり、見積もりにだすとき、

ほんとうは1番手放したくないというこころの涙をこらえて、さようなら、といい、涙をながしながら手放そうと決めた本郷から出版されたデッサン入門まで手放そうとした私にStopをかけにきたのかな?とはじめてディズニーのHPを少しだけながめたら、ベイマックスのコーナーがディズニーランドにできるという。

もう、遅いよ、私を散々傷つけて、くいものにして、もう、そっちの世界には戻らないから売りたい、と思ってもあちこちの棚が閉まってしまった。


なぜ?と家にこもり寝られないまま考えこんでいた。


母がおしみなく教養をあたえよう、と馬鹿みたいにたかい大学でなにひとつまともなことを教えられなかったのに、母はその大学をいたく気にいり、私が傷ついて大学の卒業式も行かなくなるまえから、たびたび下宿先にきていて、大雪がふると、始発にのって私のアパートの玄関の雪を私が滑ってころばないようかきにきていたことも思い出した。

なぜなら、つい最近まで父は大雪がふると

アパートの身勝手なたなこが鍵をなくしました、雪がじゃまです、といいにくるたびに

どんな時間でも黙って雪かきをし、黙って対応するなか、体調を崩したこともあったからである。

もう、やめて家にいてください、と父に頼み、他業者を手配するうちに、母はけしてきらびやかでお金持ちのお嬢様だったのではなく、出版社でも本を段ボールにつめ出荷するといった下積みからはじめ、祖父母のいえのまわりや沢山あった土地の手入れ、雪かきも母の早朝の仕事だったことに気がついたのは母をなくした後だった。

なにひとつ苦労話を私にしなかった母。

いつも笑っていようとしてくれた母。

様々なことから悩み苦しんでいたとき、母の顔つきがこわい、と怯えていたら眉毛までそり、これでもお母さんがこわいかい?

あなたを苦しめるためにうんだわけではないの、あなたを苦しめたくて教育ママだったわけでもないんだよ、そこまで思いつめさせていたなんてほんとうにごめんよ、許してとは言わないから、と涙をこらえてでも私をだきしめ、私とむきあってくれた母は私にとってのベイマックスだったし、最後のチップは母の骨壺だった。


あの時味わった喪失感を忘れることはないだろう。


坂本九を失った悲しみは東芝が東芝レコードを手放すに至るに至ったとも私は感じた。

東芝レコードがあったとき、母は音楽の友社にいた。東芝と音楽が一緒になって生まれたのが兄と私だったような想いだった。


その灯火をもう消してしまおう、と本郷から出版されたデッサンの本を売ろうとしたらディズニーのHPに私たちの世界はおわることがない、かんぺきがないように、といった私と同じ想いなのかと思わせることばがあった。

また、私は騙されて利用されるんじゃないか、と信じる勇気をもてなかったら、あちこちのイベントが中止になっていった。


あの本郷から出版されたデッサンの本は大学時代手にしたものではないんです。


母を失ってからかくこと、表現することで、いや、母が私の状況が一変し、言葉さえ失ったとき、自分で探して買った本なのです。


そして九ちゃんと私まで、またうらで読み、Twitterでからかわれたとき、手にした本は手放すことはありません。


駿河屋の売却見積もりにいれながら、最後

パラパラとめくりなおした唯一の本が、大学で1番下手だとののしられていたデッサンの本だった...。


キュウサカモトというひとは、誰からも愛されていたと記されているが、誰からも愛されていたなら、あんな形で代役をたのまれ、

JALにのるはめにならなかったはずではなかろうか。



東芝をはめ、朝日でかきなぐるひとがいるように、キュウサカモトをはめたひとはいなかっただろうか。


なぜここまで疑うか。


大坂なおみがバスケをさけびつきまとい続けた結果、バスケ選手が他界し大坂なおみはそのなくなったばかりのひとを利用してまで有名になろうと、初七日もあけていないバスケ選手のユニフォームまでTwitterにはりだしている...。


