1.1 ゆう&かえで:彼女への願い

 勇者様です、と王宮の世話係に紹介された男は「ゆう」と名乗りました。あちらの世界で言う高校生といった年頃でしょう。それらしい服装もしています。こちらで用意してある「奴隷」も同じような恰好の女性。年も近そうですし、おそらくは恋人といったところでしょうか。


 大げさに歓迎の意を表し、実はとんでもなく貴重な奴隷が手に入りまして是非見て頂きたい、と中へ案内します。


 奴隷などという狂った制度があるなんて、とかなんとかベタな義憤を示しますが結局まあなんだかんだでとりあえず覗いてみよっかな、ってかんじになります。


 この国にもそんな制度ないのですが、このへんのちょっと劣った倫理観みたいなかんじを演出するのが気分良く取り引きして頂くポイントです。

 

「なんと! それでは全ての民が貴賤の区別なく平和に過ごしているというのですか!」


 おっとすげーな勇者様の来た世界、的な演技も板についてきました。こっちも魔物さえいなけりゃいい世界なんですよ、ほんとは。そのへんはおくびにも出さずはな垂れ小僧、じゃなかった勇者様の元の世界に感心してみせます。


 お通しした先には檻がふたつ。先ほど仕入れた奴隷の女性とうちの元料理人、ジャンがそれぞれ入っています。


 もともとうちは小料理屋で、ジャンはその料理人でした。さすがに商品がひとりだけ、というのもあからさますぎるので奴隷役をやってもらいます。


 うおー、とかうがー、とか叫んでいます。

 

 当初は名乗りを上げたりしていたのですがあまりに演技が大根だったため、人語を解さない凶暴な戦闘種族、的な設定に変更してごまかすことにしました。


 牛の血が入った種族、その大柄な体躯と凶暴な顔つきは見る物を震え上がらせます。街の腕相撲大会で5位に入ったこともある猛者です。衛生面も含めて料理に妥協を許さない彼は手洗いをこまめにしないとめっちゃ怒ります。

  

「いかがでございましょう、まずこちらの大男は・・」

 

 私が説明を始めますが、もちろん勇者様の耳には入りません。


「かえでちゃん!」

「ゆうくん!」


 感動の対面です。


「おや。この奴隷とお知り合いで?」


 白々しくならないように気をつけて聞きます。


「ええと、この子は元の世界の・・なんていったらいいかな、えへへ」

「もう、なんでそこでいつも照れちゃうのー。しょうがないなぁ、ゆうくんは」

 

 あーもーはいはい、そういうのいいです。さっさと買いとってお引き取り下さい。いいなぁ、彼女さん美人で。いや、うちの嫁も気立てがよくて働き者でけんかっぱやくて。もう全く非の打ち所がないのですが。


 渋面を作って勇者様にそれらしい忠告をします。

 

「一応お断りしておきます。その娘は特に何の能力があるというわけではありません。比べてこちらのジャン、じゃなかった巨人牛男。常人をはるかに凌ぐ高い能力を有しており、きっと冒険のお役に立ちましょう」

 

 ジャンのスープは絶品で誰にでも作れるものではありません。旅先で自炊することもありましょう。嘘は言っていませんよ。


「いいんだ」

「・・では、お買い上げということで宜しいでしょうか」

「ありがとう、ゆうくん。あなたが来てくれて本当によかった」

 

 いつもの流れです。今回も滞りなく任を果たせそうです。

 

「ちょっとまってくれる?」

 

 ここで勇者様が言葉を挟みます。

 まさか私たち二人の名演技が見破られたとでも言うのでしょうか。ジャンが少し焦りをみせてうがうがと吠えなおします。ジャンは焦るとちょっと声が甲高くなります。ソプラノで吠えるな、落ち着け。


「えとね」

「うん」

「助けてあげるかわりにちょっとお願いをしてもいいかな」

「・・え」

 

 若いのに意外とゲスっぽいことを言い出します。

 ですがこのパターンも初めてではありません。どうせ俺と結婚してくれ、的なあーはいはいおめでとさん、みたいな流れですね。ほんともうそういうの引き取ってからどっかふたりでやって欲しいところです。

 

「ご主人。ちょっと席を外してもらってもいいですか?」


 こう言われてはい分かりましたといかないのがこの商売です。一応勇者様には特殊な能力が隠されているかもしれない、ということになっています。うかつに席を外してそのすきに逃げ出されては困る、という小芝居をしなければなりません。


「ちょっと恥ずかしいので・・だめでしょうか?」

「私どもも商売でして。どんな能力があるか分からない勇者様です。大事な商品を残したまま目を離すわけには参りません」

「そうですか。・・そうですよね、うん」


 勇者様が彼女さんに向かってなにか言いかけます。

 彼女さんがその目を一心に見つめます。

 勇者様が視線を落とし、小さな声で、ぼそぼそと彼女さんに言葉を発します。その言葉は少し意外なものでした。

 

「あのさ。・・ここ出たらちょこっとえっちなことしてもいい?」


 私も彼女さんも一瞬固まります。

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