うれるために手段をえらばない売国奴に

坂本九の命が実は奪われていたとしたら

坂本九も私の母も一致団結してあの世から

大坂なおみたちを呪い続けるにちがいない。


建前では笑っていたとしても、だ。


クスクスでつきまといいまだやらせをやめられないはっちゃんのもとひろTwitterたち、

おつむもよわくて傷みすぎだね。


坂本九の絶版になった歌詞もうたもしらず

しったかを続け、いとおかしの、お菓子ももういらない。

坂本九のうたがすきやき、になったのは

いいやすい、からだけではない。


日本に初めて流通をさせた漱石の西川の牛肉を知っていたからこそ、すきやきになったのに西川違いだのほんと、いじきたないとしかいえない。


夏目漱石を漫画にするようなひとは日本だけ。

海外にはひとりもいない。


みな、無料で読み研究し学ぶことはあっても再販して売ったりしない。


ベイマックスのとなりにいた私を利用し散々バルト9でまできたない営業をして、今更もう、かかわらないでいただきたい。


東芝と音楽が結婚したとき、父は東芝に母は音楽の友社にいた。しかしEMIがいじきたなくなり、東芝は音楽をすて、母も教育者の道を選んだ。


過去にすがりつきたいなら、自分の過去にすがりついてください。


私の過去にすがらないで。


私がかったあのデッサンの本は、母を勇気づけたくてまた絵を描き始めたとき買った本です。


糸井の棚からでていない本郷に昔からあった本です。


祖父の家は本郷の東大をでており、財閥だったから井汲がうまれ、銀行をもっていたから土地があり、流通をし、デパートを趣味でやり、主力の財力は銀行でした。



また、実は私はNHKに出演したことはありません。


東京にいてスカウトされても、うちはそのようなことをさせるために育てた子ではないのでおかえりください、と全てのひとが帰されたともう記しました。


コスプレをしたことも、バンドをしたこともありません。

品を感じないさようなことに縁がない家に生まれました。


私の履歴書にしがみつきにくるだろう、と、会長秘書はしていても表に出たことはないのはよく調べればわかるはずなのに、記録を残せないことばかりしているNHKやテレビ局、新聞社にもないだろう、まともな記録が。


秘書をしていたひとが全てかいたらそれは品のない暴露本をだしている岡本太郎のうんたらだの、小松左京のうんたらとなんら変わらなくなってしまう。


どこのバカ会社が履歴書に全部書いてくださいといったか覚えてますか?

TSUTAYA。CCCとつるんでいるデジタルハリウッド株式会社。


まともに記録をのこしたらみからでたサビになる、と記録さえ残せなくなったいまのこのような日本のものに興味が一切わかない。


坂本九は最後、身内にあたる大切なひとをかなしませたくない、こころまでいためないよう音声をのこした。

救命胴衣をつけ安全姿勢をとりながらも音声を残すときに機材のメーカーを選んでいる余裕はない。

身内にせめて、最後あえなくなるとしても、

ぼくの想いよ、届いてほしい、とのこしたカセットはチップとなりベイマックスになったと思えないのは想像力とぼしい日本の自分さえうれればいいというエンタメくずれだけだ。


ディズニーは何度もよびかけた。

キーングダムハーツもディズニーと手をとりあって手をつなごう、手を繋ぐべきだ、と。

無視してひとり女王様になろうとしたのが宇多田だの日本のミュージシャンだの糸井重里だよ。


私はだれかをほめ、ひととひと、会社と会社を無料でつなぎ合わせることはしても、私自身を売り込み続けたり、お金をもうけたことは、一切ない!


ベイマックスもひとりのこされた主人公のこころを傷つけないよう、チップを残した。


なのに日本のエンタメはなんだ。


傷つけることと、利用することしかしない。


だから私は捨てた。


でも、あのデッサンの本は、駿河屋から見積もりが来たとしても、私は売る気がなかった。

やっぱり売らない本の中にはいっていま読み返している。


私はもう日本のエンタメとは働かないし、働きたいと思うことはないし

おまえらにふりむくことはない。


与えてもらいたがり利用ばかりし、日本が汚くなってゆくのは、過ちを繰り返すおまえらがいるからだ。




繰り返さない!


私は断固同じ過ちを繰り返すことをゆるさない。


ある日パパとふたりで、でも

うたっててください。

みどりの日なんでしょ?

グリーングリーン


木でもキミドリでも漫画でもないよ。


まさかディズニー側が私にふりむくことは思わなかった...。


2020/5/4 6:15

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